【総合占術サイト・霊性の指針】公開のお知らせ

最近、更新が滞っていて申し訳ございません(汗)
何だか毎日が怒濤のように過ぎていて――気がつくと「深夜」になり、さらに気がつくと「朝」になっているような状態が続いています。
一体、誰がこんなに時間を早廻ししているのでしょう。ミヒャエル・エンデの児童文学「モモ」に出てきた「灰色の男達(時間泥棒)」の餌食にされたンじゃないかって勢いです。

時間に追い立てられてはいるものの――いろいろとアセンションに関する情報、スピリチュアルに関する情報がどんどん飛び込んできているので、まとめて記事にすると「興味深いネタ」はいっぱい溜まっています。
……が、「まとめて書ける時間がない~」というのが、何とも哀しい現実です(涙)。近々時間を調整して、改めて記事を掲載いたします。

さて――そんな中で今日は……ほとんど「与太話」と言えてしまうような内容ですが――。
9月9日に、「総合占術サイト・霊性の指針」を公開しました。(このサイトの全体デザインも、「LIVE the REAL」ウルさんのデザインです。TOPデザインの地球に、見覚えありますでしょ?(笑))
なかなかこちらでお知らせする機会がなかったのですが、以下URLです。

【総合占術サイト・霊性の指針】
http://sanctuary.yura-shino.com/


何故、20日も経っているのに慌ててご紹介しているかと言えば――。
実はこのサイトでは「無料鑑定」を奇数月に募集しておりまして――今月「奇数月」なんですよね(^^;)。
しかも――明日で「今月、終わりじゃん!!」みたいな(爆)。


……のろまで、すみません……orz


そんなわけで――。
すでに応募者の方がいらっしゃるので「抽選」にはなってしまいますが、もし「無料鑑定」をご希望の方がいらっしゃいましたら、「明日までに」ご応募くださいませ……(次回の募集は11月1日~30日までとなります。)

※尚、ご応募の際には、必ず「占術の役割」をご一読ください。

ブログ「地球未来創造(略してみました☆)」をずっと読んで頂いている方からしたら、篠崎がこのような「鑑定サイト」を立ち上げることを意外に思う方がいらっしゃるかもしれません。
でも、実は「決して無関係ではない」のです。
私は、ここでも何度か申し上げておりますように「アセンションには『自己の確立』が必須である」、そう考えています。
意識改革なくして、霊性の目覚めなくして、「地球の向上も起こり得ない」と。

しかし、人にはそれぞれ「カルマ」があり、「個性」があり、その人に応じた「霊性」「霊性の目的」があります。
それを無視して、「意識改革」は困難です――。
自分がどのような霊性の持ち主で、どのような特質、どのようなカルマ、どのような意識の方向性を持っているのか――それをまずは「徹底して自覚する」ことが、何よりも「自己確立の前提条件」となり得るはずです。

そうした意味で、私は「地球全体の向上」だけでなく、「個人の確立(自己確立)」を促すお手伝いとして、このサイトを立ち上げた次第です。
ぶっちゃけ――あまりお金儲けとしては考えていないので(爆。←こういうヤツだから、いつでも金欠なんですね;)、「無料鑑定」の募集月の際に頑張って皆さんご応募くださいませ。(注意事項にも書いてありますが、個人情報保護の関係により、抽選の後応募頂いた内容は全て削除致します。その為、もし抽選に外れて何度もチャレンジされたい方は「応募した内容」をご自身で保存して頂きますよう、お願い申し上げます。)

ひとまず、「明日までに」チャレンジされたい方はどうぞ☆(でも、抽選外れちゃったらゴメンナサイ;)


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離脱先での出来事

私が体外離脱に至るのは、きまって「睡眠中」です。訓練すれば覚醒中にも出来るようになる自信はあるのですが、私の今世の目的はあくまでも「地球の向上」であり「人類の向上」なので、そういった離脱体験については睡眠だけにしておこう――そう思っています。訓練する時間があるのであれば、そういった時間をすべて世界の現状を見定める為の時間に費やしたいので。
詳しい「離脱の手順」については、以前お話した通りです(体外離脱のプロセス)。
そうした離脱先の中で、いくつか特徴的なことがあったので、今回の記事で掲載します。

【1】本がDVDのような記憶媒体。

私が離脱先に行くと、決まっていくのが「書店」です。(っていうか、現実でもそうなんですが;)
書店に行くと、その次元がどんな雰囲気なのかが、何となくでも分かるからです。
よく、普通の生活の中でも「その人の家の本棚を見れば、その人が普段考えていることや性格、どういう趣向のある人なのかがすぐわかる」と言われています。
私の本棚なんかは……いやもぉ――(滝汗)。ものすごい「ぐっちゃぐちゃ!」です。
私は「本を飾っておく」のが嫌いな人で、思い返せばすぐに引っ張り出し、それを読みあさり、読みあさった後考え事に耽ってしまったり、他の資料に共通項を探す為別の本を引っ張り出したり等々するので、結局元に戻すのを忘れ――気がつくと「積み重ねられた本の束」があちゃこちゃに出来るとゆ~;(だから、本棚が整頓されている人を見ると、いつも思います。「よっぽど整理がマメな人」なのか、或いは「もともとそんなに、読まない人」なのか……。←客が来るので、大慌てで掃除した、というケースもあるかな。※私のことですが;)

……って、少し話は逸れましたが。
日本でも、書店に行って「ざっ……」と本の目録を目に通せば、時代が何を言っているのかが掴めてきます。
1995年オウム真理教事件があった直後などは、カルト教団に限らず、精神世界系の本は「いっせいに」と言っていいぐらい、書店から姿を消しました。その代わり幅を広げたのが――社会学関連。オウム真理教が起こった背景を社会学の視点で解析しようとする人達が、いっきに出版数を伸ばしたからなのでしょう(ちなみに、その火付け役となったのは、社会学者の宮台真司氏であったと私は考えています)。
今はその反対で――精神世界系がいっきに書店の幅を占め、社会学は少し伸び悩んでいる印象を受けます。

そんなふうに、「書店の棚」というのは、その時の「社会情勢」を如実に表現していたりするのです。
それは他次元でも同じことだと、私はそう思うのです。
私が何度か行った書店のうち、ひとつは三次元と変わらない雰囲気で、古書なども扱っていました。美術系に関する本や、歴史に関する本が多く、どことなく「時間のある知識人達が集い、余暇を楽しんでいる風情」も感じさせました。
ある書店では、「手が届かない程、高いところ」まで本がびっしり詰まっているものの――それは、私達が知っているような「本」の形をしていませんでした。(見た目はDVDケースよりももっと厚い、四角い物質です。)
手にすると、決してそれは読むことが出来ず、開くことも出来ない。その代わり、「頭の中で、本の内容が再生される」のです。
どの本を手にしても、その本の内容が一斉に脳裏で読み込まれる――一種の「ハードとソフトの関係」を思い出しました。本が「ソフト」で、手にする側が「ハード(PC機器など)」。
……これは、「読む手間」が省けるので、かなり「便利♪」です(笑)。
ただし、そのほとんど――いえ、ほぼ「すべて」が、現状の私で理解出来るような代物ではありませんでしたが……orz。

後者の書店は、かなり「次元の高い」印象を受けました。(宇宙星系における歴史などを書いている、という印象を受けたので。少なくとも、一国とか一社会、というレベルのものではなかった――)
おそらく、どんなに高次になれど「記憶媒体」は必要なのかもしれません。ある意味、それはひとつの「情報開示」だから。

【2】レストランの席は「必要なら空く」。

離脱先でレストランに行ったことは、二回ほどありました。「あ~、普通に食べるンだなぁ」って、ちょっと意外だったのですが(笑)。
とはいえ――どんなに混雑していても、食事している人は廻りにいなくて、ただ「喋ってる」ようにしか私には見えませんでした。私もそこでは何も頼まず、同伴していた女性と席に座り、ただあれこれ喋っていただけですので。
この際、面白いエピソードがあったのですが――二人でレストランに向かった際、席は満席状態で、どこにも空席がありませんでした。
「駄目だ、満席だよ」
私がそう言うと、同伴していた女性はニッコリ笑ってすぐそばを指し示しました。
「大丈夫よ。席は『必要であれば、空いているもの』だから」
見ると、そこには二人用の空席が。さっき隈無く探した時は、まったく空席などなかったのに!

…………。

通常のファミレスみたいに、「お席が空きましたらご案内しますので、そこにお名前を書いてお待ちください~」なぁんてことはないのだなと、改めて思いました……。(ちなみに、禁煙席・喫煙席の区別もないと思われ――)

また、別の離脱先に行った際には、木の実を潰したサンドイッチ(ナンのようなパン生地に、木の実を包んだものなのですが、私にはチキンのような味に感じました)を食したことがありました。
普通の夢の中でものを食べても記憶は漠然としていますが、離脱先で食したものに関しては、はっきりと味覚が残るから不思議です。「○○に似ている」と置き換えることは出来るものの、決して「同じもの」ではありませんでした。

【3】車輪文化ではなかった。

離脱先は大抵、「車輪文化」ではなかったので不思議です。私がまだ「霊界」次元しか離脱出来なかった頃は、(おそらく歴史の反映で)車輪は目にすることが多々ありました。しかし「どう考えても、現状の地球からこの次元の文化が紐解けない――」そう感じるところに離脱するようになってからは、車輪は何故かお目見えせず、ほとんどが「リニアモーターカー」とでも言うような、「地上を少し浮かんで、移動するもの」ばかりでした。

これ……結構「大きな差」だと思うのです。
車輪の発想と、リニアの発想。(車はガソリンですが)後者がどのようなエネルギーを使って移動しているのかが分からない為、何とも断言しようがないですが――後者の方が「環境に対する悪影響」が少なくて済むように、その時私は感じてしまいました。(その時私はひとりでそれを見ていたので、ガイドに説明してもらうことが出来ず残念だったのですが……)

【4】次元は複数に渡る。

私が何故、このようにして「離脱先の記憶」を紐解こうとしているかと言えば――私が一番目指している「地球の三次元システム」と「高次システム」の差違を紐解こうとしているからだけでなく、「それを如何にして、三次元に活用できるか」を突き止めたいからです。
ただ、問題となるのは――「どの次元を、参照にすればいいのか」です。
私の体験上、次元は「複数に分かれている」――そう感じました。先程の書店のように、「星系」をひとつの規模として見ているが故に、とてもじゃないけどローカルな地球視点の今の私では(私の本体((ハイヤーセルフ))ならわかったのでしょうが、離脱するのは、あくまでも端末でしかない「私個人」なので)、まったく想定がつかないようなものでした。

そこをお手本にしても……ちとまだ、無理があるだろう――と。

地球がまだまだ「幼稚園生」であるならば、まずお手本とすべきは「小学校」なのだと思います。地球がどんなにアセンションしたと言えども、いきなり大きな上昇を目指すのは無理難題と言えるでしょう。(私が解脱の研究をしていた際も、三段飛ばし、四段飛ばしの「覚り」というのはありませんでした。堕ちる時は、三段堕ち、四段堕ちするようですが――)

少なくとも、先日「法律のない世界」で書いたように、三次元にも「モデルとなるような理想国家図」というのはいくらでも「ある」のです。それがなかなか実現されないのは――ひとえに、「そこを阻害する要因があるから」としか、言いようがありません。
まずは、その原因を突き止めることから、始めた方がいいのかもしれないですね……。

【関連記事】
「法律」のない世界 
アセンション後・コミュニティについて 
体外離脱のプロセス 

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「法律」のない世界

前回の日記で、「高次のコミュニティ」について書きました。
「街は目的意識の元において結集していること」や、「管理者になればなる程、末端を把握していてとても忙しいこと」。そして、「子供は必ずしも家族だけでなく、コミュニティによって育てられていること」などをご紹介しました。
あともうひとつ特徴的だったのが――「法律がない」ということです。

――法律がない。
この言葉を聞くと、おそらく「いくつかの反応」に分かれるかと思います。
ひとつは「ひゃっほう! 盗みもストーカーも、何でもやりたい放題だ~♪」っていう人。
もうひとつは「えっっ? そんな法律がなくて、治安は守れるの?」と不安になる人。
そして、「なるほど。すべては『自己の秩序』によって保たれるからか」と納得する人。
……もしかしたら中には「何だよ。法律があるからこそ『破る楽しみ』ってのがあるのに」なんて人も、いるかもしれません(苦笑)。

私の見てきた世界に「何故法律がなかったか」と言えば――
はっきり明解な答えを聞いたわけではないですが、おそらく三番目――「自己の秩序によって保たれているから」が、答えなのでしょうね。
すなわち「法律がない」のではなく、「法律が『必要ない』」。
秩序が確立しているから、「わざわざ外側から拘束する必要がない」ということなのでしょう。

「力のバランス」を例にとってみると、分かりやすいかもしれません。
例えば、秩序や法律を「エネルギーの方向性」として考えてみましょう。
私達の内部には、無意識のうちに――それぞれレベルの格差はあるにせよ、「秩序(内的基盤)」が存在します。
それがしっかりしていればいる程、その人は「内側の秩序」に支えられ、安定するでしょう。そして、外側から入り込んでくるエネルギー「法律」の力と内側の秩序のバランスが取れていれば、その人の自己が崩壊するようなことはありません。
逆に、「秩序」が自ら見出せない人は「内側のバランス」が弱く、欲望や衝動を内的基盤で抑えきれません。
そうしたエネルギーはひたすら外へ向かおうとするので、結果、法律という「外からのエネルギー」によらなければ秩序を保つことが出来なくなります。

しかし高次の場合、先に挙げた例のように「すでに内的基盤が確立している」ので、わざわざ外で拘束する必要がありません。
外で拘束する「法律の力」がない分、「内側にある秩序」が大きく膨らみ、これが前回の「コミュニティ」で書いたような「集団となることで、秩序を強める働き」に繋がるのだと思われます。
そして結果、それが全体の調和と合間って、平和への維持に繋がっている――私はそのような印象を抱きました。

そう考えると――こうした「高次元のようなシステム」を地球に導入する為に、絶対的に欠かせないのが「秩序(内的基盤)の確立」であり、とどのつまり「自己の確立」なのだと、実感せずにいられません。
また、そうした「秩序の確立」は、何よりも先に「指導者(管理者)」たる人々からされなければならないことでしょう。

地球上では今までにも、数多くの革命がありました。
一方的な支配に喘ぎ、苦悩した市民達は、カリスマ的啓蒙者の言葉を信じ、共に戦い、政権を取り返したことが多々ありました。
しかし、その結果起きたことは――同じように「支配の構図」。
いつまで経っても、理想の国家が誕生することなく、現代に至っています。

三次元世界においても、「理想の国家図」に近い青写真は「いくらでもあるはず」なのです。
たとえば、1970年代後半イランで起きたイスラム宗教改革も、本来であれば「国民に平等な理想国家」となるはずだった。
共産主義だって、そうでしょう。
結果はどうであれ、最初から「支配」を元に描かれた青写真はなかったはずなのです。
しかし、「どこかで必ず、それが狂ってしまう」――。
その一番の原因が、「人間個人における秩序の低さ」――自己の確立がなし得てなかったことなのではないかと、そう思うのです。

権力者や為政者が「ふんぞり返って、威張っていられる」というのは、三次元の妄想でしかありません。
本来、高い次元になればなる程、みんな「忙しい」のです。何故なら、「管理すべき末端の人達が多くなる」から。六次元であれば、五次元以降の人を管理する必要があるし、七次元であれば六次元以降の人を、八次元であれば七次元以降の人を――というように。
それは、そうした次元の人々の秩序が「高くなればなる程、より優れ、より繊細になっていくから」なのだと、私はそう感じています。
そして同時に。
そうした次元に存在する「上を支える人達」もみな、全体の調和を意識しています。そうした「相互扶助」の意識が、法律不要な世界を成立させるのでしょう。

さて――。
今の世界で、そうしたことを実現出来そうな国って……果たしてどれだけ、あるでしょうか。
そもそも、私は「ビザ」の存在自体が疑問です。何故、同じひとつの地球内で、その国に居住する期間を限定されなければならないのでしょう。
「当ったり前じゃん! 住みやすい国があれば、みんなそっちに逃げちゃって均等がとれなくなるからに決まってるからだよ」そう思う方も、いらっしゃるでしょう。

でも、本来「住みにくい国」があること自体が、おかしいのではないでしょうか?
住みにくい国に住んでいて、「私は住みやすい国に行きたい!」と助けを求めてくる人達を寛大に迎えることこそが、本当の意味での相互扶助なのではないでしょうか?
住みにくい国があるのなら、「何故、その国が住みにくいのか」をみんなで考えることこそが、本来の助け合いではないでしょうか?

