【体内離脱プロセス・3】集合無意識の層を超えた、向こう側にあるもの

◆謝罪文◆
 昨日は徹夜した状態で外出し、帰宅が遅かった関係もあって、疲労により更新が出来ませんでした……。
 前回の記事で「明日更新します」と書いてしまったせいでご足労おかけしてしまった皆様には、心からお詫び申し上げます──。


 思想家の作業は、ただ「ものを考える」だけではなく、不可視のものを、ロジック化(言葉化=三次元化)する作業である──と、私はそう思っています。
 どのような形で表現することが、もっとも適切で、もっとも分かりやすいのか──哲学は「難解だ」とされるのは本来誤解であって、真理であればある程、万民にわかりやすく伝えられるべきことなのではないかと、私自身は考えています。(そういった意味でも、ルドルフ・シュタイナーは偉大な人だと思わずにいられません。今まで誰もやっていなかった不可視の世界を言葉で表現し、あれだけ分かりやすく構造化出来たのですから。)

 私自身も出来る限り分かりやすいように書くよう努めていますが、多少自分でまだ不透明な部分があったり(すべての真理を悟っていたら、今頃とっくに即身成仏です((笑)))曖昧なところもあるので、100%うまく皆様にお伝え出来るかどうかは確信が持てません。
 それでも、出来る限りのことを尽くしてみよう──そう思っています。

 人が何かを考える際、私はどう考えても「頭(脳)だけが動いている」とは思えないのです。
 それはこのブログでも何度も書いたように、「想念は、脳の電気信号だけで反映されているわけではない」からです。
 逆に言えば、先にそうした想念があって、それが結果的に脳内の刺激を起こす可能性は考えられます。卵が先か、鶏が先かではないですが、そうした意味では「先に想念ありき」なのだと、私には思えるのです。

 わかりやすい例えで言えば、何か感動する映画を観て、ぐわっと涙がこみ上げてきた時。
 人は「額」を抑えずに──からこみ上げるのを感じませんか?
 私は何せ激情家なので(苦笑)、「崖の上のポニョ」のオープニング「海のおかあさん」を聴いただけで、泣けてしまうような人間です。
 でも、その感動は「頭」から来るのではない──「胸のあたり」から、いっきにこみ上げてきます。

 そう考えると、人は想念を肉体の全身で持って受けとめ、また感じている可能性があるのではないか、そんなふうに感じるのです。
 チャクラの担う意味もそこに繋がっていて、脳だけにすべての想念が集約されているわけではないのではないか──そう思えるのです。
 そうすると、想念はどのような形で、どのように人に作用してくるのか──そこが非常に疑問となってきますよね。

 肉体の臓器の位置やチャクラの位置に拘ると、それはまた「三次元の空間概念」に囚われてしまうのでいったんリセットして頂くとして──上記したように、私たちの想念が頭に限らず、隈無くあちこちに存在するとした場合。
 それにも、一定性の法則性が含蓄されているはずです。

 それこそが、私が以前記事にした「意識の階層化と夢の関連性」で表現したような想念の地層状態なのではないかと思えるのです。
 そしてそれは、決して「わたくし」という個体だけのものではなく、共有しあっているはずです。(だからこそ、エハンさん((ジョン・クレイグさん))のよく言う「シンクロニシティ」ということが、昨今多々起こりえるのでしょう。それは「わたくし」という個体が同時期に何かを感じた「個別のタイミング」ではなく、一定の想念層以降は、集合無意識としてすべて繋がっているからではないかと、そう私は想定しています。)

 「夢」が「異次元の扉」であることは、そうなると言うまでもない、当然のこととなります。
 とある研究家のひとりは(ごめんなさい……。誰だったか、今は名前を失念しちゃいました……)「夢という無意識下のものと、霊界などはまったく別ものである」としていましたが、別ものという見方よりもその入り口と考えた方が妥当ではないか──私はそう感じるのです。

 私自身も、この確信はその「二日間における、奇妙な夢の連続性」を体験するまでは持てませんでした。この研究家のいうように、「夢と体外離脱というのは、決してイコールにならないだろう」そう思っていたのです。
 なら──「夢」とは一体、何だというのでしょうか? 何故、起こり得る現象なのでしょうか?

 実は、私が霊感を失っていた21歳から36歳頃までの間、私を始終悩ませていた現象がありました。
 あの頃はまったく、そうした不可視の存在を感じ取ることが出来なかったし、示唆的な夢を見始めるまでは、夢も本当に「ただのカオスの状態」の夢しか見たことがなかったからです。

 ところが、私はいつも眠りにつこうとして意識がなくなろうとする瞬間──常に、雑多な様々な人々の声や言葉、話しかけが聞こえてきて、目が覚めてしまうということが続いていたのです。
 もう霊感がなくなってから数年以上経っていたし、私の周囲にいる人達もインド哲学を探究していたとはいえ、そうした現象については割と否定的な考え方(あくまでも、アカデミズムに思想を探究しようとする人達)が多かった為、私自身も理性的な解析の仕方をしていました。

 当時私が考えていたのは、「夢とは、脳の海馬(かいば)で蓄積された記憶が整理される際に見える現象である」とするならば、私が聞こえるこの雑多な人々の声や言葉は、私が無意識下で、街中などで聞いた人達の言葉や話し声を脳が捉えており、それが反芻されているだけなのだろう──そう結論づけたのです。

 私に聞こえてくる多数の声は、決して私に話しかけているわけではないのです。それこそ、普通に街中を歩いていたら見知らぬ友達同士がしているような対話だったり、グループ同士の対話だったり、そんな感じだったからです。

 しかし、しばらくして「やっぱり、それだけでは説明がつかない」ということに気付きました。
 何故なら、「私がしばらく外出していない時も、その現象は続いたから」です。
 もし、本当に「その日に街中で聞いた人達の言葉が、ただ単に反芻されているだけ」だとしたら、外出しない期間は「その現象が起こらないはず」です。
 にも関わらず、やはりその現象は起きていました。
 しかも、もうひとつ疑問に気付いたのです。

 それは、対話ではない──明らかに「ひとりごと」と思える言葉が複数聞き取れたからです。

 街中で耳にした記憶が反芻されるだけだったら、ひとりごとの声が反芻されるわけがありません。街中にそんなでっかい声でひとりごと言ってる人が大勢いないことは、言うまでもないからです。

 ところが──後日になって、私と「まったく同じ体験をしている人がいた」という話を聞いたのです。
 それは本当に偶然でしたが、私がたまたまその話を友人にしている最中、友人に「あなたと同じことを言ってる人が、以前テレビで報道されていた」と言われたのです。

 私自身はそのテレビを見ていないので、友人の証言を元にすることしか出来ないのですが──何でもその人は老齢の警察官(刑事だったかもしれません)で、非常に検挙率の高い人だった──というのです。
 それは、いわゆる(かつてあったFBIの超能力捜査官みたいなノリで)霊感により、犯人逮捕に繋がった──というのだそうです。
 そして、その人は毎日、私と同じように「眠りにつく前、無数の人々の声や話し声を聞く」ことがあり、その中から時折「犯人らしい人の声」や「犯行現場で起きただろう声」などを見つけることがあり、そこから犯人を割り出していた──ということを、友人は教えてくれました。

 これは人伝の話ですので、私自身は確証しきれていませんし、また、10年以上前の話なので検索のしようもありません。
 ただ、あくまでも推察ですが、この刑事さんの言ったことや私自身が体感した「寝る前に聞こえる多数の声」というのは集合無意識化の想念の階層に蓄積された記憶を、音声化して捉えている現象ということが出来るような気がします。
 集合無意識の想念を、音声として捉えると話し声や独り言のように聞こえ、ヴィジョンとして捉えると、夢のように現れるのかもしれません。

 そこで──いよいよ私自身が体感させられた二日間の夢なのですが……。
 一日目に関しては、本当に夢を見ては目が覚め、また夢を見ては目が覚めを、何十回繰り返したかわかりません。しかもそれが5分起きや10分起き感覚なので、こちらは頭がおかしくなりそうでした。
 翌日はその中でも10個近く覚えていたのですが──今となっては、印象深い3つの夢しか覚えていません。

 ひとつは、またもや「音声」でした。
 しかし、これは明らかに「私に話しかけている声」だったのです。
 それも、ここ最近ずっと続いている現象ですが、「何かを教えてもらっている」ような感じでした。指導してもらっている──とも言うべきでしょうか。
 しかし、その中で「えっ? ちょっと待って。ここはこういう意味?」と自分で解釈しようとした瞬間、三次元的な意識が目覚めてしまい──同時に目が覚めたので、夢も終わってしまいました(その間、眠りについてから約10分ほどでした。)

 その次に印象に残っている夢は──
 狭い通路を、ひたすら・ひたすら・ひたすら、ネズミが走っていく──。
 ただ、それだけです。
 私は外部からそれを見ていて、ネズミが走っているのは金色の煉瓦で包まれた細い道なのですが、そこをただ黙々と、ネズミはまっすぐまっすぐまっすぐ、走っていくのです。