離脱した直後、三次元を見た後に思う感想は――確かに「この世界は、『模倣世界』だ」ということです。
決して、高次と「かけ離れてる」わけじゃない。
でも、「大きく何かが違う」のです。それこそ、mixiの記事の方にも書いたように、「歪んだ鏡に映した世界」としか、思えない。
一体、「どんな力」が作用して、三次元に「歪み」を生じさせてしまっているのでしょうか。
やはりそれが、先日記事にもしたような「思考のバクテリア」なのでしょうか。

人の心というのは、とかく「欲」に駆られやすい。
純粋に「人の為」と思っていても、どこかで「自己誇示欲」が働いていたり、「成功欲」が働いていたり。
そして、最も人が気づきにくい欲が――「誰かに必要とされたい」という欲。
「役に立てた」という欲こそが、人にとって気づきにくく、そして、善と偽善の間の境界ぎりぎりにある、わかりにくいものなのだと、そう思います。

欲を捨てるには、「行為」の後に生じる結果、すべて「宇宙に委ねてしまうこと」です。
どんな結果になっても、「人事尽くして天命を待つ」。その境地に至ること。

私は2002~2007年の5年間、「小説の主張」というWEB作家専用の「検索エンジン」を運営していました。
その中で「書評活動(後に感想展示場と名称変更)」をしていましたが――この活動は、本当に並々ならぬものでした。
仕事が忙しくて残業が続いたり、寝不足が続いたりした日には、書評の締め切り日が続くと気持ちが焦って仕方ないこともありました。
この活動はすべて無償でしたが、私は自分の全力を尽くし、決して手を抜くことなく、自分が感じた「すべての言葉」を依頼者さんに捧げることだけに没頭したのです。

書評を公開した後、丁寧に感謝メールをくれる人、素直に喜んでくれる人、いろいろな反応がありました。
しかし――ほぼ7割は、「無反応」の人も多かったです。
書評を書くだけでも3時間――かかる時は5時間もの時間を費やし、依頼者さんの原稿を読むことも含めれば3日ぐらいかかることもありました。原稿用紙換算枚数500枚程の連載ものとなれば、1週間は平気でかかることもあります。
確かに、それほどの労力を削った後に「無反応」だと――悲しいものもあります(苦笑)。

でも、結果をすべて宇宙に委ねてしまえば――どんな反応であろうと、私はすべて「受け入れられました」。
私があの活動を5年間続けてこられたのは、ひとえに「応援してくれていたみんなの心」と、そして、「自分の信念」――「内なる基盤」の支えがあったからだろうと、そう確信しています。

このブログを続けていけるのも、応援して下さる読者の方のおかげであり、そして、「私自身の内なる基盤による支え」もあるだろうと、そう思います。
これこそが、本当の「相互扶助」なのだろうな、と。

私がブログを書くのに、「法律」はありません。
「篠崎由羅は、ブログを1日でも休んだら10日間の投獄とする」
……なぁんて法律は、どこにもありませんもの。←そんなもんあったら、今頃とっくに牢獄の中ですが;

「応援して下さる読者の方」の声は本当に有り難いものであり、私もそうした皆さんへの感謝を忘れたことはありません。
しかし、それだけでは事足りなくて――本当に一番大切なのは、「これが書きたいんだ!」という「自分の信念」であり「確固たる内的基盤」なのだと、いつもそう思うのです。
高次における「秩序の飛躍」は、こういう三次元における小さな現象でも現されている――そう思えるのです。

必要なのは「法律」ではない。
必要なのは「決まり事」ではない。
スケジュールも、豊富も、何も必要ではなくて、
ただ、「秩序」さえしっかりとしていればいい。
そうすれば、その秩序に見出される真理に人々の心は開かれ、互いに相互扶助の力が広がっていくのだろう――私はそう、確信しています。


※追伸
コメントのレスが遅れてしまっていて、ごめんなさい; 改めて、まとめてレスさせて頂きます……。

【関連記事】
アセンション後・コミュニティについて  
個は全体の成長要素  
高次における全体調和は、個性を排斥しない 
高次元と三次元の「差」 

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アセンション後・コミュニティについて

最近「脱線ばかり」でしたが(汗)――今日はブログ本題である「アセンション後の世界」について記事にします。

複数回体外離脱した際訪れた高次の街並みにおいて、「コミュニティのあり方」を説明してもらったことがありました。
まず、「共同体の概念」なのですが――これ自体が、三次元とは「大きく異なっている印象」を受けました。
三次元における共同体――社会にしろ、国にしろ、こうした「集団」は何故かとかく「暴走しがち」です。例えば「○○国の人は、個人的にはいい人達なのだが、集団になると怖い」なんて話を耳にしたこともありますよね。
集団となることで、独特のエネルギーを発し、そこに「秩序を外してしまう」というのが三次元における「集団の原理」です。日本でもよく「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なんていう言葉を耳にしますが、この言葉なんかまさしく「集団が秩序を外す背景」をうまく表現している――そう感じます。

しかし、高次における「集団」は――まったく意味が異なります。
むしろ三次元におけるのと「逆」で、個々人における秩序を、さらに強める作用があるようです。ですので、集団が暴走をすることもなければ暴徒と化すこともなく、さらに言えば「赤信号、みんなで渡れば」的発想もなくなるわけです(笑)。

私が見た街並みは非常に整然とされていて、「最初から秩序だって造られている」としか言いようのないものでした。(それと反対に、日本の街並みのバランスが崩れている旨は先述した通りです。)しかも、そこには合理性もあって(私が見たのは海産物を引き上げる港町周辺だったのですが)、人々の仕事がしやすいよう、最も配慮されているような印象を受けました。

こうした「ひとつの目的意識」で生じたコミュニティがそれぞれ「幾何学模様」を描くかのように交差しあい、連繋しあっているというのが「高次のコミュニティ」を見た印象でした。どの街も決して「村八分」にされず、すべてにおいて均等で、それぞれの街が自分たちの役割を認識しつつも、互いに協力し合っている――そんな光景です。
そして、こうした街々の人々を統括する組織(日本で例えれば、お役所でしょうか)が必ず中央に位置しており、どの共同体も例外なくそことの接触が可能でした。統括する組織は「もっとも忙しい部署」であり、常に全体を細部落とすことなく「見ている」という印象もあります(俗に言う「お役所仕事」という感じではありません((苦笑)))。

また、それぞれの共同体の代表者は、さらなる惑星全体の管理者とし、そうした管理者がさらに「星系全体の管理者」と接触することで、管理者がすべての細部を見渡せる状況になっていたようです。
三次元では、「まったく逆」です。管理者になればなる程「下がわかっていない」し、部下は部下で、「管理者のやり方が気に入らない(実際、ど~もならん上司も存在するので、断言しかねますが……)」。
しかし、高次元では管理者になればなる程「全体を見渡し、細部に配慮を重ね」、部下は部下で「管理者にすべてを信頼の名の下において、委ねている」という印象です。

同じ共同体でも、あり方が三次元と「まったく逆」です。右回転するか、左回転するかぐらいの違いです。

さらに言えば――。
高次においては、「教育」というのも、一種変わった独自の方法を採っているようでした。
三次元では「子供を育てるのは『親』であり『家族』」というのが、大前提ですよね。でも、私が見た世界では「子供を育てるのは親」とは、必ずしも言えなかったのです(もしかしたらそうでない世界もあるかもしれないので、断言は出来かねます)。
私が訪れた家族の元には10歳ぐらいの子供がいましたが、母親は何故かいませんでした。また、その子も「ずっとその家にいる」というわけではなく、たまたまその日「家に来ていた」という印象でした。

他の離脱先でも、「子供達は親が育てるのではなく、『然るべき教育機関』によって育てられる」というのを聞いたことがあります。
思わず「へ――っっっ。それじゃ、『幼児虐待』なんて問題そのものが、なくなるンだなぁ」なんて、妙な納得をしてしまいました(その代わり、お父さん達の「育児休暇」もなくなっちゃいますが((笑)))。

その教育期間が「幼少期」からあるのか――はたまた「生まれてすぐにあるのか」は、わかりません(そもそも、「高次体がどうやって子供を生むのか」も、まだ判明していません。今度、それを聞いてきたいと思ってはいるのですが――)。
いずれにせよ、親元で育てられるわけではなく、「そうした教育機関がきちんと存在する」ということだけは、実感しました。(ハリーポッターに出てくるような「寮制」なのかもしれませんが。)

そんな中で。
何度かここでもご紹介しているカヴァーロ氏が、クラリオン星人について面白いことを述べていました。

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 彼らの惑星での結婚には、結婚式はない。婚姻関係は、知的、霊的、物理的な類似性のうえに成り立つ。カップルの間で、常に発展し続ける周波数に差異が生じたときには、平和裡に結婚生活は終結する。いずれにせよ、子供たちはコミュニティーに保護されているのだ。

【超次元の扉 クラリオン星人にさらわれた私】マオリッツオ・カヴァーロ/著 233ページから引用

*************************


「婚姻届」も「離婚届」も必要ないのが、高次のあり方のようです。楽でいいですね~(笑)。
要するに、高次元において「夫婦が共にいる」というのは「決して最優先事項では『ない』」ということです。それよりも「個人の発展、成長」こそが重要視されている――ということがよくわかります。

ある意味、三次元において「家族愛」「夫婦愛」を重要視されているのは、「そこを通さなければ、三次元の人間は『愛を学べない』から」なのかもしれません。
私が触れてきた離脱先の人々は、本当に秩序と愛のある人々で、それは決して家族愛、夫婦愛といった「特定の愛に言及されるもの」ではありませんでした。
昨今は簡単に「愛」という言葉が使われますが、本来の愛は「秩序」を理解しなければ語れない――そう思います。秩序というのは「生命の息吹」でもあり、「生命の根源」でもあります。太陽の日射しや温度を察して、決まった季節に芽吹く木の芽達や、花の芽――種の中に内包された「樹木の命」。これらはすべて、生命そのものに与えられた「秩序」であり――言うなればそれが「愛でもある」と、私には思えるのです。
何故なら、これほどまでに深い「創造主の慈愛」を感じる瞬間が、どこにあるでしょう? 季節と共に移ろいゆく花々、植物の中に見出される秩序の中ほど、慈愛の籠められたものはない――私はそう感じるのです。

そうした意味で見れば、人間が口にする「愛」というのは誠に虚ろなものでしかないのかもしれません。「私、Aさんを心から愛しているの!」と言いながら、翌日には対象がBさんになり、さらに翌日にはCさんになっているかもしれません。
人間が人間に向けられる愛というのは感情から生じていますが、秩序から生じる愛は「根底の真理」に結ばれていて、動かしようがない程確立したものです。
それを「まずは知る」為に、私達のいる三次元では「まず、身近な愛から」学ばされるのかもしれません。

とはいえ……。
最近では、その「家族愛」さえまともに説けない、「人類愛」でさえまともに語れない人達が増えています。
離婚が悪いわけではないし、家族が必ず仲が良くなければいけないわけじゃない。
でも、本来はもっと「基本的なことを見直さなければならない人達」も大勢いるように、そう感じます。

高次におけるコミュニティの根幹を成す「秩序に基づいた愛」は――そこを経なければ到達出来ないのだろう……私には、そう思えるのです。
アセンションを本当に成功させる為には、まずは何よりも「基本的な人間の行動」を振り返る必要があるのではないか――そんなふうにも感じる昨今です。

【関連記事】
アセンション後・物質の構造について
アセンション後・全容について

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暴走する「死ねない脳」

身内のトラブルに加え、ちょっとした問題と対峙することになった篠崎。
いや。対峙するなんて――大袈裟ですね(苦笑)。別に私が直接的に巻き込まれたわけでも何でもなくて、あくまでも「自分の酔狂」からなのだから。
でも――私は常に「霊的真理」と真正面から向き合ってきた分、そこを歪められるのが「ハンパなく」腹が立つし、「ハンパなく」悔しいのです。

そんな経緯を聞いた後。
あまりの憤りプラス、寝不足もあったので――少し、睡眠をとることにしました。2~3時間寝ていたのですが……その間、とてつもなく怖い夢を見ました……。
非常に抽象的だったのですが――あまりにインパクトの強い夢だったので、起きた直後もそのことを考えずにいられなかった。
まずは、その「悪夢の内容」を下に記載します。

************************

それは、とある「サイボーグ(人造人間)の少年」の夢でした。
少年は、未完成でした。少年が自発的に生きていく中で、「より完成体」に近づくのを目的に、彼は作られたからでした。

しかし、彼はなかなか自立しようとしません――。
自分で生きることよりも、依存し、怠惰になる道を見つけてしまったからです。
だから、家に帰ってきては、何度もノックをします。
そのたびに私は(夢の中で、私がどういう位置づけなのかはわかりませんでしたが)、
「まだ、帰って来ちゃ駄目だよ」
そう言って追い返します。

どうやら、私の部屋の中には彼にとって「大切な何か(分身とも言えるだろうし、体の一部かもしれない――いずれにせよ、とても大切なもの)」がありました。
サイボーグの少年は、それと「ひとつ」になりたくて、何度も何度も、私の家に来るのです。
そのたびに、私は彼を追い返しました。

「『これ』はまだ、今の君に与えることは出来ない。君はとにかく、一歩でもいいから成長しなさい。これとひとつになれるのは、君が成長してからだ」

少年は淋しそうな顔をして、再び街へと戻ります。
彼には「自由意志」が与えられていたのですが、その「自由意志」が、とんでもないエラーを起こしたのです。
すべてが完成されていたのに、「たった一箇所」だけ、未知数にかけた部分。
それこそが――「自由意志」。
しかし、少年の自由意志は怠惰に負け、後退するばかりだったのです。

彼は、自立をしない分成長することのない「少年」のままで――次第に、肉体だけが腐りはじめました。
それでも、毎日毎日、私の家をノックします。「ひとつになりたい」と、それだけを言いに。

「何度来ても駄目だよ。それよりも今、君は自ら死にかけている。早く、それに気づきなさい。手遅れになれば、自立する前に君の肉体が滅んでしまう」

しかし、少年は聞き入れようとしませんでした。
次の日、ついに少年は片腕になって訪れました。

「まだ駄目だ。このままじゃ、君だけが朽ち果てる。でも――」

でも――この少年は「不死」なのです……。
彼の意志(思念)だけが残るよう、配慮されていたからでした。
本来であれば、彼の成長と共に「思念」は美しく放たれるはずだったのが――肉体だけが朽ち果て、思念は解き放たれることなく、肉体と共に崩壊の一途を辿っているのです。

ある日、少年は両手を失い――片目も失いました。
そして、ぴたりと――ドアをノックしなくなりました。
おそらく足も腐敗し、歩くことが出来なくなったのでしょう。

私は大いなる失望感の中で、部屋にいました。
永遠の思念――。
肉体が朽ち果てると共に、肉体と完全に一体化してしまったその「起動スイッチ」は、結局押されることなく、少年は「滅んだ」のです。

それから――

気が遠くなるほどの、歳月が流れました(夢の中では400年という感覚でしたが、実際にはもっと長かったのかもしれません)。

400年ぶりに……「コンコン……」と、扉がノックされました。
まさか――あの少年が?
私は不安に思いながらも――扉を開けました。

そこには――かつての姿をした少年は、どこにもいませんでした。
代わりにいたのは……「脳」。

そう。
「永遠の思念だけ」が脳にやどり、肉体が滅んでも「脳だけは残されていた」のです。
しかし、本来は成長の為のプロセスも、依存に走った少年の思念は――もはや魔物と化していました。
脳は憎悪を剥き出しにして、私に攻撃をしてきたのです。
私も、それに抵抗しました。
しかし、何度踏みつけても――「死ねない脳」は崩れません。まるでアメーバーのように再生しては、狂ったように攻撃します。

「死を、彼に与えるべきだった!」

私はそう後悔しました。
暴走した脳は、私への恨みから攻撃を繰り返し――自分が求めていた「大切なもの」に近づこうと藻掻きます。
しかし、魔物と化した「脳」に、渡すことは出来ない。
私はそれを庇う為、死ねない脳と戦い続けざるを得なかった――

************************


……というところで、目が覚めました。

起きた瞬間、とにかく心臓がバクバクしていました。
抽象的な夢だったので、何を象徴していたのかすぐに呑み込めなかったのですが……

この「依存することで腐敗したサイボーグの少年」は――「人類の象徴」なのではないだろうか……ふと、そんなふうに思ったのです。

そう考えただけで――恐ろしかったです……。
とてつもなく、怖かった。
もし、この夢の中で描かれていた「肉体から離れ、永遠の思念として存在する」というプログラムが一種のアセンションであったとしたら……
肉体という「物質世界」と共に朽ち果て――しかも、「憎悪だけに駆られた存在」として永遠に生き続けなければならないという、悪夢が待っているのではないか、と。

それだけは、絶対に「あって欲しくない」――そう思いました。

今、もしかしたら私達人類は、「腐敗しつつあるサイボーグの少年」なのかもしれません。
「死ねない脳」となって暴走するか、永遠の思念となって飛躍するか――

その「瀬戸際」にあるのではないか……そんな危機感を抱かずにいられない夢でした。



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「地球は心と魂の戦場」―宇宙人が残した言葉より

最近、更新が滞りがちですみません。
現在篠崎、身内にトラブルを抱えていまして――その対処に追われ、ちょっと心も体も病み気味です。
普通はこういうことって隠したがるものなのでしょうが、私は何せ「裏も表もない人間」故、ストレートに白状しました(笑)。←揉め事の内容についてはさすがに当人のプライベート(トラブル自体は、私が引き起こしたわけではなく、他者問題なので)に関わる為、控えさせて頂きます。

こういう時は、自分の精神次元そのものが落ちているので、体外離脱もうまく出来ません。
三次元はそもそも、そういう空間なのでしょうから、まぁ、仕方がないでしょう。
どんなに覚った僧侶がいたとしても、ビジネススーツを着せ、都会の雑多に放り込み、飛び込みの営業を朝から晩までさせて、我が儘な上役のヒステリーに振り回し、傲慢な取引先の接待に追わせたとしたら……たぶん、