 ──それだけの夢。
 目が覚めた後、何の感慨も感想も浮かびませんでした……。

 他にも多数の夢を見させられたのですが、最後に見た夢があまりに意味不明すぎで、そのショック(?)からか、他の夢はすべて忘れてしまいました……。

 そこは、緑の草原の岬で、向こう側には美しい碧い海が広がっていました(こういう場面は、私の夢に多々出てきます)。
 その草原に──ひとりの青年が立っているのですが……その青年は、何故か「アメリカンフットボール選手の格好」をしていたのです。
 アメフト選手姿の青年は、アメフト用のヘルメットの中にある青い瞳(明らかに白人男性でした)でじっとこちらを見つめ、何故か、深々とお辞儀をしたのです。
 目の前には私が立っていたのですが、私も意味不明なことにスーツ姿の男性で、腕を組み、その選手の姿を見てまるで「よし!」と言っているかのように「うむ」と深く頷き──

 ──そんなどこぞの青春映画の一幕みたいな場面で、目が覚めました。



 ………………。


 まったくもって理解不能です。
 私がアメフトに興味もなければ、試合を見たこともない──それこそ、「まるで知らない社会のこと」ぐらいの認識しかないのは、言うまでもありません。
 この夢で私は何だかどっぷり疲れてしまい、寝るのを諦めて、朝まで起きていることにした程です……。

 そして、その翌日。
 またもや多数の夢攻撃にあっていました。
 ところが──私は前日とは違い、その夢を「まるで、自分が抜け出して映画を観ているかのような感覚」で見ていたのです。
 前日の夢は、確かにネズミが走っている姿などを客観視していましたが、それでも私自身「夢の中の登場人物(それこそ、煉瓦の一部だったとか)」という感があったのです。
 アメフト選手の意味不明な夢も、自分もその中の登場人物でした(スーツを着た男性って……某映画のエージェントじゃないんだから;)。
 しかし、その日に関しては夢を客観視している自分がいたのです。
 そして、その時に気がついたのです。

「夢というのは、積み重なった想念の階層のどこにアクセスするかによって異なるだけで、その動きはアットランダムであるが故に、ストーリー性がカオスのような状態に感じられるのではないか」と。

 そう感じた時、これはちょっと表現のしようがないのですが──まるでゼリー状に何層にも重なったイメージが、私の脳裏に浮かびました。
 そこにあるのは私ひとりの想念ではなく、それこそ「無数の人の想念」であることが何となく感じられた──その時。

 突然、場面が変わりました。
 そこは、私が体外離脱した際に、何度か行ったことのある場所でした。
 イメージとしては、白と、黄金色(決してまぶしい程ではなく、午後の日差しが黄金色に輝いて見えるような感じです)に統一された世界でした。

 そこに、ひとりの男性が立っていました。
 私は、名前は知りませんが(基本的に体外離脱先で、私は相手の名前は聞きません。でも、誰かをすでに私は認識しているようです)、何度か会ったことのある男性でした。
 そして、彼にこう言われました。

「ついに、ここまで来たね。
 君は、『道なき道を、自分で切り開くという難しい選択』をして、試行錯誤しながら、ようやくひとつの答えを見つけようとしている。
 体験は、ひとつの知識を生み出し、その知識が、また誰かの刺激になり新たな情報へと結びつく──君は、その模索をずっと繰り返し、今、ここにようやく辿り着いたんだよ」
と。

「君が慕う人(名前は言いませんでしたが、私は直感的にカヴァーロさんのことだと思いました)のように、肉体を持って異なる次元にアクセス出来る人達もいる。君が知らないだけで、そうした人達は他にもいるんだ。
 また逆に、君が師と仰いだ人達のように、思考を使って辿り着こうとした人や、或いはシャーマニックな能力を使ったり修行の道程を辿った者達もいる。
 方法は、どれでも一緒だ。何を使っても、辿り着くところは同じなんだよ。君のように、自発的な努力によってそれを成そうとするケースも含めて、ね」 
 

 私は、今にして思えば「質問したいことが、たくさんありました」。
 しかし──この時は、何故かそれが「出来なかった」のです。
 通常、体外離脱した先で私は質問をしてくることが多いのですが、それは自意識と共に行っている場合に限るのかもしれないと、その時に思いました。
 私はこの時、自意識を切り離し、想念を「集合無意識」として感知していました。要するに、私はその「全体の一部」ではあっても、自意識というものからはかけ離れてしまっていたのでしょう。
 勿論、これは私の訓練不足でしかないのかもしれません。
 或いは、もっといろいろ学ぶ必要があるからなのかも、しれませんが──。

 その後も、しばらく彼から色々な話を聞きました。自意識はないので(面白いことに、私自身の「存在」は感じても、私は「その場にはいない」というのも感じました。まるで彼は、透明人間に話しかけているような感じです)、ただ受ける(記憶する)ことしか出来ませんでした。
 その後に言われたことは、私個人に関わることでしかなかったので、ここでは割愛しますね。 

 私はこの体験を通じ、体内離脱と、体外離脱は「同じところ」に行き着くということを感じました。
 夢は本当に「異次元の窓」であって、決してただの記憶の脳内整理だとか、そんなものだけではないのでしょう。
 逆に言えば、普段「個々」で分れて生活している自意識でしかない私たちが、唯一、他者の意識と共有出来る貴重な時間とも言えるかもしれないのです。

 そう言えば──。
 このことを書いていて、6年ほど前に見た夢を急に思い出しました。まだ不可視を感知する能力が復活する前──ちょうど、不思議な夢を見続けている頃のことです。
 このことに多少関わるような感があるので、それをご紹介して、今回の連載の締めとさせて頂きます。


 私は、真っ暗闇の中ひとりでいました。
 ほのかな明るさだけを頼りに歩くのが精一杯で、周りに障害物があるのか、何があるのかまったくわかりません。
 その明るさの中で、私は「誰か、人とぶつかった」のに気付きました。
 すると、その人がいきなり私に「襲いかかってきた」のです。

 私は恐ろしくて、無我夢中で抵抗しました。
 そして気がつくと、抵抗しているうちに相手のことを殺してしまったようなのです。
 ほのかな明るさの中で、足下に倒れる男性の遺体をみた瞬間、私の中で「なんてことをしてしまったのだろう!」そんな痛烈な叫びが飛び出しました。

 次の瞬間。
 場面は変わっていました。
 今度は、砂漠のようなところです。
 そこに、大勢の人達がひれ伏して、何かをしているのが見えました。
 その行為が何か、私には意味がさっぱり分かりませんでした。

 また場面が変わりました。
 今度は、人通りの多い街中です。頭の上から衣装を被った人達(現実には見たことがないので、表現のしようがないのですが)が大勢行き交う中で、大きな建物を前に豪勢な衣装を身に纏った人達と、商人らしき人達が何か話をしているのが見えました。
 その建物の中は、どうやら聖堂のようでした。
 宗派は──まったくわかりません。
 いずれにせよ、人々の祈る姿が見えたのです。

 次々と、場面が変わっていきます。
 しかし、そのどの場面も、すべて「祈り」が出てきました。
 彼らは、何に向かって祈っているのだろう──。
 そう考えている間に、ふと私の意識の中で、

「神は、どこにいるのだろう」
 ──そういう問いかけに変わりました。

 やがて私は、ただ移動していただけの状態ではなく「神は、どこにいるのか」という問いかけだけで動き始めました。
 そうしてまた、沢山の場面を移動した──その後。

 突然、今までとはまったく違う──はっきりと明るい空間に辿り着きました。
 そこには、大きな聖堂が建っていました。
 聖堂──というよりも、「門(ゲート)」と言った方が近いでしょう。

 そこの前には大勢の人がいて、門の中に入りたがっています。
 しかし、門の前には門番らしき衛兵が二人立っていて、中には入れてもらえそうにありません。
 私は、「神は、どこにいるのか」という問いだけを胸に、その門番の前に近づいた──その時。

「お前は入って良い」

 そう言われ、門の中に通されました。
 中は、ガランとした広間でした。紺碧に象徴された空間だったような気がします。
 そこには、私の前にも中に入れてもらったと思しき、四名ほどの人が立っていました。その人達の前にはさらに大きな門があって、どうやら、その向こう側に「何かがある」らしいのです。

 私は一番最後に入ったので、一番手前側に立ちました。
 すると、どこからともなく声がして──ひとり、またひとり、ゲートの向こうへと呼ばれていきます。

 私は少しずつ、恐怖を感じ始めました。
 いえ……。今にして思えば、畏怖に近かったのかもしれませんが。
 「ここは、まだ私に早すぎるのではないか」──そんな気がしたのかもしれません。
 また、同時に疑念も湧きました。

 神は、そんな容易く会える存在なのか?
 このゲートの先に神がいるということは、安易な人格神とでも言うのだろうか?
 いや、そんなことはないんじゃないか。
 私は、騙されているのではないだろうか。
 このゲートの向こうに、私が求める神など、いないのではないだろうか。

 そんなふうに思った──その時。

「今、お前のその問いに、答えることは出来ぬ!」

 背後から、力強い声がしました。
 白装束に身を纏った、力強い女性(女性でしたが──本当に男性的な威厳を感じさせました)がその場に立っていました。
 その女性は私の目を見つめ、少しだけ表情を和らげると、こう告げたのです。

「お前が『二回目』にここに来れた時、その答えは明かとなるだろう──」 

 その直後、目が覚めたのでした──。



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【体内離脱プロセス・2】二元性の限界

 私はよく、何故、この次元は二元性で成り立っているのかについて思案することがあります。
 私個人としては、その理由が「この次元が電気的宇宙であり、プラス・マイナスという分離した因子から派生しているからではないか」と推測していますが(詳しくは、自著「アセンション真実への完全ガイド (5次元文庫)」電気的宇宙論の章をご参照ください)、だったら何故、この次元を「電気的」にする必要があったのか──そこがどうにも腑に落ちないのです。