「僕が得た覚りって、一体なんだったンだろう……」

そう思うことでしょう。
そういうことを思うたび、私は「本当の覚りは、俗世の中でしか得られない」――そんなふうに思います。
維摩経に出てくる維摩居士は僧侶ではなく俗世の人だとされていますが、世間を断って覚りを求めることよりも、世間の中で覚りを求めることの方が遙かに困難だし、遙かにレベルが高い――そう感じずにいられません。
こうした「三次元独自のトラブル」に巻き込まれると、決まって思い出す言葉があります。

「思考のバクテリア」

……何だか、妙にリアル感のある言葉ですよね。私はこの言葉を見かけた時、腑に落ちたと同時に、非常に怖かったです。
この言葉を最初に見たのはいつだったか――実はちょっと思い出せません。
てっきり私はUFOコンタクターである「ハワード・メンジャー氏」の本にあったと思ったのですが……390ページに至る本をざっと読みかえしたものの、該当箇所が見つかりませんでした。(390ページをいっきに読みかえしたので、見落としている可能性もあります。)
私の記憶では、「地球には『思考のバクテリア』がいる為、高次体である宇宙人達は長期滞在が出来ない」というものでした。そのことを知った以降に、前回ご紹介したカヴァーロ氏の本「超次元の扉」でも似たようなことが書いてあり、改めてその怖さを実感した程です。以下、その箇所を引用します。

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宇宙人たちの生活スタイル(※カヴァーロ氏が地球上にて宇宙人と再会し、彼らの家に招かれたというエピソード。著作本には軽くしか触れられていませんが、その家はどうやら異次元にあった模様です。)

 彼女の言葉について考えているうちに、一つのことが明らかになったように思われた。彼らの存在を際だたせる、身体の特殊な動力学的・分子的構成とメタボリズム(体謝)は、地球環境に適応できるのだが、それは一定期間のみなのだ。地球という惑星の周波数にさらされる期間が長くなりすぎると、彼らにとっても危険極まりない状況となり、致命的ともなり得る。だから、彼らはもうすぐ私達の世界を離れて、宇宙の故郷へ帰っていくのだった。

【超次元の扉 クラリオン星人にさらわれた私】マオリッツオ・カヴァーロ/著 233~234ページから引用
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カヴァーロ氏は、浅川嘉富氏との対談本「スターピープルの叡智」の中で数多くの「高次体宇宙人の写真」を公開しています。その写真はどれも美しいのですが、カヴァーロ氏曰く「地球任務を解かれた人の写真」のみが公開されており、地球任務を解かれていない人の写真は公開されていない模様です。
また、「思考のバクテリア」については探せませんでしたが、ハワード・メンジャー氏の本の中にも、興味深い項目がありました。

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(ハワード氏と対面した宇宙人の台詞)

「友よ、この地球はハルマゲドンの戦場なのです。これは、人間の心と魂のための戦いなのです。祈り、良き思念、そして警戒が、あなた自身を悪から遮断するのです」

【天使的宇宙人とのコンタクト】ハワード・メンジャー/著 196ページから引用
※ハワード氏は今年の3月、お亡くなりになりました。ご冥福をお祈り致します――。
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心と魂の戦場――。
まさしく、現代社会はそうですね。
日本は世界でみれば先進諸国ですが――実は「ゆとり度」が先進諸国の中で「もっとも低い」というのを、ご存知ですか?
先程の例ではありませんが、日本のビジネス社会はすでに壊れていて、都心から次第にマイナスのエネルギーが流れているのを感じます。
東京都心で働く人であれば、東京の「病み(闇……響きが同じとは、誠に面白い)」を実感していることと思います。

東京はひどく病んでいます。
本来、魂が澄んでいたはずの国が――礼節を重んじていたはずの国が、第一次・第二次世界大戦を境に、いっきに病んだ国へと堕落しました。マヤ文明やインカ帝国、ネイティブアメリカン達のような虐殺や侵略はなかったにせよ、日本もまた彼らと同様に「文化を失った国々のひとつ」だと、そう思います。

「日はまた昇る」といいながらも――日本の「日」は本当に出ていたのか? 高度経済成長期も、バブル経済も、決してあれは「本当の太陽」ではなく、「まやかしの太陽」でしかなかったのではないか。このまま日本の「本当の太陽」が上がることはあるのだろうか……などと、ふと思います。

「心」も「魂」も、日本人にとっては一番大切なものだったはずなのに、何故、それを失ってしまったのでしょう。
科学が原因でしょうか?
お金が原因でしょうか?
いえ、両方とも「ただのツール」に過ぎず、結局は「使う側の人間次第でしかない」、私はそう思います。
それらのツールに惑わされることなく、如何にコントロールし、魂を成長させることが出来るかこそが――私達人間の学びであり、課題のように思えるのです。
そして、そのツールを使う心を惑わせるものこそが――思考のバクテリア……すなわち「エゴ」なのかもしれません。

必ずしも科学が――お金が、「人間にとって悪」なわけではないのです。

何故なら、高次元にだって立派に「科学」はあるからです。
それどころか、地球に比べて遙かに「進化」しています。
しかし、彼らはそれを「支配の武器」には使いません。どんな発見をしようとも、それを「滅びる為」には活用しないのです。それほどまでの「秩序」が、彼らの中には存在しているから。
彼らは何が正しくて何が悪いのか、すべての秩序を順序よく、きちんと理解しています。だからこそ、無闇な行為を正当化もしないし、すべてに真正直です。

でも……残念ながら、地球はそうではありません。
私は、安易に「すべてが喜びであり、愛である」という人を見かけると、疑問に思えてなりません。
何故なら、現実問題として中東の紛争、アフリカの飢餓を目前にしてそれを肯定することなど、出来ないからです。
私はそういう「このままで十分、私達は幸せなの」という言葉を聴くたびに、「支配者側が、被支配者側の現実から目を背けさせる為の、欺きの言葉ではないか」と思わずにいられません。

大手町を歩けば、駅近くの周辺にホームレスの人達が大勢います。ある一角は、まるでスラム街のようになって独特の匂いが籠もっている程です。
私が以前渋谷で働いていた頃は、その地下街に住んでいたホームレスの人達が、予告もなく撤退させられていたことがありました。彼らは一体、どこに行ったというのでしょう? 彼らを追い出した警察官達は、新たな住居を彼らに提供したのでしょうか?

日本がそうした「被支配者側」に目を向ける時は、決まって「世界的な反戦ブーム」が起きた時だけです。2003年、イラク戦争突入前、あれだけの反戦活動をした人達は、今頃どこで、何をしているというのでしょう? まだイラクの問題は終わったわけではないですよ。それどころか、フセイン政権の当時よりもっと、今は最悪になっているのです。

「このままで十分、私達は幸せです」そう言える方、「私は覚っています」と断言出来る方。
是非、私と一緒にアフリカに行きましょう。
中東に行って、その惨状を見てきましょう。同じことをその場で言えたとしたら、私もあなたを本物として認めましょう。
大手町のホームレス街で、一ヶ月暮らしてみてください。今すぐ一銭もない状態で、家もなくなった状態で、同じ言葉を言えますか?
だったら、あなたを「覚者」として認めましょう。
日本人の多くは、自分は安穏とした環境の中で、守られた生活の中で、「自分は安全だ」という根拠のない思い込みの中で生きています。その中で説かれる「愛」も「目覚め」も、私は浮ついた幻想のようにしか、思えないのです。

それどころか――むしろ……。
そうした「小綺麗な言葉」こそが、私は「真理を歪ませ、人々を騙し、無気力にさせる要素」のように思えてならないのです。
私のブログを読んで下さり感想を下さる方は、明晰で考察力に優れた方が多いので、そういった言葉に騙される方は少ない――私はそう信じています。
ですので、皆さんに是非、ご一考頂きたい部分を以下引用します。先程挙げたハワード氏の本にあった「心と魂の戦場」の後に続く文章です。

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 たぶん私はこれらの人々を一瞬たりとも疑うべきではなかったのだろう。しかし私はとても不安で心もとなかった。私は”宇宙の”人たちのこの惑星での活動の全てが親切で啓蒙的なわけではないという情報からは遮断されてきていたのだった。私がコンタクトしてきた人たちは”正しい側”であったに違いない。これまで見てきた彼らの移動手段、生き方、テクノロジー、互いや全ての人類に対する丁重さと思いやりなどが、彼らが良き人々であると私に確信させていた。
 すると若い女性のほうが口を開いた。

「あなたはまだ知らないのよ、ハワード。この惑星にはとても強大な力をもったグループが存在するの。彼らは途方もないほど多くの知識を持っていて、それはテクノロジー、心理学、そして最も残念なことに、高度の脳療法(操作)の知識なのです。彼らはあなた方の世界の政府(複数)のある主要な人物たちを利用しています。彼らのグループは人を巧みに操ることに長けていて、あなた方の神話上の存在の”サタン”の手先とも呼べるような集団です」

 それは私を仰天させる話だった。ふと私は、過去の私の講演会の中で一度会ったことのある小柄な老婦人のことを思い出した。彼女はひどく興奮して取り乱した様子で、私をそばに手招いて、耳元にささやいた。
 彼女は誰かに話を盗み聞きされるのを恐れているようで、それは彼女いわく”闇の勢力”であり、それは”どこにでもいる”そうだった。私は彼女をいさめるように、宇宙からの訪問者は善良な人々だから等々、ひとしきりお説教をしてしまった。この変わった小柄な夫人は精神のバランスを失ってしまっているのだろうと私は感じていたのだった。しかし今聞いたことに照らして考えてみると、その老婦人の語ったことが恐ろしいことのように感じられてきた。ちょうど私が自分は何もかも分かっているような気になってしまっていた時は、実際にある面では私は哲学者気取りの横柄な態度になっていた。他人の中に同じものを見た時にはひどく嫌悪感を抱いていたというのに……。若い女性は話を続けた。

「彼らが利用するのはこの惑星の人たちだけではありません。他の惑星(複数)から来た人たちをも利用しているのです。そして同様に……(そう言いかけて彼女が同伴の若者のほうを見ると、彼はうなずいて彼女が話をつづけることに同意した)……そして同様にあなた方の惑星にいる他の人たち――あなた方が知らない人たちをも利用しているのです。それはまだ目撃されたことも、発見されたこともない人たちです。あなた方がよく使う用語で言えば、それは一種の”アンダーグラウンド(地下組織)”です。このグループはさまざまな(宗教的、社会的な)組織に仲間を潜入させて、ゆがんだ真理の概念へと人々を騙し導いてきました。そのゆがんだ真理は何千年も前の地球ではびこっていたものです。彼らは多くの人々の人の良さと素朴な信仰心につけこんで、自分たちの目的を達するための道具にしているのです」

 彼女の声に怒りといらつきの色が初めて滲んだ。

【天使的宇宙人とのコンタクト】ハワード・メンジャー/著 196~197ページから引用

*************************


ここで挙げられている「歪んだ真理」というのは――キリスト教なのではないかと、私は思います。「霊界の否定」は、キリスト教において最も最悪なものでした(これがどれほど深刻なものなのかは、洋画を見ていると逐一出てきます。そもそも日本では死後の世界が認められていたので、幽霊物語はあっても、「ゾンビ」は出てこないですよね? どんなに土葬されていても、死者が蘇る――という概念が日本ではあまり土着しにくかったからなのだろうと、そう思います。しかし、キリスト教国家における「死」はほぼ消滅に近く、絶対的な恐怖を煽るものでした。ゲド戦記((アニメ映画の方は、宮崎吾朗監督の脚色が多いとはいえ))に出てくる魔法使いクモが何故あそこまで死を恐れたかというのも、日本人にはちょっとわかりにくい感覚だと思います。それほど、西洋において「死」というのは「無」に直結する概念だったのです)。

しかし――今やもう、こうした「死の向こう側」を説かないキリスト教の教えも、時代の流れにおいて変化している。(※滅びかかっている文言は語弊がありますので、訂正を加えました。)
その次に闇のターゲットとなっているのは……言うまでもない、「スピリチュアル分野」です。

先日、読者の方から「アセンションの為の講座」というものがあるという情報を頂きました。(S様、貴重な情報をいつもご提供頂き、誠にありがとうございます。御礼のメールが出せなくて、本当にごめんなさい……。この場を借りて、御礼申し上げます。※お名前を出してしまうことで支障があってはまずいので、あえて伏せさせて頂きました。)
正直言って、私もまさかそこまでのものとは思わなかった為、非常に驚かされました。情報を下さった方は考察力の優れた方でしたので、最初から疑問を持って受講されていたそうですが、こうした講座を受講される方の中には「これで絶対、アセンション出来るぞ!」――そう思った人も多いのではないでしょうか?

こうした現象の後に来るのは――何だと思いますか?
勿論、「大きな失望」でしょう。
先日、UFO騒動を記事にした際「そうしたきっかけで、スピリチュアルを見つめることが出来た」というコメントを頂きました。
確かにそういった例もあるでしょうから、万民がみな「失望に走る」とは断言できません。
しかし、「危険が大きい情報を広げる」ことは、絶対に控えるべきです。
それも、お金を出して「あなたはアセンションできます」という講座を開くなんて、言語道断です。一体、何を根拠にそのようなことが提示出来るのでしょうか?(皆さん、仮に講座に参加される際は「クーリングオフ付き」のものにしましょう。それも、期限が2012年12月21日まで有効なもの。もし、「その日にアセンションがなければ、翌日に全額返済いたします!」という謳い文句のセミナーがあったら、是非教えてください。その講座主催者に拍手喝采しますので――((笑)))

何度も繰り返し書いてきたように、私は「真剣に」地球の向上と人類の向上を考えています。こうした安易な「アセンションセミナー」は、キリスト教がかつてやった「免罪符」とまったく同じです。形を変えているだけで、何ら変わりはありません。

2012年にアセンションが本当にあるのか、どうか――それは、私にも分かりません。
私が分かるのは、今、人類が「究極的な状況にある」というのと、「繰り返し行われている紛争と飢餓を、今ここで止めなければならない」ということ。そして、「豊かさは万民に与えられるものであり、一部の富裕層にだけ支配されるものではない」ということです。

私は2012年を過ぎても、状況が改善されない限り叫び続けます。
「闇の勢力」に騙されない方法があるとすれば――それは、自己の信念をしっかりと見据え、「決して揺らがない」という覚悟と正直さを持つことに他ならない――そう実感する昨今です。

【関連記事】
アセンションをブームで終わらせない為に
2012年アセンション 最後の真実
アセンションに向けて準備するなら「自己の確立」が最優先

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【参考文献】
[2012年に再び戻ってくる]天使的宇宙人とのコンタクト (超知ライブラリー 26)[2012年に再び戻ってくる]天使的宇宙人とのコンタクト (超知ライブラリー 26)
(2007/07/19)
ハワード&コニー・メンジャー

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【コラボ連載】「宇宙」は眠れる神々の夢

皆さんは、「コンタクト」という映画をご存知ですか?
私が大好きな映画のひとつなのですが、1997年ジョディ・フォスター主演の映画で、「宇宙の高度知的生命体を探査する女性天文学者」を描いた作品です。
この冒頭場面で、非常に「印象的」な場面があります。

最初に「地球」が画面いっぱいに登場します。
その空間はあらゆるノイズに満ちていて、さまざまな言語による放送、音楽、CMなど、本当に生活音が密集して散りばめられています。
しかし、その地球が少しずつ遠ざかっていくと――それにつれて、音が次第に減少します。視聴者の視点は月を通過し、火星を通過し、木星を通過し――次第に「太陽系そのもの」から離れていきます。
まだそこでも、音は聞こえています。
その音は、地球から視聴者の視点が遠ざかるにつれ「古い時代のもの」となっていきます。50年以上前の音楽「Over the Rainbow」が聞こえたかと思うと、音はどんどん少なくなり――最終的に「無音」となります。
そして銀河さえも通過し、無音の中で空間だけがどんどん遠ざかっていきます。突如ガス雲のような中に呑み込まれたかと思うと、再びそこを通過し――最終的には……光さえも消えていって――
――そこで、子供時代のヒロインの瞳と被らせ、物語が展開されます。

この作品の中で使われていた「音」は、「地球から発した信号が、どの地点でどれほど遅れて届くか」を表現したものです。
私達もよく知っているように、私達が今見ている星々の輝きは、もう何百万年前、何千万年前の輝きを目にしているのです。実際に今その場に行ったら――その星は「消えてなくなっているかもしれない」。
それと「逆のこと」を、地球を中心にして表現したのがこの映画の冒頭部分です。(まだ観たことがない方は、是非一度視聴されることをお薦めします。「科学的真理」と「神学的真理」が、立ち位置が違うだけで何ら代わりはないのだということを、うまく表現しています。)

最新宇宙物理学をもってしても、未だ宇宙の根源的な謎――何故宇宙が誕生し、その末がどうなるのかまでは完全に解かれていません(そもそも、宇宙物理学自体脚光を浴び始めたのが最近ですので。「パラレル・ワールド」の著者曰く、「かつては宇宙物理学は、物理学としてまともな扱いさえされていなかった」そうですし。←ちなみに、私は子供時代から天文学が大好きな人で、哲学科に進まないのであれば天文学を専攻していた――そう思います。)

さて――ここで話を、シリーズ連載に戻します。

<参考>
存在とは何か(魂と宇宙の仕組みを図解する)
魂と宇宙の仕組みを図解する その2
◆六芒星 平面図◆ 
◆六芒星 立体図◆ 

ウルさんが16日付けの記事で、立体図を合わせたものと、平面図をそれぞれ合わせ、その全体像について説明しています。
図解についての説明についてはすべてウルさんの方にお任せしてありますので、今回は六芒星の「3枚目 神界/宇宙・原理」について、私の考察、および文献との照合を進めたいと思います。

まず、この「三枚目の六芒星」についてですが――さすがに、私もこの次元まで体外離脱をしたことはありません。
一度だけ、「全体が存在であり、かつ、すべての色を包括した空間」に行ったことがあります。個人的には、ここが「私が体感出来る最高度の次元」だという実感はありましたが、それでさえもおそらく「宇宙の根源」とまでは行かないでしょう。

というよりも――私的には、「宇宙の根源」は「開かれない謎」のままであった方がいい――そう思っているからです。

人間というのは、好奇心の塊です。
その好奇心あるが故に、様々な発明、様々な進化があったと言えます。そんな人類にとって「宇宙」というのは最大規模の謎であり、神秘とも言えますが――そこを探究する為に、「私は三次元に産まれたわけではない」という確信があります。(だからこそ私は、悩んだ末に哲学科を選んだのかもしれません。宇宙の真理よりも前に「人間の真理」を探究する為に。)
また、シュタイナー曰く「次元が高くなると、人間との接触が出来なくなる」とも言っています。これは逆を返すと「人間が、高すぎる次元との接触が出来ない」ということと代わりがないだろう――そう思います。

以前、「次元上昇が起こった際、鉱物界が存在しなくなる」ということを言いました(なので皆さん! アセンション前に、パワーストーンは可愛がってあげてください。ある日気がついたら、なくなっちゃっているかもしれないので((笑)))。
それは、組成物そのものが変わるからであって――鉱物がなくなっちゃったからっていきなりみんなが「揃いも揃って水中に『どぼん』」となるわけじゃないことは……先記した通りです(笑)。おそらく組成物の周波数そのものが変わるから、「鉱物と同じ周波数」のものが必然的に「存在しなくなる」という意味なのでしょう。

だとしたら――。
さらに高次元になってしまえば……私達人間存在自体も「認知出来なくなる」可能性は高いです。私達人間が、細胞ひとつひとつを認知出来ないのと同じように。

なので、正直なところを申し上げまして、私がこの「六芒星(3)」を完全に考察することは「不可能」です。
私はあくまでも自分の現時点における知識に謙虚な姿勢でありたいので、知らないことははっきり「知らない」と言わざるを得ません。
私が文献にて「論証」を裏付けるのも、「自分が傲慢になることを、何より厳しく自分自身に『禁じているから』」です。
「知っている」と思えば、人はただ暴走するだけです。文献や偉人達の記録は、そうした暴走に「見直し」をかけ、また同時に、「この真実は、違うのではないか」という考察や気づきを促す意味でも「大きな役割」を担っています。
「検証・考察」という姿勢を捨ててしまえば、私達は利己のままに暴走し、果てしない妄想に取り憑かれるだけで終わってしまうでしょう。
宇宙のことを、現段階における私は完全に理解していませんし、それを「最新宇宙物理学」が論じている範囲を超えて考察するのも(私が宇宙物理学者として専門的に研究していない以上は)傲慢でしかなく、また、出過ぎた行為だと認識しています。
それは、哲学においても論じられていません。唯一、インドの最古の哲学書「ウパニシャッド」の中で触れられていますが、それとて非常に抽象的概念でしかありません。
なので、今回ここで書く記事は「あくまで推察の域を超えられない」ということを前提に、お話させて頂きますこと御了承頂ければと存じます。

【宇宙は「眠れる神」である】

ウルさんの六芒星、三枚目を観ていただくと――二つの流れがあることに気づきます。
その多様性が、人間界における一枚目よりは「よりシンプルになっている」という印象を、私は受けました。
人間界(三次元)に近づけば近づくほど、その内容は多岐に渡り、複雑となっていきます。
しかし、源に近づけば近づくほど、そこにあるのは「有」か「無」――そこからの派生でしかなくなっていくのでしょう。

目覚めているか――眠っているか。

前者が「有」で、後者が「無」であると仮定しましょう。
そして、これが六芒星(3)における創造と生命だとしたら――そこには活き活きとした世界、そこから派生した高次元の世界や、私達の世界など、あらゆる営みが組み込まれています。
しかし、後者であったとしたら――六芒星(3)においては、「破壊・消滅」。完全なる「無」です。

ただ――。
一般的な概念として、「目覚め」が「有」で、「眠り」が「無」の印象があるだろうと思ったのであえてそう表現したのですが――

私は、実は「逆」なんじゃないかな――と、思っています。
要するに……「神の眠り」こそが、「有」を起こし、「神の目覚め」は、「無」となるのでは――と。

私は何故か、子供の頃からこんなことを考えていました。
「私達は、実は『誰かの夢の住人』に過ぎず――その人が目覚めたら消えてしまうだけの存在なのではないだろうか」と。
誰かの夢――それが、「神の夢」なのかもしれない。

スウェデンボルグは、「霊界探索」をした中で「天界を含め、霊界すべては『一人の人間をなしている』」と言っています。(私個人的な意見としては、この「天界を含めた霊界全て」こそが「地球の生命体」なのではないかと、そう思っています。地球は絶対に、私達と同じように霊体を持っているはずです。だとしたらそれは、私達人類を統合した姿なのではないか、と。←だから、人類の成長が「神の成長」に影響するのではないか、と。)
もしスウェデンボルグの言葉をそのまま引用するなれば、宇宙も実は――生命体なのかもしれません。

しかも、それは「目覚めている」のではなく、「眠っている」――。
神々が目覚めた時――それは、「宇宙の消滅(文字通りの消滅)」を意味するのではないか、と。私達が目覚めた瞬間、夢に出てきた登場人物が消え去るのと、同じように。

クラリオン星人のコンタクターである「マオリッツオ・カヴァーロ氏」は、肉体を持ったままUFOに乗船し、「眠れる神の玉座」に連れて行かれた、と言っています。以下、その箇所を抜粋します。

※この内容は一部抜粋出来るような安易なことではなく、非常に深遠な智慧と情報を授けてくれています。なので、もし以下の内容を詳しく掘り下げたければ、是非実際に本を読まれることをお薦めします。

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宇宙のすべてが眠る創造主(かみがみ)たちの夢の中の存在?

 右に動いた大神官アンタレス(※カヴァーロ氏を導き、智慧を伝えたクラリオン星人)の視線を追う。彼は、恐ろしい人物たちが休んでいる、七つの巨大なサファイアの玉座を見つめていた。
「おまえは世界の運命が生まれる領域を見た。おまえは、古代人、<宙(そら)の眠れる者たち>、つまり夢見る神々の目前にいる。我々は彼らの夢の中に存在するのだ。惑星や星、過去現在未来の森羅万象は、彼らの夢の産物であり、夢の中に内包されているのだ。野原に生える草や大海の見ず、季節の移り変わり、四十雀(しじゅうから)の歌を彼らは夢見るのだ。
(中略)
 彼らが夢を見ている限り、宇宙や銀河、星、惑星は存在し続けるのだ。

 しかし、いつの日か彼らが目覚めれば、覚醒とともにすべてが忘却の海へと墜落する。永久不変の力は崩壊し、始まりも終わりもない<一者>、<生成者>の波に、数千年という時が呑み込まれる。
 時代は粉砕され、生命は分解する。そうなれば銀河は溶解し、運命のままに宇宙はその存在を終える」

【超次元の扉 クラリオン星人にさらわれた私】マオリッツオ・カヴァーロ/著 196~197ページから引用

*************************


宇宙の死。
それは、「神々の目覚め」でもある――。
私は漠然と思っていたことが「ありありと書かれていた」ことに驚き、心の奥底でそれが「確信」に変わるのを感じていました。

それを踏まえると……ウルさんの六芒星(3)は陰と陽の中において「有と無」に言及されているのが、誠に理に適っている――そう思えるのです。
最新宇宙物理学においても「ビッグフリーズ理論」という、次元の凍結を唱える理論があります。以前、「ビッグバン説」によって、「宇宙は膨張した後、縮小に転じる」という説が唱えられていましたが――私的にはそれがどうも、しっくりこなかったのです。
だって、「どこを基軸」にして、縮小するんでしょう? マラソンみたいに、「折り返し地点」っていうのが宇宙にもあるというのでしょうか? 膨張した後、「どの時期をもって」縮小するのかが非常に曖昧だったので、子供時代からその説には頷けませんでした。
しかし、最近になって「宇宙は膨張したまま、そのまま『消滅してしまう』」という理論に変わりました。それは、ブクブクと煮立った湯の中の泡が、浮き上がって膨らんだはいいけれど、ある程度広がったらそのまま波になっていずれは消えてしまうのと同じようなものです。最新物理学においては、「宇宙は沸騰した湯の中に浮かぶ泡のようなもの」と考えられているのです。

宇宙の死は、私達人間に比べたら想像を絶する程の――それこそ永久とも言える先のことかもしれませんが、それでも、何故か私は「終わりがある」ということに、ひとつの感慨を覚えずにいられません。
有がある以上、必ずや「無」は存在する。それは、宇宙の源に近づけば近づく程そうなるのであって、「空(無ではないけど、存在だけがある)」というのは、宇宙の死を持ってしては無意味なものだと――そう思うのです。
無となれば――「存在さえも、消滅する」と。

三枚目の六芒星――これは、そうした「人間が証言できる最大限の有と無」を表現されているのではないかなと、ふとそんなことが頭に過ぎった次第です。


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超次元の扉―クラリオン星人にさらわれた私 (超知ライブラリー)超次元の扉―クラリオン星人にさらわれた私 (超知ライブラリー)
(2009/02/26)
マオリッツオ・カヴァーロ

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【コラボ連載】人間の本体は「高次元」にある

3日間、更新がストップしてしまい、大変失礼しました――。
最近、何だか「滝壺に近づく」かの如く忙しくなっていき――レスもメールの返信も、なかなか返せない状況です(涙)。今日も残り2時間ぐらいの中で今まで書きためた考察を記事にまとめていくので、レスの返信までは時間がなさそうです。時間が空くことがあれば、改めて返信させて頂きます――。

――ってなところで。
前回の続きに入ります。


<参考>
存在とは何か(魂と宇宙の仕組みを図解する)
◆六芒星 平面図◆ 
◆六芒星 立体図◆ 


【2】六芒星平面図解釈(神界((高次界))―霊界―幽界)

この2枚目の六芒星において「陰」があることを、意外に思う方も多いかもしれません。
しかし、私が離脱体験を通じてはっきり確信しているのは、「どんなに源(宇宙/原理)に近づいても、陰の要素が消滅することはない」ということでした。むしろ、「それを包括し、統合されたもの」そのものが、原理であり、私が思う「神、本来の姿」なのだろうな――と。

高次界においても、「陰(闇)」の認識はありました。それらが周波数の波動を落とすことにより誕生するのが「三次元」です。すなわち、この「神界(高次界)―霊界―幽界」における「陰」は「三次元を誕生させることに繋がる要因」であると、私は感じています。

昨今、「地球の上昇」ということがよく言われますし、私自身それを目指していますが(ただ、私の場合は「アセンションがあってもなくても、地球を変革しなければならない」という強い目的意識の中に存在しますが)、仮に地球が上昇しても、「三次元はなくなりません」。
この「神界―霊界―幽界」にある陰は、「三次元の要素となる」旨先程記載しましたが、低次から高次は窺い見ることが出来なくても、高次は低次を認識しています。それはある種、この盤にあるように、本来の高次(この盤における陽の部分)は「全体像を知っている(低次の認識がある)」からなのでしょう。そうした仕組みを、ウルさんの六芒星では端的に表現しています。

ただ、ここでいう「闇(陰)」を、人間レベルでの「低次元」と一緒にはしないで下さい。同じ闇であっても、高次の闇は「高次の中でも、より物質界に近い」というだけの話です。そうした意味では、この盤にある「闇側」は「人間にも近い」ということが出来るでしょう。闇側に「精」とありますが、高次元において「妖精・精霊」は「高次体」には含まれていません。
皆さんも、概念的に「天使」と「妖精」は「イコール」にならないと思います。天使は明かな高次体ですが、妖精はその一段階下――人間と天使の「間にいる存在」なのです。

ここでもう一回、シュタイナーの「神智学」にあった「人間の構造」を挙げてみましょう。



自我

アストラル体――動物界

エーテル体――植物界

肉体――鉱物界



このように、エーテル体は「肉体(三次元)」よりは上に位置していても、高次体(アストラル体)よりも下になります。妖精、精霊は「エーテル界」に属しているので、自ずと「幽界―霊界―神界(高次界)」の中でも闇側に位置することになるのは至極納得のいく図式となっています。

また、高次において「秩序」は絶対的な法則性となります。
それは、私達肉体においてもよく分かるはずです。
私達の肉体に「秩序」がなくなっちゃったら――きっと、あちこちに「べちゃ~」っとした、容姿さえ形成出来ない肉の塊みたいな人間が、ゴロゴロしていることと思われます。(※食事中の方、ごめんなさい;;)

私達の肉体は、それそのものですでに「秩序」を内包しています。
しかして、何故か人間の精神は「混沌(カオス)」を内包しています。
この矛盾が、誠に面白いものですね。肉体を徹底的に探究し、その秩序のあり方を精神論に結びつけられたとしたら、その時点で人は「森羅万象の構造を理解出来る」のかもしれません。(ちなみにスウェデンボルグは物理学者でもありましたが、人体解剖の研究者でもありました。だから彼は、「如何に霊界が秩序だっているか」を端的に表現出来たのだと思います。)

ウルさんが作成してくれた六芒星の図(2)を見ると、秩序の反対側に「混沌」が来ています。
そちらは「闇側」に属していますよね?
先程述べたように、「高次界」においても「闇側」に近ければ、それは物質界に近い状況となります。ですので、ここに「混沌」が入るのは至極納得がいくことです。

また、左下の「創造」は、ここが「フォーカス27」を内包していることを思えば、わかりやすいです。すなわち、ここでいう創造は「再生(転生)」でもあるのです。このレベルに行かないと、人は「生まれ変われない」ということになります。(ちなみに、本来であればそこまで行かなければ転生出来なかったはずが、幽界レベルで転生する人達が増殖しているということをシュタイナーが危惧していたというのは、先日記載したとおりです。)

この六芒星の図においては、「秩序」を担った段階で無条件の愛へと進化し、同時に次なるレベルへの進化へと繋がっていきます。ウルさんの六芒星の中で「秩序」は非常に重要な位置を示し、また同時に、私が体外離脱した中でも、その重要性を誠に深く実感していました。

この「2枚目の六芒星」は、私達にとって決して無縁ではありません。何故なら、こうした「霊界以上」に必ずや、「自分の本体」が属しているからです。
逆に言えば、そうした霊我(真我)がどの次元に属するかで、私達自我のあり方も影響をしてきます。
余談ですが――浅川氏は、講演会でよくこんな言葉を仰っています。

「『バカは死ななきゃ治らない』なんていうけど、あれは『嘘』! バカは死んでも、『バカのまま』!」

……ちょっと言葉は乱暴ですが(笑)、でも「誠にその通り」だと私は思います(私はこういう、浅川氏の「激辛トーク」が好きだったりします(^^))。
よく、「死んだらみんな、賢くなる」と信じ込んでいる人に出会すことがありますが――「大変申し訳ないけれど、それは『ない』よ」と私は返答しています。

人間界に生きている「思考レベル」が、直接的に霊界に上昇した際の「レベル」なのです。何故なら、すでに私達は「霊界にいる自分の『端末』」として生き、行動し、実践しているからです。
勿論、社会的背景により憎悪に駆られた存在(悪霊に自分を落とし込んでしまった霊)でも、その憎悪を払った段階で「高次霊になる」ということはままあります。(それは私自身、そういう霊と遭遇したことがあるから分かります。)

しかし、そういうのは本当に特殊な例でしかありません。例えば、戦争中捕虜となって、ひどい拷問にあい、あまりの苦痛から悪霊化してしまったとか――或いは、アメリカ大陸のネイティブアメリカンや、マヤ文明に生きたマヤ人達のように、一方的な侵略にあって虐殺され、それが原因で悪霊化してしまったケースだけなどです。
少なくとも、生温い現代社会の中で生きて、怠惰に日常を過ごし、何かあればキレて暴れて、周りの人達を苦しめた人が悪霊になったとしても――残念ながら、高次霊にはなれません。

ここで、スウェデンボルグの「面白い一例」をご紹介しましょう。

**********************

「どんな人間も、人間はみな霊界のどれかの団体と通じて生きている」
 霊界のいろいろなレベルの、さまざまな性質を持った団体とは、つまりは霊界という名の人体の各部分を更正している構成要素にほかならない。私たちは、人間だったときからすでに、これらのどこかの団体と通じることで生きている。
 もうこれだけ言えば、明敏な読者には、私がなにを言おうとしているかは、半分くらいは想像がついたに違いない。つまり、私たちの死後は、人間だったときに、自分と通じていた霊界の団体の霊となって生きるのだ。私は質問を受けると、よくこう答えた。
「その人間が死後において、どんな霊的な生を送るかは、その人間が人間だったときに、どんな人間だったかによる。人間だったときの生き方次第だ」

エマニュエル・スウェデンボルグの霊界Ⅱ 178ページより引用
**********************


さて。
みなさんは、どんな次元(霊界)に進みますか(笑)?