 高次元は「一元性である」ということを先日書きましたが、最初からそういう次元の構成が出来るのだとしたら、何故、わざわざ争いや抗争、分離の絶えない二元的な次元を創る必要があったのか──もし「神」と呼ぶべき存在が私たちのこの次元を創ったのであれば、その意図は何なのか──私は常に、そこが引っ掛かっていました。

 そうした中で、この「体外離脱」「体内離脱」という両者の違いも、ひとつのヒントとして、大きく関わってきました。。
 この二つは決して違うものではなく、左回りで行くか、右回りで行くかの差でしかない──とどのつまり、すべてはコインのように「裏と表で構成されているに過ぎないもの」を二元性として仮定しているだけに過ぎないのでしょう。

 もしかしたら──対立・抗争などを元にした二元性で構成されたかの理由そのものが、どんなに分離されているように見えても、もとは「ひとつ」なのだということに、自ら気づかせる為の舞台設定に過ぎなかったのかもしれません。
 最近はよく「ワンネス」という言葉が使われますが、それは、本当の意味での対立・抗争・矛盾、あらゆる対局した二元性の極地を味わって「初めて」、重みのある言葉になるような気がします。
 本来のワンネスという意味はあらゆる個体差、あらゆる相違、あらゆる価値観の差、すべてを含めて『それでもひとつ』だということを指し示しています。
 それを理解出来なければ──ワンネスという言葉は、恐ろしい殺戮の暗号になりかねない危険を含んでいます……。

 誰もが同じ思想でなければならない、
 誰もが同じ神を信仰しなければならない、
 誰もが同じ価値観でなければならない、
 誰もが同じことをしてなければならない──
 それは、ワンネスではなく「独裁でしかない」ことは、言うまでもありません。


 数年前のことですが、あるスピリチュアリストの人に「ワンネスの本当の意味」として上記のような説明をしたところ、彼女は憤慨して叫びました。
「当たり前よ! ワンネスはそういう意味じゃないわよ! みんながひとつ、みんなが平和になれるのがワンネスなのよ!と。
 そして、そう言って数分も経たないうちに──こうも言ったのです。
「イスラム教の人達の魂って、みんな地獄に墜ちるんだってね。だから、いつも紛争が絶えないんだって!」

 ──こんな酷い偏見のどこが、ワンネス思想なのでしょう?

 哀しいかな、この女性は自分の言った言葉の矛盾に、まったく気がついていませんでした。
 私ももう、あえて指摘はしませんでしたが。(私の場合、「言っても無駄だ」と分かった場合、同意も反意も示さず、ただ無言になるクセがあります。)

 ※余談※イスラム教の人達がどれほど敬虔で友好的な人達であるかは、私がこのブログで何度も書いたとおりです。
 私は無宗教ですが、彼らの土地、彼らの領地に入れば、イスラム教の教えの通りに行動し、彼らが尊重するコーランを同じように尊重します。それはイスラム教を信じる方々への礼儀であり、人間としての最低限のマナーだと思うからです。
 そして、彼らも決して私たちを無宗教だからといってバカにしたり、勧誘しようとはしません。「イスラム教の素晴らしさ」を語ってはくれても、無理強いはしないのです。その点、日本の新興宗教は遙かに学ぶべき点がたくさんあると思いますね。
 日本や欧米でイスラム教を批判する人は結構いますが、もっと深く彼らの教義や価値観を知ってから言うべきだと思います。


 本来は、誰もが──どんな思想を持っていようが、価値観を持っていようが、個人の幸福と、身近な愛する者との関係性と、そして全体調和の為に一体となるのが「ワンネス」という意味だと、私自身は思っています。
 その意味を「まったく知らない状態に生まれ、まったく異なる環境の中で学んでいき、最終的に『最初から知っている高次元の存在達』と同じレベルに達することが出来た」としたら──それはものすごく大きな学びになりますよね。
 その「学び」の為に、抗争・対立を含む二元性のこの次元が誕生したのだとしたら──全力を尽くして人類自ら、創造主が提示した「二元性」の課題を乗り越えるべく、立ち上がる必要があるのでしょう。

 少し前置きが長くなりましたが、体内離脱の実例を挙げる為にはまず「二元性」という問題と対峙しなければならなかったので、そこを先に説明しました。
 体内離脱をしていくに際してまず障壁となるのが多元化した想念──いわゆる「雑念」だからです。