※次回は「六芒星図(3)」を考察・検証します。


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エマニュエル・スウェデンボルグの霊界〈2〉人間は、霊界に支配されているエマニュエル・スウェデンボルグの霊界〈2〉人間は、霊界に支配されている
(2000/01)
エマニュエル スウェデンボルグ

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【コラボ連載】存在とは何か(魂と宇宙の仕組みを図解する)

今回は「LIVE the REAL」のウルさんとコラボ連載で、「魂と宇宙の仕組み」について、六芒星により図解した内容を記事にします。

存在とは何か(魂と宇宙の仕組みを図解する)
◆六芒星 平面図◆ 
◆六芒星 立体図◆ 

※この六芒星の原案は、Famさんから頂いたものです。Famさん、誠にいい機会をありがとうございました。

六芒星というのは、皆さんもよくご存知「ユダヤ教」におけるシンボルとも言うべき聖なる記号です。
その為、イスラエルの国旗にも使われていますが、ユダヤ教に限らず「神秘のシンボル」として、アクセサリーデザインなどにも使われているケースが多々見受けられます。

ちなみに、六芒星は「ダビデの星」とも呼ばれていますが――何故、そう呼ばれているのかが知りたくて調べたところ、なかなか興味深いことが判明しました。

現在のユダヤ教は「かつてのイスラエル王国から独立したユダ王国を起源に派生している」そうで、そうした預言者達による叛乱と前後して、ダビデやソロモン統治の時代があったようです。
ダビデがユダヤ教において絶対的な力を持っている理由は、こうした背景があるのでしょうね。(その後ユダ王国はバビロン捕囚とされますが――それ以外のイスラエル部族がどうなったのかというのは、歴史上明らかにされていません。ゲイリー・ボーネル氏曰く「十二部族のうち十部族のイスラエルの民が、日本に渡ってきている」というのですが、それが事実だとしたら、誠に興味深いですね。ちなみに、こうした「日本人とユダヤ人の関係性」については、「空気の研究」などで名高い社会学者の山本七平氏も言及しています。)

日本では安倍晴明のイメージが強く、五芒星こそが「魔除け」的印象を受けますが、実際には日本においても六芒星を魔除けとして使用していた例があります。時代的にどちらが先かは、断言しかねますが――
おそらく。
安倍晴明が魔を封じ込める際「一筆書き」しようとして……「途中で面倒くさくなった」のでしょうね(笑)。
「五芒星のが簡単に一筆で書けるから、メンドっちくなくていいや~♪」と、一個「角が欠けちゃった」のだろう、と。(※篠崎の勝手な憶測です! 皆さん、騙されないように!)

また、六芒星の平面的な図式に対し、これが「男性の逆三角形」と「女性の三角形」が交わった「統合の図」と説明する人もいます。
いずれにせよ、六芒星に対する明確な概念はなく、「聖なるシンボル」という範囲でその解釈は治まっています。

ウルさんが作成してくださった図を見ると――面白いことに、陰陽図がぴったりはまります。
しかも、この互いの交差した部分にそれぞれ要素の一部が組み込まれるので、ただの二元論で表現しきれない奥深さを感じます。

ちなみに、陰陽図についてですがこの形にも非常に深い意味があります。
「何故、互いに一要素含んでいるのか」と言えば、これは「陽極まって陰となす」「陰極まって陽となす」の象徴であり、一説には「陽の芽」「陰の芽」と表現している人もいます。――が、中国陰陽説の基盤たる周易から紐解けば、この理論は至極正論と言うことが出来ます。

陰陽図と六芒星を合致させるというのは、非常に斬新な視点です。
しかも、それぞれにおいて振り分けられた項目が陰陽図とうまく調和しています。互いに重なる次元図においては、高次と低次が「互いのゴール」であり「出発点」であるところが、唸らずにいられない程の合致点です。
これら図についての具体的な解説は「LIVE the REAL」のウルさんにお任せするとして、私の方では文献知識を元に、この図の整合性を証明していきたいと思います。


【1】次元的解釈

ウルさんの解釈に入る前提として、いくつか次元に対する文献的知識、および篠崎の体脱による経験談を記載します。
まずは、何度も引用したコナン・ドイル霊界通信の図。こちらをご覧ください。(フォーカスも加えてあります。)
――――――――

【幽界】(フォーカス23~26)
(1)邪悪で自己中心的な欲望のみの世界
(2)邪悪性はないが、低級な煩悩から抜けきれない者が集まっている世界
(3)何事も思うがままに叶えられる世界

【霊界】
(1)知的理解の世界
(2)直感的覚りの世界
(3)形体なき存在への準備(神界への準備) ※神界へあがる資質の不足する者は再生する。(フォーカス27)

【神界】
(1)宇宙の進化活動への参加の初期(フォーカス35)
(2)宇宙的存在としての普遍的な愛の活動
(3)ニルバーナ・涅槃

【2012年 アセンション最後の真実】から参照
――――――――
ウルさんの図を参照すると、次元の区分けが「1~22」までとなっています。
事実、先述したような形で「幽界」「霊界」「神界」の中にもそれぞれ細かな次元の層に分かれている模様です。ただし、ある一定のライン以上の次元となるとそこには明確な線引があり、そこを超えるにはどうやら「条件」が必要となってくるようです。

私が体脱を初めて間もない頃は、幽界、霊界の空間だけ出入りしていました。
そんなある日、ふと好奇心から思い立ち、「行けるだけ先に行ってみよう」と目標も決めないまま離脱しことがあったのです。
私の体はどんどん上昇していったものの、月の間近まで来た際、その周辺に大きな「膜」のようなものを感じ、そこから先へは「どうやっても行けない」という体験をしたことがありました。

これこそが、「大きな次元の境」なのだと、私はそう解釈しています。
そして、ウルさんの言う次元にそこを置き換えれば「6次元」であり、フォーカスで言えば「35」なのだろうなと、個人的には思っています。
(※この次元の解釈も、人によってマチマチです。人類がアセンションによって行く先は「4次元だ」と言う人もいれば「5次元だ」と言う人もいる始末。しかし、私の個人的体験をもとにすれば、幽界と霊界の境に「明かな境界」があったことから考えれば、「4次元=幽界」「5次元=霊界」「6次元=高次元界(ウルさんの言う神界)」と解釈しています。4次元レベルはまだ3次元との接触はありますが、5次元(霊界)に入ってしまうとまったく接触出来なくなることを思い返しても、「この解釈が妥当な路線かな」と、個人的には考えています。)

ウルさんの「六芒星立体図」における、「霊界―幽界―人間界」のものと「神界―霊界―幽界」――この二者が、私達が生きている間に接触できる「次元」であると、私はそのように感じています。
二枚目の六芒星にあたる「神界」というのは所謂「フォーカス35」で、神界(イメージ的には高次界)の「スタート」と捉えることが出来るでしょう。

では次に、それぞれの次元における六芒星を紐解いて行きます。


【2】六芒星平面図解釈(霊界―幽界―人間)

ひとつひとつの平面的六芒星は、「それぞれの次元における空間」を示すものと考えられます。
そうなると、この六芒星においては「人間界~霊界」にあたるまでの空間(フォーカスで言うところの26)を図にしていると読み解くことが出来ます。
私がウルさんのこの図を見た際、有無を言わせずに頷かせたのが、六芒星の周囲を囲む「霊から始まり相互作用する方向性」でした。
これは一巡していますが、この平面的(三次元的)関連は人間の霊性を高めるにあたって「必要不可欠」とも言うべきものです。
私はウルさんから一連の図を送って頂いた際、瞬時にシュタイナーの「神智学」によってこの図の信憑性を裏付けることが出来ると直感しました。改めて読み返すと、興味深いことがいくつも出てきます。

――――――――――
 人間の魂の本性は固有の内面世界であり、この点でその体的本性から区別される。この固有の世界は、もっとも単純な感覚的近くに注意を向けるだけで、ただちに立ち現れてくる。(中略)
 感覚的知覚に続いて、感情がこれに加わる。ひとつの知覚体験も快、または不快を人間に感じさせる。それも彼の魂の内的ないとなみの現れである。しかし人間は、感情の中で、外から彼に働きかけてくる世界に対して、第二の世界を創り加える。さらに第三のもの、すなわち意志がこれに加わる。意志によって、人間はふたたび外界に作用を及ぼす。そしてこのことによって、彼は自分の内的本質を外界に刻印づける。人間の魂は、その意志行為を通して、いわば外へ流出する。人間の諸行為は、内面生活の刻印を担っている点で、外的自然の諸事件から区別される。
 このように魂は、人間固有の世界として、外界に対置されている。人間は外界からさまざまの刺激を受け取る。しかし彼はこれらの刺激に即応して、ひとつの固有の世界を形成する。体的本性は魂的存在の底層になる。

【神智学】 人間の本質 二,人間の魂の本性 39ページより転載
――――――――――


ちょっと小難しい言葉が並んでしまいましたが――ここで述べられていることを端的に言えば、「人間というのはただ思念により生じるものではなく、外界からの情報を受信し、そこに意志を加え、またさらにそれを外界に発信するという『相互作用』に基づいて成り立っているのだ」ということです。
これぞ、ウルさんの書いた「霊界―幽界―人間界」の六芒星を囲む「双方の矢印」であり、その関連性の中央に浮かぶ「六芒星そのもの」と言うことが出来るでしょう。

私が「解脱(覚り)」の研究をしていた際、非常に興味深かったのは「一度覚った人でも『何度でも堕ちることがある』」ということでした。
それが一段落ちの時もあれば、場合によっては三段、四段ぐらいいっきに落ちることもあります。
もし人が「自分の中にある思念」だけで完全に生きられるのだとしたら、そういうことは起こり得ません。要するに、覚りを求める者でさえも堕落させる要素はいくらでも周囲に満ちているし、そんな誘惑はあちこちにある――そこに触れた際、人がどのような内的反応を示すかということこそが、この六芒星における「他愛・自愛」「悟/覚」「学/覚」などで現されていると篠崎は解釈しています。

六芒星本体そのものについては、「ひとつの個(自我)」と考えると上記引用したシュタイナーの記述内容がより具体的イメージとなることと存じます。
私達は決して「内観」だけで生きているわけではなく、そうした内観に基づく起因を「外界」から受けているのです。
外界は、物質的要素だけではありません。それが、ウルさんの1枚目の六芒星で端的に描かれています。

物質界の頂点にあるのは「死」です。この大いなるメタモルフォーゼは、次なる次元における「飛躍」の前提とも言えるからです。
そして、その背景に作用しているのが「霊」。まさしく、ここに幽界、霊界の示唆が含まれています。


※次回以降、2枚目の六芒星を考察・検証していきます。

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地球の未来についてご提案、ご意見などがありましたら、是非コミュニティに参加して頂ければと存じます。(分野は問いません。医療分野、社会分野、教育分野など、様々な視点で「地球の未来」および「理想的な社会・国家」を探求したいと思っています。お気軽にご参加ください。)
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【参考文献】
神智学 (ちくま学芸文庫)神智学 (ちくま学芸文庫)
(2000/07)
ルドルフ シュタイナー

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浅川嘉富氏講演会「4つの窓から眺めたアセンション」

先週の土曜日(9月5日)、東京中野サンプラザにて、浅川嘉富氏の講演会「4つの窓から眺めたアセンション」が行われました。
この講演会は、先月出版された浅川氏の新刊「2012年アセンション 最後の真実」を土台に、「アセンションに向けて人類が抱えている問題点」を「4つの窓」というモチーフにしてそれぞれ紹介したものです。

※尚、この講演会内容の詳細は浅川氏新刊「2012年アセンション 最後の真実」をご参照ください。

2012年アセンション最後の真実―マヤ予言の秘密とクラリオン星人の啓示…魂の5次元上昇が今、始まる!! (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)2012年アセンション最後の真実―マヤ予言の秘密とクラリオン星人の啓示…魂の5次元上昇が今、始まる!! (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)
(2009/08)
浅川 嘉富

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浅川氏はたびたび、人類の現状について「外の景色が見にくい曇りガラスの家の中で過ごしてきたようなもの」という比喩を用いています。
今回はその「曇った窓ガラス」が何か、そして、その原因についてが主な講演内容でした。

<<曇った4つの窓>>
【1】宇宙
【2】霊的世界
【3】地球・人類の歴史
【4】現代

――以下、講演内容を列挙します――

ひとつ目の窓【宇宙について】

・現在、メキシコや中国四川省にてUFOの集団目撃がされている。しかし、公的機関は一切調査に乗り出さず、それらを「集団幻覚」で片づけている(解説※1参照)

・特に中国四川省に関しては、去年の大地震より頻回に目撃されている。昨年などは、村民が3時間に渡って見物出来る程の長時間に渡り、UFOが目撃された。その理由は、四川省における「原子汚染」があり、その調査の為訪れている可能性もあるが、そうした情報について公的機関の発表は一切ない。

・銀河の中心部から注がれるエネルギーが増大化している昨今、その人の素(霊性)が如実に表面化している。その為、真理を見てすぐに受け入れられる人、そうでない人の二極化が見られる。

・アポロ14号の元宇宙飛行士、エドガー・ミッチェル氏は、「NASAが宇宙人とコンタクトを続けてきた」とはっきり記者会見で発表をした。それほどの権威と肩書きのある人物がこうした発表を行うというのは、それ相応の覚悟と勇気があったことだろう。しかし、それ程までの「確信」および「信念」が、ミッチェル氏の中にはあったのである。

・ミッチェル氏は真理に触れ、それをずっと黙秘続けてきたが、このまま「真理を喋ることなく死ねない」と、そう思ったのだろう。それで、NASAや政局における制限を振りほどいてまで勇気ある会見に至ったのである。しかし、そうした内容について日本はいっさい「報道しない」。(解説※2参照)

・「インプラント現象」について
インプラントとは、UFOや宇宙人に誘拐された人が、その先で「金属片を埋められる」という現象である。そうした金属片の成分を医学者が分析したところ、その一部が「地球上にある物質ではない」ことが判明した。しかし、そうした公の報道、後追い調査は今のところされていない。(解説※3参照)


ふたつ目の窓【歴史について】

・我々が捉えている「世界史」そのものが、実は歪まされ、検証の必要性が問われている。

・ピラミッドなどの先史文明の軌跡は、今の世界史における知識だけでは証明しきれない。先日、NHKがピラミッド建造の謎の解明として、「仮にレールを引いて石を積み上げたにせよ、そうすると理論的に言ってもナイル川に入ってしまうこととなり理論上成立し得なくなる」ことを証明していた。今までの学説を覆す、斬新な内容であった。

・オルメカ文明の象徴、ラ=ヴェンタ遺跡も、現存の考古学知識だけでは紐解けない。「玄武岩」から出来ており、玄武岩を削るにはダイヤモンドの歯が入った堅いものでない限り、切断さえも難しい。実際に玄武岩を切断する実験を行ったところ、現在使われている電動カッターでも切れないことが判明している。

・こうした技術の発展は、時代の順番を追ってこそなし得るものである。すなわち、「エジプトやオルメカより『それ以前に発展していた文明があった』ことを証明せずして、説明がつかない」のだ。

・本来の歴史は、世界史が学術的に捉えているものよりも実際は非常に永く、また、今の人類よりも何回か文明があったことをこうした遺跡は示唆している。しかし、学会などではそうした問題について触れようとしていない。表面的に信じられる歴史だけを仮説とし、それがいつのまにか「真説」となってしまっただけの話に過ぎない。

・すでに「現象」があるのだから(ピラミッドやラ=ヴェンタ遺跡など)、その真理と向き合い、それを論じられる方が遙かに意義がある。しかし、学者は後付けの理由ばかり優先させ、都合良く真理を歪めてばかりいる。

・進化説についても、歪んだまま継承されているに過ぎない。猿から人間は進化しない。その証拠に、どこにも「猿が人間の赤ちゃんを産んだ」という話は聞かない。また、猿には夕陽や美しい景色を見て「感動する心」がない。猿は、猿のままでしかない。(解説※4参照)


みっつ目の窓について【霊的世界】

・日本人は元来「仏教国」だった絡みもあるのか、「死んで無になる」と思っている人は少ない。しかし、キリスト教圏内だとその点は非常にシビアである。キリスト教では、イエスが復活した後に「死者を蘇らせる」為、死んだ後はそのまま「眠りについている」と解釈されている。すなわち、イエスが復活するまで、死者は「待たなければならない」のである。(解説※5参照)

・クラリオン星人のコンタクターであるカヴァーロ氏も、対談(「超次元スターピープルの叡智」 徳間書店超知ライブラリー出版)にて「霊界の否定」をしているが、彼が否定しているのは「キリスト教圏内」で説かれている霊界の否定である。すなわち、キリスト教が説くように「イエスの復活をずっと待っている」という霊界を否定しているのであって、我々が解釈している霊界(※例えばフォーカス23~27のような)の否定ではない。むしろその存在については、クラリオン星人によって「ある」と肯定されている。

・第一次大戦、第二次大戦を前にして、「第1次スピリチュアル・ブーム」が起きた(解説※6参照)。それは、両者の大戦で多くの死者が出る為、迷う霊を少しでも減らす目的があったからである。

・1937年に亡くなった有名な英国司教は、霊界通信(降霊術)に降りてきて、次のように発言した。
「自分は『霊界はない』と、多くの信徒達に教えてきた。しかし、それは嘘だった。本来は死んでも魂は不滅である。今、亡くなった多くの英国兵達が自分の元に来ては『嘘を教えた』と責められるのが、何より辛い」と。

・人は死んだ瞬間、明確な意識を持ち続けるので、死の知識をしっかり持っていないと霊界に帰れなくなる(何故なら、生きている感覚とまったく変わらないからである。解説※7参照)。だからこそ、死の本質に気がつくことは人間にとって何よりも優先されるべきことなのである。

・死を自覚出来ないまま彷徨っていると、この世で生を受けていた時のような制限がない為、どこにでも移動出来るようになる為、この世の居心地が良くなってしまう(※女性の皆さん! 入浴時要注意!←篠崎談)
そうするとこの世にいつまでも未練が残り、成仏出来ない浮遊霊と化してしまうのである。

・経典をいくらあげても、意味がない。何故なら、経典をあげる方が意味がわからなければ意味がないし、あげられる方も意味がわからなければ、さらに意味がないからである。それよりも、「死の本質」について語り聞かせてあげた方が、遙かに成仏への手ほどきとなる。


よっつ目の窓【現代】

・9.11のテロ事件は、未だにアルカイダがやったとされている。(解説※8参照)
9.11を境に、世界は様変わりした。イラク紛争、中東の惨状は、あの時からすべて始まっている。

・フセイン大統領時代の方が、まだマシだった。今やアメリカ軍は撤退したものの、同じことをアフガニスタンで繰り返している。そうした真実をアメリカが明かさない限り、アセンションは起こり得ない。


「アセンション」とは?

・アセンションとは「元の星に戻る」というこである。

・他の次元から来た人達が、地球で学びを得る為に「F35(フォーカス35)」という空間を作った。そこから直接三次元に行くことが出来なかったので、そこを経由するために「F27(フォーカス27)」を作り、そこから地上へ転生を繰り返しながら、学びを経ることとなる。

・しかし、そうしたことをシステマティックに行う為に「分魂」という仕組みを作った。すなわち、ひとつの魂を複数に分離し、あちこちに転生させることで学びの過程を進めようという仕組みである。(解説※9参照)

・我々の上には、そうした「類魂」が存在する。この生を終えた後、人々は類魂の元へ戻り、もと来た星に戻るのがアセンションの意味ではないのだろうか。

・また、地球はこれ以上保たないという段階まで追い詰められている。その為、地球そのものも次元上昇せねばならない。それにあわせて人類も次元上昇するが、いったんその為に人類は地球を一度は離れることとなるだろう。ただし、どちらになるかについて、まだ確証は何もない。

・ただし、こうしたアセンションの流れに来た際「意識改革」が進むようにと、人類のDNAには予め「起動スイッチ」が埋め込まれていたという説もある。(埋め込んだのはシリウス星人という説有)

――――――(以上、講演内容メモから抜粋)――――――
◆以下、篠崎による解説◆

解説※1
児童文学「アミ 小さな宇宙人」は、作家エンリケ・バイオス氏が「メキシコで起きたUFO集団目撃」をヒントに執筆されたと言われています。この時も、「集団幻覚」という言葉で片づけられてしまった模様。

解説※2
日本が何故、そうした報道をしないのか――おそらく、宇宙物理学などについては残念なことに日本は「遅れているから」という可能性が高いです。最近では斬新な理論を打ち出す物理学者も出ていますが、やはりアメリカなどに比べたら、まだまだ少ない――。アメリカにおいては、「パラレルワールド」として、複数次元の存在を物理学者が明確に唱えた本もあります。

解説※3
個人的には、「密かに後追い調査が、されているのではないか」と推測しています。ただ、それを表沙汰にすると不利になる組織や、或いは、あまり良くない影響のある組織がある為、水面下で調査されているだけなのではないか、と。その証拠に、旧ソ連ではUFOについての調査が積極的にされていたことが、明るみにされています。ソ連がそこまで動いていたのなら、アメリカが動いていないわけがありません。それを「じっと黙している」方が、ある意味「不気味」に思えてなりません。

解説※4
上述したマウリッツィオ・カヴァーロ氏の対談本の中で、カヴァーロ氏は「猿は、人間を生み出す際の失敗作である」と述べています。

解説※5
これは決して、イエスが実際に説いた教えではありません。キリスト教は、ローマの国教とされた際、かなり大きく歪められた可能性が高いです。(事実、イエスが転生に言及していた――とする説もあります。)
何故、時代の権力者たる教父達が「霊界を否定したか」と言えば、「恐怖が人を支配するのに、最も好都合だから」でしょう。(恐怖……教父……、皮肉ですね。)だからこそ人々はキリスト教の信者となり、死んだ後も「イエスの復活で蘇る」ということにすがったのかもしれません。(だから西洋では土葬が一般的なのです。火葬は「死後、復活が出来なくなる」ということで忌み嫌われました。そうした意味で、彼らにおける「火あぶりの刑」というのは、肉体的苦痛だけではなく霊的消滅を意味するのです。)
ちなみに、こうした背景を思うと、1700年代に「霊界の存在」を主張したスウェデンボルグは、本当に偉大で、かつ斬新な天才だったと評価せずにいられません。(ちなみに、彼は「狂人だ」として教会から猛反発喰らったのは、言うまでもありません。しかし、スウェデンボルグの貢献なくして、以下に記載する第1次スピリチュアル・ブームも、決して起こらなかったでしょう。)

解説※6
第1次スピリチュアル・ブームの背景についての詳細は、浅川氏最新刊「2012年アセンション 最後の真実」をお読みください。
ちなみに、現代は「第3次スピリチュアル・ブーム」です。これは、自ずとアセンションに何らかの関わりがあることと思います。

解説※7
これは、私自身が体外離脱をした中でリアルに体験しているので、まさしく「その通り」としか言いようがありません。
突発的な事故や、死の本質を見据えない中での自殺は、自分が死んだことを自覚出来ないまま、「まだ生きているんだ」という迷いを生じさせます。死の本質を見据えずに迷う霊を多く輩出することは、人類にとってだけでなく、地球にとってもマイナスな一要因です。

解説※8
私も9.11を境に人生が大きく変貌した一人ですが、その後ずっと8年間に渡り9.11問題を追い続けた中で、どうしても「アメリカ自作自演説」だけでは片付かない「裏事情」があるように思えてなりません。ですが現在、それはまだ調査中です。

解説※9
こうしたシステムが必ずしも「その学びを全う出来るか」と言えば、そうではありません。不確定性原理の際に説明した通り、人間に働く自由意志や、環境、その他の人々の影響により、「必ずしも予定された通りの人生を送れないから」です。
そうした意味では、「高次システムでさえも、読み切れない何か莫大なエネルギーを、人間は持っている可能性がある」ことも、考えられます。


10月3日(土)に東京・中野サンプラザにて浅川嘉富氏講演会が行われます。
今回は「エジプト文明の謎を解く①」です。
興味のある方は、浅川氏サイトにてご確認ください。※札幌、名古屋、大阪、福岡など、それぞれの都市でも講演会が行われています。


【浅川嘉富氏サイト 参照過去記事】
UFOとエイリアン情報① 
UFOとエイリアン情報② 
超次元スターピープルの叡智 
四つの窓

【ブログ内関連記事】
アセンションをブームで終わらせない為に
2012年アセンション 最後の真実
(1)アセンション情報における不思議な符合 
(2)アセンション情報における不思議な符合
「死の本質」を見つめる

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アセンションを「ブーム」で終わらせない為に

昨日(6日)の朝7時に寝た後、途中何時間かは起きたものの――今日(7日)の17時に至るまで、ほとんど寝続けていました。
言いようがない程の疲労感で頭は動かないし――ここしばらく平均睡眠時間3時間だった私にしては珍しいぐらいの、爆睡っぷりでした(苦笑)。
その他書かなければならない記事、やらなければならないことも多くて――更新が滞ってしまい、誠に申し訳ありません(滝汗)。
今回こそは、浅川氏の講演会内容レポをUPしたかったのですが……その前に、ちょっと自分の中で気になっていることがあるので、そちらから先に記事にします。

去年の10月。「巨大なUFO出現」の噂が、ネット上で湧き上がりました。
※ちなみに、この頃の私は「アセンション否定派」で、今以上に独立独歩の姿勢を貫いていた関係上、そうした情報は耳に入っていませんでした。友人でありブロともの麻日さんからその話を聞き、「へ~、そんなことがあったんだ~」ぐらいで聞き流してしまっていたのです。

結局UFOは出現せず、情報発信者はひどく責められたそうですが――。
私個人としては、発信者である方に深く同情する一方、責めたてる人達を安易に非難は出来ない――そう思っています。
それは、前記事にある「自己責任」に絡みます。

確かに、そうした情報を知った多くの人達にも、「それが信憑性に足る内容か否か」を考察する必要性があったでしょう。
しかし、一番の責任は――どうしたところで「発信者に求められる」と、そう思うのです。
だからこそ、私は自分の言動に対し慎重になるし――考察を欠かさない。
また同時に、読者側の皆さんに対して「考察の必要性」を強く呼びかけている次第なのです。

何故、私がこうした情報に「慎重になるよう」呼びかけているかと言えば――
「真理を見誤り、失望する人を一人でも増やしたくないから」です。

こうした失望は、今までに何度も繰り返されてきました。
一番最近は――1999年、でしょうね。
ミレニアムになる前に「何かが起こる」――そう期待した人達が、大勢いたことでしょう。

しかし――「何も起こらなかった」。
※いえ。現実には「起きています」。多くの人が、気づいていないだけで。そのことは後述します。

それを目の当たりにした人達は失望し、掌を返すような生き方を選ばざるを得なくなりました。
これは、その人の問題だけでなく――人類全体で見た上での「大損失」なのです。
地球は、「ただの物質ではない」ということを過去記事に先述しました。
地球は、思念に反応する「生命体」なのです。
ひとりでも多くの人が失望し、真理に対する疑念の中で覆れば――地球への悪影響は、はかり知れません。

私は浅川氏の記事を書く際、過去記事を参照していたところ、上記「UFO出現」の記事にあたりました。
それ以降、この内容を改めて考えさせられています。
さらに今日(7日)、読者の方から非常に興味深いメールを頂きました。
新世紀を前にして「イエスが降臨する」ことを信じていたキリスト教一派の人が、その事実が覆されたことにより失望し、それまでの生き方とはまるで異なる道を進んでしまった、と――。

私は、その人の痛みに同情の念を禁じ得ません。
そして同時に――「同じ過ちを、アセンションで繰り返したくない」と、強く思っています。

大きく宣言してしまうことで、人は「期待」こそすれ、その期待が大きく上回る程の現象となって現れない限り、それが「現実になった」とは認めません。
事実、去年の10月にUFOを目撃したという人が数人いたようですが――あまりに情報が膨らみすぎてしまった為、数名の証言なんて、「焼け石に水」となってしまったのです。
まるではち切れそうな風船のごとく膨らんだ情報を前にしたら、それこそ、「オリンピック開幕セレモニー」的に、大々的に色鮮やかなUFOが姿を現し、テレビ放映も電波ジャックして、その姿を見せない限り――人間は、宣言された内容を「肯定出来なくなってしまう」のです。

そんな危険なことを、高次の人達がすると思いますか?

真理は「黙されたまま、実行される」――これが高次の法則です。
有言実行ではなく、「不言実行」なのです。
彼らは地球に接触し、地球人の習性をよくわかっている――そうしたら、大きく宣言することで「それがかえって、人間の心理にネガティブな要素を残す」ということを、一番知っていて然るべきです。
そういったことを見抜いている高次の人達が、そのような大宣言をするだろうか――まずそこを、発信者側も情報を受け取る側も考察すべきだったと――私はそう思えるのです。

それに――「慎重になることで、真理を見逃す」ということもあり得ません。
何故なら、私ほど疑い深く、慎重な人間が――それまで「完全アセンション否定派」だった人間が、マウリッツィオ・カヴァーロ氏のクラリオン星人の写真を見た瞬間、「アセンション肯定派」に翻ったのですから。
パウロにしたって、そうです。
ずっとキリスト教を迫害する側だったパウロが、イエスのたった一言の呼びかけで目が覚め、キリスト教に大きく貢献することとなりました。

真理は、どんなに慎重になったとしても、「絶対に見逃すことはない」のです。
だからこそ、こうした大きな宣言を前にしたら、ことさらに慎重になることが――私達にとって重要な姿勢なのではないでしょうか。

この教訓は、今回のアセンションについても活かされます。
私達は決して情報に踊らされてはいけないし、受動的に「アセンションを待つべきでは『ない』」のです。
このアセンションで必要なのは、奇跡的な次元上昇でもなければ、苦労もなしに報われることでもない。
「ひとりひとりの目覚め」、そのものなのです。
私達が自発的に真理を受け入れ、そこに働きかけていこうとせずして――何が変わるというのでしょうか?

――何も、「変わるわけはない」のです。

今、すでにアセンションに向けて人々の意識が変わろうとしている――それは、私自身にも分かります。何故なら、何よりも私自身が、大きく変貌したうちの「ひとり」だからです。
自分の変化をこれだけ目の当たりにしていたら……「アセンションの信憑性」を、痛感せずにいられません。

しかし、私が危機感を抱いているのは――
こうした「アセンション」という言葉のみが一人歩きをして、ただ受動的にその時を待ち、
自ら何も変えていこうとしない人達が増えていくとしたら……それは「危険極まりない」――そう思っているのです。
それは、次元上昇どころか――下降にしかならない、と……。

先程あげた1999年の件ですが――メールを頂いた方以外にも、他のカルト宗教で似たようなことがあったという話を以前聞いておりました。
しかし、ノストラダムスは決して「予言を外してはいない」のです。(それは過去記事にも先述したとおりです。)
また、2000年を境に、人間の意識シフトが大きく変貌しているのを、私自身感じています。

実際に、「時代は幕開けしている」のです。
情報だけに翻弄されていると、その真理が見抜けなくなる――私は、そのことを深く危惧しているのです。

今回のアセンションは、「ブーム」で終わらせてはいけないものです。
何故なら、地球そのものの「生命存続」が、かかっているからです。
このまま、抜本的な改革なくして、息絶え絶えの地球にぶら下がっていきますか? 
それこそ、延命治療を続け、無意味に命を長らえさせているのと何も代わりはないのです。

私は「今こそ」、ひとりひとりが自己改革に目覚め、それが少しでも地球全体に廻っていくことを強く願っています。
アセンションとは、まさしく「そういう意味」です。
そうすることが、結果的に人間の科学を超えた「未知なる次元への開幕」に繋がるだろうと、そう確信しています。
夢想の理論ではなく、それを「現実にしていかなければならない責任」が、私達にはあるのだから――。

余談ですが――。
最近の体外離脱で、地球を追い詰めるネガティブな波動というのが、必ずしも「負の想念ばかりではない」ことを知りました。
すなわち――「利己愛に満ちた偽善」。
これが一番厄介なものなのだということを、知ったのです。

考察なき真理は、いつでもそうした罠に堕ちかねません。
深く考えないまま「愛」「光」を連発していても、その愛のエネルギーは地球へは「届かない」のです。
むしろそう叫ぶことが「利己存続」を満足させてしまう為、それ以上深く考察することを妨げてしまいます。
そうした「人間の利己的な満足感」が――結果的に、地球を深く痛めつけているということを知り、深く考えさせられました。

それらを発信しているのは――総じて「先進諸国」です。
日本も例外ではありません。
私達は先進諸国に生まれた以上、本来であれば地球全体のことを思い遣り、世界で苦しむ兄弟達のことを考えることが出来る余裕があるのです。
それをせずして、何故、先進諸国に生まれた意味があるのでしょうか?