 雑念が生まれる理由は、この次元が二元性だからに他ならないだろう──私はそう思います。
 このあたり、もっと私も突き詰めて調べたいと思っているのですが一元性から誕生した存在には、そこから分離する思考がないのではないかと、私はそう仮定しているのです。
 「1」は、果てしなく「1」のまま。
 でも「2」は、そこにすでに「1」の要素を二つ含んでしまっている為、分離も融合も出来るが故に、増殖も可能になっていきます。
 私たちはそうした二元性の世界に誕生しているが故に、私たちの想念(思考)は多種多様の色、形、方向性に散っていってしまいます。

 私が教わった禅は臨済宗ですが、臨済禅ではとくに「問答」を中心に行います。(※これ、道元禅とはまったく種が異なりますのでご注意ください。道元禅の方は「ただ坐る」それだけです。)
 どんな立派な僧侶でも、最初はみんな「見習い」です。だから、当然雑念は「浮かびまくり」です。
 そうした場合、徹底して以下の言葉を脳裏で繰り返すそうです。

 「わたしはたれ(誰)ぞ・わたしはたれぞ・わたしはたれぞ……」

 そうすると、色々な思念がさらに浮かびます。中には子供時代の想い出や、すっかり忘れていた遠い過去のことなどが蘇るかもしれません。
 次の段階で、こう唱えるそうです。

 「これをみている(考えている)のはたれぞ・これをみているのはたれぞ……」

 今挙げたのは本当に「入門の入門編」あたりのほんの入り口なので、本来はもっと深いのですが──こうした徹底した問いかけが、臨済禅では繰り返されていきます。
 私も、これは実際にやりました。
 勿論、何十年もその道一本でやってきた和尚に比べたら爪の垢にも満たない程度でしかありませんが──その際に、「自分」というのがただの認識に過ぎず「存在だけ」になった──ということを体験しました(これが、例の「再生しよう」として徹底して自分の欠点を書き出した際に体験した坐禅です:参照「復活。そして新たな目覚め」)

 これらは、通常の仏教の禅に関する本や瞑想に関する本に書かれていることなので、多くの方も目にした記憶があると思われます。
 なのですが──私が体感した体内離脱は、それとそっくりではあるものの、形(表現の仕方)が違うという印象を受けました。

 まず、雑念の仕組みが、実はいくつもの階層に分れており、どのポイントにアクセスするかによって異なるのではないか──ということが感じられたのです。
 例えば、誰もがみんな色々な体験、思い出、辛いこと、トラウマ、たくさん抱えていることと思います。
 それらは「同じアストラル層にインプットされるのではなく、その出来事の振動数(周波数)に応じた階層にインプットされるのではないか」ということに気付いたのです。(記憶というのは脳ですべて賄うものではない、ということは昨日の記事でご説明したとおりです。)
 そして、そうした階層の一部一部が見せるものは本当に「カオス」としか言いようがないムチャクチャさで(笑。←詳しくは明日書きます。私が見た夢のあまりのバカっぷりに、みなさんも笑われると思います)、辻褄あわないどころか「意味わからん!」ことだらけです。

 これは、私という「個体の思念」だけでは絶対に説明出来ない現象だと、私自身は考えています。
 つまり、夢の中で集合無意識下にアクセスすることにより、自分では想定出来ないまったく不可思議な夢を見たりすることが起こり得るのだろうと思うのです。
 ですが、その集合無意識も、まだ「三次元の枠」の中にあります。逆に言えば、「三次元」という水槽の中に満杯に入った水が「集合無意識」と言えるのかもしれません。

 私はそれらをいくつか垣間見た後(二日に渡って見させられました。一日目はそれこそ数えたら50はいくだろうというぐらい多数の夢を見させられ、ほとんど眠れなかった程です……)、最終的に「体外離脱で行った場所と、同じ世界」に行きました。
 この続きについては、明日ご説明致します。


【お知らせ】
先日お知らせしたコミュニティですが、9月1日頃公開予定です。楽しみにお待ちください。
尚、またもやお返事が滞っております; どうか気長にお待ちくださいませ……。


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【体内離脱プロセス・1】「想念は脳の電気信号だ」と信じている人達へ

 今回記事にする内容は、昨日軽く触れました「体内離脱」についてなのですが、多少特殊──というか、様々な前提、喩え話をおきながら説明する必要があると判断した為、今回も数回にわたって連載しながらお話します。(一番最後に、私が離脱先に至った経緯とその先で見た世界、言われた言葉などをご紹介します。)

 世の中には人間の想念も思考も、すべては脳の電気信号に寄るものだと叫んでいる学者さんもいらっしゃいますが──それはとても古い考え方だと思います。
 今、海外の学者達はそういった旧世代の考え方を改め、もしかしたら、最初に何かしらの意識体があって、それが脳神経を通じて三次元的に具現化されているだけなのではないだろうかという考え方が主流になりつつあるようです。