勿論、みんながみんな、世界の闇を直視することは出来ないでしょう。
でも、それならせめて、「身近な幸福の意味」を、深く感じ取って頂きたいのです。
アセンションとは「地球規模」のものです。しかし、ひとりひとりが地球の生命体とシフトしている以上「私達個人のもの」とも言えるのです。
だとしたら、まずは身近に「自分の幸福とは何か」――そして、その幸福の為に自分はどうやって生きるのかを考察することが、アセンションへの第一歩だと、そう思えるのです。

そして……そこに満足した中の、3割程度の方でいい。
地球のことを――世界の闇を、「私と一緒に考え、行動に移して頂きたい」のです。
アフリカに住む人達や、紛争地域にいる人達は、そうしたことを考えるだけの余裕がありません。兄弟達の苦難を、余裕のある私達が真剣に考え、そして、向き合う必要性があると――私は強く実感しています。

アセンションを「ブーム」で終わらせず、苦難に満ちた兄弟達を救う為に――私達は表層的な情報に踊らされるべきではありません。
情報には常に慎重な姿勢を持ち、かつ、自分の洞察力でもって真理を見抜いて、正しい行動をしていくことが望まれるでしょう。

2012年を迎えた時
「なんだよ! やっぱりまた嘘だったか」と非難する側に廻るか、
それとも、「――ああ。やっぱり、本当だった」と実感する側に廻るかは、
みなさんの洞察力と行動力に、かかっているのです。

少なくとも――。
私は、浮ついた気持ちでこのアセンションと向き合っているわけではありません。
2001年からネット活動を開始し、今年に至るまで多くの日記、ブログを書いて来ましたが――今回ほど、真剣に向き合っているブログはありません。
例え2012年にそれが訪れず、時代がますます悪くなる兆候の中にいたとしても、私の命がある以上は果てしなく地球の為に叫び続けるでしょう。

アセンションは「待つもの」ではなく、「自発的に起こすべきものなのだ」と――。

【関連記事】
チャネリング情報の信憑性
2012年アセンション 最後の真実
(1)アセンション情報における不思議な符合 
(2)アセンション情報における不思議な符合


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チャネリング情報の信憑性

先日お知らせしたように、昨日は浅川嘉富氏の講演会でした。浅川氏から許諾も頂けたので、その講演会内容を記事にしていた――

――の、ですが。

……相方(※PC)がちょっと「体調不良」で――書いてはフリーズ、また書いてはフリーズを繰り返す為、今日は断念せざるを得ないと決断しました(涙)。
楽しみにして下さっていた方もいらっしゃると思いますので(今日の夜にはUPする予定ですが)、前段階として私が今回の講演会で印象に残ったことを、先にお知らせしておきます。

浅川氏は、「2012年アセンション 最後の真実」などを出版されていて、2012年問題について警鐘を鳴らしている方です。
しかし、やはりそうしたことを唱えている分、「どこまで自分が、書いたことに責任を持てるか」ということで悩まれることもあるようです。
私はそんな浅川氏の謙虚な姿勢に、深く共感しました。私自身、常に「発言の責任」というものを意識して、記事を書いているからです。

最近は誰でもみんな「ブログの時代」ですが、「自分の発言に責任を持って書いている人」って果たしてどれほどいるのだろう――ということを、疑問に思うことが多々あります。
「ハイヤーセルフからコメントを頂きました」とか、「○○からのコメントです」とか――その情報に「どこまでの信憑性があるのか」を、そういう人達はどれほど検証しているのか――いつも疑問に思うのです。

そんなことを言えば、私にだって書けてしまうこと、それこそ「いっぱい!」ありますよ(苦笑)。
体外離脱先で聞いてきて、みなさんを驚かせるぐらいの体験も話も、数多くあります。
しかし、私は「論理的に解析し、それを『現時点の自分』が真理だと確信したもの」以外、文章で公にするようなことはありません。
「自分の発信した言葉に、責任を負いたい」と、常に願っているからです。
だから、自分自身で検証した結果「現時点において、これが最も真理に近い」と確信したこと、或いは「自分の身でもって、リアルに体感したこと」以外、公言することはありません。(※ただし、その時受け取れる真理も人間と同じく「成長」します。だから、後々「この点は、前の発言は違っていた」と自分で気づくこともあるでしょう。その時は、潔くその過ちを受け入れる覚悟はあります。)

しかし、昨今のスピリチュアル系ブログでは(流通している出版でさえも、そうかもしれませんが)そうした検証さえしないで安易に発言している人が――あまりに多いと思えるのです。

何故、日本人というのはそうした目に見えない世界を「無闇に否定する人」と、「ただ鵜呑みにする人」の二分に分かれてしまうのでしょう?
「無闇に否定する姿勢」と「鵜呑みにする姿勢」はベクトルの方向性が違うだけで「まったく同じ」だというのに。

そうした検証の姿勢は「ジャッジ」ではありません。
「考察」です。
ジャッジはあくまで「主観」を織り交ぜて「いい・悪い」の判定です。
しかし「考察」は、「真理にあくまでも忠実でいよう」とするが故の、検証でしかないのです。
精神世界は「分別」を嫌いますが、「前提で分別がなければ、統合もまた『あり得ない』」のです。
真理において忠実となろうという姿勢なくして、すべてを「受け入れよう」というのは、あまりに乱雑な姿勢に見えるのです。
昨今のスピリチュアル分野には、何でもごちゃまぜに情報を織り交ぜて発信し、しかも「その言葉に責任を取ろうとしない人が多い」という印象が強くしてなりません。

「自己責任」というのは「自発的に生じることに意味がある」のであって、
他者から押し付けられるべきものではありません。
情報発信者側がそれを言った時点で、それは「(発信する側の)責任放棄」となります。
しかし昨今、その「自己責任」という言葉も「非常に都合が良く使われている」気がしてなりません。本来であれば、精神的に生きるというのは究極の自己責任であり――それが理想的な姿勢だというにも関わらず、変に多様化されすぎて概念が曖昧にされてしまっているということに対し、私は「深い憤り」を感じるのです。

だからこそ――。
多くの書物を出版し、信念でもって活動されている浅川氏のような人が「どこまで責任を取れるのか」と仰る気持ちは痛い程分かるし、そういった姿勢こそが「正しい」とそう感じます。
また、浅川氏は「アセンションが100年~300年後だっていう人もいるけれど、そんなふうに言うのは簡単だ」と言っていましたが、私も同感です。

ある意味、「100年~300年後だ」って言っていられる方が「責任放棄」だと、そう思います。
だって、「誰も検証出来ない」でしょ(笑)?
しかも、そんな情報を聞いたって「ふぅ~ん! なんだ、自分が死んだ後だからいいや~」で終わっちゃいます。(転生してるかもしれませんが、普通の人はそこまで考えませんよね((笑)))

浅川氏は「自分の信念でもって、昨今間違いなくアセンションが起こると確信している」と言っていましたが、私も同じように思います。
それは、私自身の「検証の結果」です。

――皆さん、考えてみてください。
今から「300年前」。世界はどんな状態でしたか?(それこそ、スウェデンボルグの時代ですね((笑)))

PCはありましたか?
車はありましたか?
飛行機はありましたか?

原子炉はありましたか?
国同士の紛争がありましたか?
アフリカの子供達が、あんなに飢えていましたか?(ちなみに、300年前から植民地時代は始まっていましたが、まだそれも初期の段階でしょう。)

絶滅した動植物は、どのぐらいでしたか?
森林の壊滅度はどのぐらいでしたか?
砂漠はどのぐらい、広がっていたでしょうか?

理屈で考えたって、「人類が今のままで、300年生存できることは『確率的に低い』」のです。

しかも、その間に致命的な大戦争を、人類は二回も体験しているのです。
それも、1900年~2000年という100年間の中で「二回」!
じゃぁこれが、300年として換算して「6回」行われたら――どうなるでしょう?
――いえ。
おそらく、これだけ技術が進歩した中での大戦争であれば……6回と言わず「第三次」だけで――世界は壊滅的な被害となるでしょう。

浅川氏が何故、「アセンションは近々来る」と言っているか――それは「地球が限界の状態に来ているから」と言っていました。
私も同意しますし、同時に「地球だけじゃない、人類そのものも『限界に来ている』」と実感します。
これだけの自殺、これだけの大量殺戮、無差別殺人、倫理の崩壊が――果たして300年前にあったでしょうか?
古代の人達が残酷な処刑を行っていたというのは歴史上知られたことではありますが、それは一部の権力者達に過ぎなかったはずです。市民達のほとんどは、殺戮、殺人といったことに「興味がなかった」ことでしょう。

私は正直言って、人類がこのままで「アセンション」が起こらなかったら――「絶望的だ」と思います。
「悲しみの星サラス」でも書いたように、私はこれ以上「地球を苦しめたくない」。
だからこそ、「急速な意識改革の必要性」を、このブログで訴えているのです。
それは、私が安易なチャネリングや、閃き――ブームの中で叫んでいるのではありません。

究極的な、「心からの叫び」なのです。

そうした信念に基づいたことのみを発言している為、非常に安直に「○○から情報が来ました~」とか「ハイヤーセルフからのお言葉です」と言っている人を見ると……「どこまで検証しているんだ?」と怪訝に思います。
シュタイナーやスウェデンボルグでさえも、その情報を慎重に検証していたこと――また、卑弥呼には「神審者(さにわ)」というどこからのお告げかを客観的に判断する存在がいたというのは、先日書いたとおりです。

「鵜呑み」と「闇雲の否定」は、ベクトルの方向性が違うというだけで「同じこと」だと先程言いました。
何故なら、そういう情報を「鵜呑み」にしてしまう人は、その期待がちょっとでも裏切られると

「やっぱ嘘だったんじゃん!」

――と、容易に掌を返すからです。
でも、そうした相手の姿勢を「自己責任だから!」で発信者側が突き放すのは「間違い」です。
「徹底した上で検証し、考察した上での公言」こそが、発信者には望まれると――私はそう感じているからです。
それをした上で、それでも「違った」というのなら――その時は「潔く認める」ことしか出来ません。
浅川氏も、「2012年になって『アセンションがなかったじゃないか!』と言われたら、僕は『ごめんなさい』としか言えない」と言っていましたが――その通りだと思います。

ただ、私は「アセンションは待つもの」ではなく――「自ら起こすものでなければならない」と考えています。
それがいつくるか、どんなふうに来るかということよりも、
私達が「地球に出来る、最大限のこと」を思案することの方が遙かに意義があるし、遙かに実りがある。
個人単位で見たら、「そういう時代を前にして、自分はどのように生き、どんな生き方を目指したいのか」を思案した方が、遙かに有意義です。

そうした意味で、私は最大限自分が検証出来る内容を徹底して考察し、そこに信念をもって「書いています」。
安易にチャネリング情報を吐露する人、安易に目覚めや愛を強調しすぎる人とは――正直言って、あまりご縁を結びたくありません。

私はいつでも「真理」に忠誠を尽くし、「誠意」の中で生きていたいからです。

その信念が自分で「間違っていた」としたら――潔くその責任を負い、潔く過ちを認めたい。
しかし、そこまでの「徹底考察」は絶対に欠かしたくない――常にそう思っています。
本来であれば、体外離脱先で得た様々な情報があるのですが、そうした言葉を安易に吐露しないのはそれが理由です。

このブログには、そうした精神世界についてまだあまり知識がない方、最近興味を持たれた方などもいらっしゃるかと存じます。
そうした方々には是非、安易な言葉に流されず、ご自身の洞察力で真理を見抜き、「自分の信念と確信」でもって精神世界に触れていって頂きたいと、強く願う次第です。
その為のご協力だったら、私はいっさい惜しみません。
どんな質問にでもお答えしますし、誠意をもってご返答します。
何故なら、「ひとりでも多くの方に、真剣に精神世界と向き合って頂きたい」からです。

繰り返しますが――
「闇雲の否定」と「安易な鵜呑み」は、

表裏の違いだけで、「まったく同じ意味」なのです――。


【関連記事】
悲しみの星「サラス」 
安易な「チャネリング」は危険! 
2012年アセンション 最後の真実 

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「個」の考察

2009年3月19日記 過去ブログ「ひとりの祈りから」より転載
*********************

 わたくしといふ現象は

 假定された有機交流電燈の

 ひとつの青い照明です

 (あらゆる透明な幽霊の複合体)


 風景やみんなといっしょに

 せはしくせはしく明滅しながら

 いかにもたしかにともりつづける

 因果交流電燈の

 ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)


 宮沢賢治・春と修羅(序)より引用



 「春と修羅」の冒頭は、端的に「私(個)」という存在を語っています。
 一見難解な詩ではありますが、確かになる程「私(個)」という存在を「ひとくちに言い表せない」のは事実です。「私」を表現する為の切り口は無数にあり、どこから切り込むかでその印象も変わってきます。
 「我思う、故に我あり」という有名なデカルトの言葉は「内面からの模索」であり、反してこの「春と修羅」は、「客観的に見た『私(個)』を模索しようとした、ひとつの試み」だからです。内面から外を見上げる行為は「主観」で出来ても、個を「客観的」に説明することは非常に難儀です。

 「私」という存在について思案するからこそ、人間には「動物達にない知恵が生まれた」とも言えるでしょう。外的環境の中で生きていき、そこに取捨選択も何もなければ、思考する必要性がないからです。
 そうである以上、私達人間にとって「私」という存在は「神に至る切り札」とも言うべきものなのです。

 歴史的にも、この「私」という個を廻る様々な試行錯誤がありました。
「私」という存在は「ひとつの種から派生した」という考え方と、「環境や周囲にあるものごとを取捨選択し、その中から『揺るぎがたい自分』」とした考え方と大きく二つの視点に分かれたのです。

 しかし一見真逆に見えるこの意見には、決して矛盾はありません。もしも前者だけで「私」を探索するのであれば、私達は「自我」を育てる為に社会や環境を必要としなくなるでしょうし、後者だけであったとしたら、同じ社会や環境に生きている者は「まったく同じ個性」を持たなければおかしくなってしまいます。

 私達は「自我」を育てるにおいて、内包する「自我の種」に応じた「環境」、或いは「経験に基づく感情」を取捨選択していき、それを繰り返すことによって「自我」を育てていくのです。その方向性はおおむね「理想とする自我」であり、一段階上に立つ「自分自身」といえるかもしれません。

 このことを忘れてしまうと、人は必要以上に「環境」或いは「対人関係」など、外面的影響に翻弄され、自我の本質を見失ってしまいます。本来、環境と関係性はあくまで「自分を育てる為の要素」に過ぎないところを、外面ばかりを尊重してしまい、内面から抱えてきた「自分の本質」を蔑ろにしてしまいます。結果、自分の中にある種は栄養失調のまま芽吹くことはなく、どこか枯渇感を抱きつつも何が原因なのかわからないまま、ただ周囲に翻弄され続けてしまいます。

 「私(個)という本質」──自我を知ることは、この世を生きる上で大切な指針となります。
 宗教によっては「自我を否定」することも多いですが、「自我を知らないまま、否定する」ことはとても危険なことです。

 私達は生活する上で「ものには名前がある」ことを知っています。
 自分の名前はもちろんですが、母親の名前、友達の名前──しかし、実際は「名前がその人をあらわしている」のではなく、その人の本質があるに過ぎないことを、私達は体験から知っていきます。にも関わらず、それらの体験すべてをすっ飛ばして「自我を否定」するのは、「この世の存在そのもの」を否定することに代わらないのです。

 確かにこの世は虚ろでしょうが、意味がなければ存在しません。どんなに虚ろに見えても、世の中には「意味」があるのです。その中で私達が「如何に理想的自我に近づけるか」という目標がなければ、私達はこの世に生まれてくる意味もないでしょう。

 エゴから自我への飛躍こそが、私達人類における「共通した目標」といえるかもしれません。 
 それはウパニシャッド哲学で言えば「梵我一如」と言えるでしょうし、ユニバースと呼ぶことも出来るかもしれません。
 それは必ずしも修行で得る必要はなく、必ずしも技術を必要とはしません。自分を見つめ、自分の痛みや喜びに正直になり、それを認めることだけで、大きな前進となるはずです。

 私達は「私」という個を「仮定」し、そこに交流の源泉をたどっているに過ぎないのです。
 絶対的な個という枠組みはエゴを生じ、この枠組みを解放した時から「高次な世界への扉は開かれている」のです。

 せわしない現代の時の中で、ひととき自分を見つめ、大いなる生命の息吹を感じる。
 それこそが、ぎりぎりに追い詰められた地球という惑星の中で、私達ひとりひとりが出来る小さな努力なのかもしれません。

【関連記事】
個は全体の成長要素 
現実問題、生きてみろ

※「LIVE the REAL」のユエさんと、偶然記事が一致しました。(過去記事引っ張り出して来たにも関わらず(^^;)。←って、手抜きでごめんなさい;;)
ユエさんの視点からも是非、考察なさってみてください(^^)

自我の表現、霊我(真我)の表現


◆お知らせ◆
明日は「2012年アセンション 最後の真実」著者である浅川嘉富氏講演会参加の為、ブログをお休みさせて頂きます。浅川氏の許諾が得られましたら、講演会内容のレポートをブログでUPしますので、楽しみにお待ち下さい。(「駄目!」って言われちゃったら、ゴメンナサイ;)


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個は全体の「成長要素」

11月に、アセンションをテーマにした映画が上映される――という話を聞きました。果たしてどういう内容なのだろう……と興味あるので、観に行って来ようと思っています(私はドラマは見ないけど、映画は好きでよく観ます)。
また、先日もお知らせした通り、私自身が今まで得たアセンションの知識や情報、自分なりの考察を元にした小説執筆も、すでに着手しています。主人公は精神世界の「せ」の字も知らない普通の少年――という設定なのですが……書いていて思ったのは、「(アセンションなど)こうした情報に敏感となるには、やはりあらかじめ『感受性』が鋭くないと無理なんだな」ということでした。
すなわち、「そうした情報に敏感になる」ということも、「生まれ持って、決められた方向性があるのかもしれない」と。

とはいえ――。
私は今までにも数多く小説を書いてきましたが、そこに登場する人物というのは「個性」と同時に「環境(小説内における設定)」が絶対に「成長に絡む」ということを痛感しています。
ある種、人間の人生も似たようなもので、もともとあった個性(霊性)に応じ、選んだ環境(家庭なり、社会なり、時代なり)で自ずと「変化せざるを得ないのではないか」――そんなふうに思えるのです。
どんなに作者側が「A君という人物は、こういう性格で、こういう環境で、こういう人生で……」と設定していても、ほとんどと言っていい程「思い通りになりません(爆)」(これは、実際に小説を書いた方であれば痛感していることと思います)。

ある程度の展開は作家でコントロール出来ても、そこから先は自ずとA君という登場人物に委ねられてしまうのです。何故かと言えば、Aという主人公に纏わる環境、その他の登場人物の関与によって、自ずとAの方向性が左右されてしまい、また、A自身の選択によって「ストーリーの展開」が一定でなくなってしまうからです。

私がこうして小説を執筆しながら、多々感じるのは――
「人間と神の関係も、似たようなものかもしれない」ということです。

私達はよく「環境も何もかも、選んで生まれてきている」と言います。
それは、作家が作品を描く際の世界観の設定や、環境、登場人物を廻る人間関係の設定作りによく似ています。
また、「こういう流れで、こういう事件が起きる」とか「その布石から、次の事件に展開する」という「ストーリーの軸」は作家の手で前もって設定出来ても……そこから先、本当に登場人物がどう動くかは――それこそ「登場人物次第」なのです。

――不思議なものですよね。
彼らは「作られた存在」であるはずなのに――作品世界でしっかり「生きている」のです。
長編小説を書いたことがある方であれば、自分の意図を離れ「登場人物達が歩き始めている実感」を味わったことがあるのではないでしょうか。

小説と同じように、私達も生まれてくる前、環境や周囲の登場人物、出会う人々を、ある程度「設定して」生まれてきているのでしょう。
しかし、必ずしも小説が「望んだ結果には至らない」のと同じように、人生もまた、「生まれてくる設定どおりに必ずしもならないものなのだ」と、そんなふうに思えるのです。

量子力学における基盤とも言われる「不確定性原理」という言葉、皆さんもご存知と思います。
一見小難しい言葉に感じますが、その「対象となった言葉」から紐解くと、おおよその全体像が掴めます。
この「不確定性原理」は、それまで科学の法則性としてまかり通ってきた「ラプラスの魔」を否定するという、大きな役目を担った原理です。
ラプラスの魔というのは、「ある一定の知性をもったもの(すなわち神のような存在)にしてみれば、未来も過去と同じように見えていて、すべては決められている」という、いわば「宿命論」に近い立場をとっています。

こうした理論が波及した背景としては、おそらく当時のキリスト教神学(特にカルヴァンの予定説など)が関わっているのではないかと、私は憶測しています。
しかし、その「すべては決められている」という理論に「まった!」をかけたのが、この「不確定性原理」なのです。
端的に述べてしまえば(私は哲学端ではあっても、物理学者ではないので、あくまで「端的に」ですが)、「すべては決められている」という概念に対し、「必ずしもそうとは言い切れない」というのが、不確定性原理の立場です。

私は小説を書いていると、どうしてもこの「不確定性原理」のことが頭を過ぎります。
それほど、小説って(長編になればなる程)、「作家の意図を超えたところに、行き着いてしまうから」です。

人間も、それと同じなのではないでしょうか?