 以前このブログでもご紹介しましたが、面白い実例なので、もう一度ご紹介します。
 前の職場の同僚が、有名インテリアデザイナーの友人からこんな話を聞いたそうです。
 彼は世界的に有名なデザイナーだったので、招かれる招待客もみな「一流レベル」の人達です。そこに、かつてのソ連で「宇宙飛行士をしながら、宇宙物理学を研究している」という人に会ったそうです。
 彼は、そのデザイナーさんに「君は、ダライ・ラマを知らないか?」と、そう聞いたそうです。
 唐突な質問で驚いた上に、勿論知り合いではないので、彼は「知らない」と正直に答えました。
 すると、その飛行士兼宇宙物理学者は、こう言ったそうです。

「もう、我々の宇宙物理学では『どうやって宇宙が誕生したのか』まで分かってきている。でも、問題は誰が、その宇宙を創ったのかということだ。ダライ・ラマなら、その答えを知っているかもしれない──と思ったのだが……」と。

 某番組で頭っごなしに否定しているO教授が聞いたら、何て答えるのでしょうね(笑)。
※余談※某教授も実際は国際科学研究に関するディスカッションやパーティに参加されているはずだから、色々な方をご存知のはずでしょうに──それでも、彼のあの頑なな「否定派」の姿勢は、彼のポリシーなのか、或いは、「ただのパフォーマンス」なのか。一体、どちらでしょうね。
 前者であれば、私は納得します。それはO教授の価値観なので、それを貫こうとする信念はどんなに方向性が違えど、その信念は敬服に値するからです
 しかし、ただのパフォーマンスやお金稼ぎの為に「人々の真理探究に対する情熱を削いでいる」のだとしたら、これは許さざるべき行為ですね。


 このように、日本ではまだまだそうした研究を真剣にしている方が少数──もしかしたら「皆無」かもしれませんが、世界のあちこちには、アカデミックな視点で「研究をしよう」としている人達も大勢います。
 そうした人達にとって、もはや「想念は脳の電気信号だ」なんて考え方自体が旧世代すぎて、ナンセンスになりつつあります。

 例えば──皆さんに、ひとつ質問をさせて頂きます。

 目の前に、リンゴを想像してください。

 さて、浮かびましたでしょうか?
 目の前に「想像してください」となった時、概ね人はヴィジョンが「まるでスクリーンに映る映像」のように見えて、目の前がおろそかになることが多々あると思います。
 目の前にはPCや、エディターファイルが開かれているのに、それはあたかも「目に入っていない」かのように見えて、「想像物」に意識を集中させているはずです。

 想念が脳の電気信号であるとするならば、何故、そこまで明確に「人の視界」までをも左右する程の力があると言うのでしょうか?
 私はむしろ、「想念はもっとべつのものから派生している為、あたかもそれが三次元に具現化しているように見えてしまう」ということの方が答えとしてしっくり来る──そう思えるのです。

 では、次にもうひとつ質問です。

 先程あげたリンゴの色は、何色でしたか?

 中には「みどり」と答える人もいるかもしれませんね。
 真っ赤──とか、津軽リンゴ、とまで答えてくれる方がいるかもしれません(笑)。
 でも、もしこれが「脳の電気信号に過ぎない」とすれば、こんなに多種多様の答えが、果たして出てくるでしょうか?
 また逆に、常に「リンゴはスーパーの安売りのしか買ったことがない」という方がいたとして、その方が生まれて初めて「信じられないぐらい美味しいリンゴ」を食べたとしましょう。

「なんてことだ! リンゴって、こんなに甘かったのか!」

 そう感じたとき、電気信号でしかない場合はそこで「どのようなシナプスの変化が起こる」というのでしょう?
 また逆に、その人は「すごく甘いリンゴ」を食べたのがその時1回限りで、あとはずっと「いつものスーパーのリンゴ」に戻ってしまったとしましょう。
 その時また、シナプスは何らかの動きをするのでしょうか?

 そうやって理詰めで行けば行くほど、「想念は電気信号だ」という考え方には大きな矛盾が生じるのです。

 これらを矛盾なく、分かりやすく説明しているのが、ルドルフ・シュタイナーです。
 以前、軽く紹介しましたが、彼は「肉体・エーテル体・アストラル体・自我(と日本訳は書かれていますが、本来は霊的個性と言うべきかもしれません)」の四種に分れており、その中でもアストラル体は、「悟性魂・感覚魂・意識魂」の三種に分れる──と説明しています。

 まず、「リンゴ」を認識するのは「悟性魂」です。
 その後に、それを食べて「美味しい!」「すっぱい!」「かたい!」色々な感情を生み出すのが「感覚魂」です。
 そして、「あの美味しいリンゴを、また食べたい」とか、或いは「私ひとりじゃ勿体ない。みんなにも食べさせたい」そのように、「ひとつの行動に対して、どのような反応を示すか」が「意識魂」の働きです。