ブルーバックスから出版され、「不確定性原理」を分かりやすく説明した著者:都築卓司氏は、終章の中で興味深い発言をしております。

「人間については―(略)―無機物や植物、さらには他の動物にない『自由意志』の中に、なにかふつうの因果律とは異なったものが存在している気がする。しかも人間個人の問題だけでなく、多くの『意志』が寄り集まって社会生活を営むとき、意志と意志の相互作用が、思いも寄らない方向に人間生活を追い込んでいく可能性も考えられる」※269ページより引用

私はこの意見に、深く同意します。
私達は個人ひとりの概念だけで生きているのではなく、「様々な人達との関係性の中」で生きています。(世界360度全部自分という理論が、「何故的を外しているのか」は、ここに裏付けが取れます。)
そうした中で、それぞれにおける意志、働きかけがさらにその個人に影響し、「当初(生まれてくる前に)設定していた人生を大きく外してしまう可能性」だって――充分に考えられると、私はそのように思うのです。

小説の登場人物も同じです。
「たったひとり」しか出てこない小説であれば、単純に話は進むでしょう。
しかし、様々な登場人物がいれば、それだけ要素が複雑に絡み合って来て、一筋縄ではいかなくなり――それこそ、小説の中で登場人物達が、「作家の意図を超えた動き」をすることがあります。

だから――私達も、「創作者たる神の意図」を超えて動いている可能性だって、充分に考えられる、私はそんなふうに思えるのです。

よく、「人はただ役柄を決めて生まれてきて、それを演じているだけ」という言い方をする人もいますが――それは違うように、個人的には思います。
確かに、「ある程度の設定をして生まれている」のは事実です。(いわば、それがカルマなどの因果律でしょうから。)
しかし、必ずしも「その予測通りに動かない」というのが――人間の性(サガ)であると、私には思えるのです。
そうでなかったら、何故「不確定性原理」というものが説かれる必要があったのでしょうか?
この原理の存在こそがまさしく、私達の「自由意志」という気づきへの促しと共に、「すべてが予定されているわけではない」ことの大きな裏付けなのではないかと、そう実感せずにいられないのです。

――だとしたならば。
私達個人における「意志」というのがどれだけ大切で、どれだけ重要かを実感せずにいられません。
また、昨日の記事にも書いたように、こうした「意志」が「壮大な思念の海における一部分」であるならば、往々にして私達は周囲にある情報――いろいろな人の想い、概念に翻弄されてしまうこととなるでしょう。
だからこそ、私達は自己を確立し、自分の意志を自覚した中で生きていく必要があるのだと思います。

余談ですが。
登場人物の性格によっても、比較的「作家の思い通りに動いてくれる人物」と「そうでない人物」に分かれることがあります。
前者は、作品上も「素直な性格の持ち主」であることが多々あります。しかし、後者は明確な信念――或いは利己を持った人物、というケースが多いです。
後者の場合は、あまりに強い信念故に、作家が想定していなかった程「ドラマティック」に、かつ「慈愛」に満ちた成長を遂げる場合があります。また逆に、利己に満ちた人物の場合は、最初はヒロインだったはずが――気がついたら悲劇のヒロインぶりっこになっていて、どんどん落ちぶれていく、なんてケースもあります(苦笑)。
これもまた、私達人間に置き換えられる――そんな気がしませんか?
私達が「関与する人々」および「環境」にある程度の設定はあっても、そこで何を選ぶかは私達に委ねられています。要は、「作家の意図を超えた大いなる存在」になることも出来れば「期待を裏切って、落ちぶれた存在」となることも出来るのです。

スウェデンボルグは、「神も実は成長途中にあり、我々人間の成長が神の成長を決める」ということを書いていましたが――小説を書いていると、「実際にそうなんじゃないか」と思うことが多々あります。
私自身、小説を書いていて「登場人物から学ぶこと」も結構多いのです。
これは、わざわざ小説を書くまでもなく、子育てされている親御さんであれば実感して思うことでしょう。必ずしも親は教育者ではなく、子供から学ぶことも「多々あるのだ」――そんな体験した方は、少なからずいるのではないでしょうか。

私達がこの世に生きている以上、「より優れた人間像」を目指すというのは――究極な課題と言えるかもしれません。
それこそが、真なる我――真我に近づく第一歩であるのではないか、私にはそう思えるのです。
成功欲でもなく、名誉欲でもなく、他人からの評価でもない「どういう人間であることが、自分にとって理想的なのか」――その理想像の探究と、また、そこを目指そうとして努力することこそが、私達人間が生まれてきた「本当の意味」なのではないかなと、そんなふうに思う昨今です。
そして、そうやって私達が「より理想像に近づこうと努力する」ことこそが、全体であり――かつ「私達の世界」という小説を書いている神の成長に、貢献出来る道なのではないでしょうか?

みなさんは、「どんな理想像」を目指していますか?
どんなに小さな一歩のようでありながらも、ゆくゆくはそれが宇宙全体(神)への貢献へと――繋がるかもしれません(笑)。

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「世界のすべては自分」という考え方は危険! 
高次元における「全体調和」は「個性」を排斥しない

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新装版 不確定性原理―運命への挑戦 (ブルーバックス)新装版 不確定性原理―運命への挑戦 (ブルーバックス)
(2002/09)
都筑 卓司

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【コラボ連載】悪霊に隙を突かれない方法

すみません……。昨日は引き続いての体調不良で、更新が出来ませんでした。(日曜日に三件UPした記事、分散すべきだったとどれほど後悔したことか――((涙)))

今回は「LIVE the REAL」のアングルさんと「コラボ」という形で、私が体外離脱で体験した内容、および書籍から得た知識を複合的に織り交ぜた「悪霊のいる次元と高次元の差」および「悪霊に隙を突かれないための方法」について記事にします。

【現実問題、生きてみろ!】
 「悪霊と悪魔の法則」 by アングル氏
 http://anglesign.blog88.fc2.com/blog-entry-12.html#tb

この記事で、「悪霊の存在」について詳細が書かれています。これを読まれただけで、悪霊の存在や人間との関連性については、もう充分ご理解頂けることと存じます。
なので、こちらでは「悪霊という存在のいる次元」と、それが「高くなっていく次元」の流れについて、記事にしたいと思います。

その前に、ちょっと私の体験談なのですが――。
私が体外離脱する場合、離脱に至るまでは「自力」のことが多いのですが(それに失敗して、糸を括られた風船状態になったという間抜け談は――先述した通りです;)、離脱先では大抵「ガイド役」がつきます。
なのですが、一度「悪霊の世界(コナン・ドイルの霊界通信を元に言えば「幽界(1)」の底辺)」に行った時は、離脱する前からすでにガイドが来て、こう言いました。

「今から君を、『地獄』と呼ばれている場所に連れて行こう。少し息苦しく感じるかもしれないけれど、ちょっとだけ辛抱していて欲しい」と。

その後――実際に、私は「息が出来なくなりました」。
エレベーターが急降下するような感覚を味わった後、苦しさはなくなったのですが……。
その後に広がっていたのは――おぞましい闇の世界でした。

この辺りの詳細については、本編から少しずれるのでここまでにしておきます(闇の世界にご興味ある方がいらっしゃれば、別途ご説明致します)。
私がここで言いたかったのは、そうした悪霊のいる次元は「酸素ともいえる何らかの濃度」が、非常に「薄かった」ということです。

これは以前、他次元に関しての記事を書いた際、「高次元に行く程、まるで大気に甘露が満ちているように、愛が周辺に満ちているのを感じた」というのと、「真逆の現象」です。

すなわち――三次元で私達の周辺を取り巻く「酸素」が、肉体という物質界でないところでは「(喩えて言えば)愛」で満ちていて、その濃度によって「次元の差」を感じ取れるようです。
次元が高ければ高いほど、そこは愛が甘露のように満ちて――悪霊がいるような次元になるとそれが非常に薄くなる、ということなのでしょう(おそらくそれで、私は「息が出来なくなった」のだと思います。その後苦しさが取れたのは、ガイドが何かしらの調整をしてくれたのでしょうね。カヴァーロ氏が「肉体のまま宇宙船に乗った」際、周波数をあげられたのと逆の現象をしてくれたのだろう、と。)

こうしたことから考えても、実は私達は(この三次元の中でさえも)「壮大な思念の海における、液体の一部」なのだと、そう実感せずにいられません。
いわば、「壮大な思念の海における液体」が、「肉体」を持っているのに過ぎないのだろう――と。
だとしたら、悪霊というのは――そうした思念の「波動の低い領域の存在」なのかもしれません。
そうすると、私達は決して「悪霊」を他人事には出来ないことになります。
何故なら、私達が「思念」を持って生きている以上、自ずと「波動の低さ、高さ」に絶対翻弄されることになるし、また、影響受けざるを得ないからです。

それこそが、アングル氏の言う「法則性」に挙げられている内容です。

また、先程「波動の低い」という言い方をしましたが、コナン・ドイルの霊界通信、およびルドルフ・シュタイナーの「神智学」における霊界の構造を見てもわかるように、「低ければ低いほど『三次元に近い』」ことになります。
要は、「三次元的執着」というものこそが、「悪霊を呼びやすい」ということに他ならないのです。
(それが、アングル氏の記事【Ⅰ】【Ⅱ】にあたります。)
何も「騙そう」だの「殺したい」だの、そうした犯罪に限った心理だけではなく、ごくごく身近な「三次元的執着」でさえも、一歩踏み間違えれば「悪霊との縁」を深めてしまいかねないのです。

三次元的執着。
ちょっと考えただけでも、いっぱい思い浮かびますね。
お金もそうですが、成功、肩書き、名誉、物欲……。
怠惰も三次元的執着でしょうし、「世間的尺度」というのも三次元的執着に入ってしまう。
考えたら……私達はいつでもどこでも、どっぷり「三次元的執着」の中にいて、その誘惑と葛藤の中に生きていることになるのです。(なので、私は「成功哲学」や「思念で何でも思い通りになる」という考え方は危険だと、警鐘を鳴らし続けているのです。それは「三次元的執着に他ならない」からです。)

また、俗に言われる道義的なこと――「家族を愛する」「自分を受け入れる」ということも、過度になれば三次元的執着になりかねません。私達はこうした「三次元的執着」と「それを超えた愛」の間を、まるで振り子運動するように往き来しているようなものです。
ですから、私達は常に「自分の意識」というものを明確に持ち、「バランス」を心がけることが何より大切なのだと、そう私は実感しています。(文末にあるアングル氏の「また、そういった状況から脱却するためには、自分自身を探究せざるを得ない」というのはまさしくその通りで、私達が意識的に「三次元的執着」と「それを超越する愛」の境界を見極めることが大切となってくるでしょう。)

あと――ここは非常に重要な点なのですが――アングル氏の記事内にあるこの部分。

>悪霊、悪魔のエネルギーが倍増していくと、
>その者に本来の光の部分(便宜上こう書くが、詰まるところ一般的な良心とかそういうところを司る部分)を上>回るため、本人の善的意識を支配できるようになる。
>
>そうすると、愛や情に訴えかけることが可能になり、
>そういった感情面を操る手段を見出し始め、相手を引きずりこむことも可能となる。
>同時に、愛や情を求めるネガを持っている存在はそういった存在を信じやすくなる。
>(自身のネガに理解を示す存在故に、ネガ同士の分かち合いが置き、安心感を覚える等。)

実は、こうした現象が現在の「スピリチュアル分野」でまかり通っています。
物理学者であり発明家、かつ霊界探究として名高いスウェデンボルグでさえも、「天使の姿をした悪霊」に悩まされていた――また、シュタイナーでさえも「善霊の振りをした悪霊」に悩まされていたと記述しています。
それほど、私達は「本当の善」と「表層的な善」の区別がつきにくい、皮肉な生き物なのです。

「偽善」という言葉に対して、多くの哲学者や文学者達が議論してきました。しかし、未だに明確な線引は出来ていません。
何故なら、「それを見定めること、そのもの」が、私達人類にとって「課題のひとつだから」です。
だからこそ、悪霊もそうした「愛や情に訴えかける」という――人間にとって最も「美しく」、かつ最も「弱点」とも言うべきところを衝いてくるのでしょう。

そうしたせっかくの「人間にとって美徳」とも言うべき場所を、悪霊に憑かれないようにする為の「知恵」があります。
それが「論理力」です。

5次元文庫などからも多数著作を出しているエハン・デラヴィ氏が翻訳した「パワーかフォースか」という本。
著者はデヴィッド・R・ホーキンズという医学博士なのですが、この中で「真理に通じた力を見抜く能力が、人間には本来存在している」ことが書かれています。

すなわち――私達人類は、直感的に「何が真理か」を見抜く力を、本来持っているのです。
(それを「Oリング」の筋肉反射から、説明しています。Oリングというのは、自分の肉体に「合っているか、否か」を確かめる方法です。そうした反射を、人間の精神も持っているということが、この本には書かれています。)

この見抜く力こそが――いわゆる「洞察力」とも言えるものなのでしょう。

皆さんが多くのブログ記事に触れていく中で、「ここは共感出来る」「ここは共感できない」というものがあると思います。
それが、皆さん自身の中に存在する「真理に通じた力を見抜く能力」と言えるでしょう。
真理は、平べったい愛を多くは語りません。シュタイナーは「神とは『愛』であり『生命力』であり『真理』である」と言っていましたが、真理に近いものほど、「愛」という言葉を翳さないのです。

何故なら――「真理に近い文章は、すでに『愛を含蓄しているから』」。
ことさらにそこを、主張する必要性がないからです。

また、真理に近ければ近い程、論旨に矛盾を生じません。そうした人の記事や文章は、年数を重ねても、また、他者に対するコメントに対しても「矛盾」を孕んでいません。(ちなみに、流通している書籍においても平気で矛盾したことを書いているものがあります。また、メディアなどで取り上げられる有名スピリチュアリストの中にも、言論と行動に矛盾を抱えた人が実際にいます。なので、有名か無名かは、こうした論旨の矛盾を解く際に何の尺度にもならないのです。)
そうした真理に近い文章は、感情論を抜きにした「一貫した論理性」が、常に書かれているはずです。

皆さんが悪霊に隙を突かれないよう矛盾を見透かすには――ご自身の「洞察力」を磨くことが一番の近道でしょう。
本来、皆さんの中にはすでに「それを見抜く力」があるのですから、アングル氏が文末に言っていたように「自分自身を探究せざるを得ない」――この一言に尽きると、私はそう思います。


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パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学
(2004/08)
デヴィッド・R. ホーキンズ

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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

【篠崎の著作本】

アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)
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【第Ⅱ部に篠崎の質問文が一問一答形式で掲載されています】
クラリオン星人コンタクティが体験した アセンション[量子転換]のすべて  宇宙人の人類DNA大変革プログラムクラリオン星人コンタクティが体験した アセンション[量子転換]のすべて 宇宙人の人類DNA大変革プログラム
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