 こういう流れで行けば、「違うリンゴを食べるたびに、シナプスの動きに変化が生じて云々」という矛盾は解決します。
 むしろ、シュタイナーの言う「アストラル体」を視野に入れれば、無限大に記憶が広がると言っても過言ではありません。
 よく、年をとると「物覚えが悪くなる」「記憶力が悪くなる」と言いますが、実際にそれは「脳は電気信号だから、許容範囲を超えると入らなくなってくる」と勘違いしている科学者の言動に惑わされているに過ぎない──そう思います。

 脳細胞の成長は25歳までで、そこから先は「下降する」という──あれも違うと、私は思います。
 何故なら、私の記憶力や速読力、習得率は、25歳を超えてからの方が、より大きく成長したからです。
 霊の成長は肉体の衰弱と必ずしも比例しません。私たちが記憶したり、何かを体験した場合それを心の中で掴んでいるのは明らかに脳ではなく、アストラル体(霊体)なのです。
 脳は、喩えて言えば端末でしかなく、メインコンピューターではありません。メインコンピューターはむしろ「霊的個性(シュタイナー日本語訳で言うところの自我)」なのだと思います。
 勿論、端末を大切にしておかないと、どんなに高度な電算処理をしたくても出来ないので、脳の健康を保つのはまず第一条件ですが……。←自分自身への戒めの言葉:

「想念は脳の電気信号だ! 夢も、電気信号でしかない!」
「死んだらすぐに人は無になる。死後の世界なんて存在しない。死んだら終わりだ!」


 そういう考え方が、今、まさに「時代のどん詰まりを生んでいるのだ」ということを、そう叫んでいる方々は自覚がないのかもしれませんね。
 でも、実際は意識というものにも階層(振動数・或いは周波数)があって、それはある一定の三次元枠にはまっていたとしても、仕組みとしては霊界やその上の次元と大差ないということを、私は自分の体感で実感してきました。
 明日はそのあたりのことも、詳しくご説明したいと思っています。


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人はいつでも進化するし、成長している。

 昨日、色々な方からメール、メッセージを頂きました。
 誠にありがとうございます! 
 早急にお返事したいのですが、なかなかその時間が取れず──本当に申し訳ないです(涙)。

 ひとつだけ、興味深い内容があったので、ここでご紹介します。
 これは「水曜日」に頂いたメールですので……25日に頂いたかと思いますが(こういう記憶力が悪くて、ホントにごめんなさい; 友人・知人・仕事関係含めると本当に膨大な数のメールが来てしまっていますので……)その中で

「不思議研究所の森田健さんが、仙人修行で体内離脱(自分の中へとどんどん入り込んでいく)をしてたどり着いた先が、体外離脱外で外へ外へと行き到達した世界と繋がっていたのと似ているのではないか」

 という一文があったのですが──これは、私自身が実際に体感したことなので、深く同感しました。(Iさん、お断りなく紹介してしまってごめんなさい; この場にて謝罪致します。)
 それどころか、体外離脱先と体内離脱先というのは、私的には「まったく同じだった」そのように感じています。

 しかし、私の場合はそれを修行として行っていたわけではなく「夢」を通じてしていた為、自我を持っていくことが出来ず(夢の中で自我を持っている場合も中にはあるのですが、それほどまでのコントロールは出来ていないので)無数にある無意識下の集団意識を通り越した「向こう側」にあった世界は──体外離脱していたところとほとんど同じなぐらい、明瞭で明るい世界だったのです。
(参照:意識の階層化と夢の関連性
 ※この体験の詳細については、明日詳しく記事にします。

 これはある意味、「大きな発見だったな」と、自分で思いましたね。
 体外離脱も、体内離脱も──結果的に「同じことなのだ」ということが、分かったわけですから。
 逆に言えば、誰にでも三次元の階層を抜けた向こう側を体感できることが可能であるということの証拠とも思えたからです。
 私は昨日の記事で「あまり独自の瞑想法をお薦めしません」という話をしましたが、それは、自分自身が「この世に有象無象いる色々な人の想念が、どのように入り込んでくるか」を体感してきたからです。(詳しくは体験談1~9に書いたとおりです。)
 かといって、私は別段「ンじゃ、アマゾンの奥地にでもいってシャーマンの弟子になるか」と思っているわけでもありません(笑)。

 私はこの俗世にいながら、俗世の体験を踏まえ、その中でどこまで精神の高見を望めるか──そのことを目指しているからなのかもしれません。
 人の痛み、弱み、辛さ、そこから目をそらすことなく(それこそが、私にとっての小指の「黒いハートマーク※自分の欠点を自覚するということ」です)、その痛みを他者の痛みとしてではなく、自分のこととして受け止めていきたい──そう思っています。

 ただ、これはその日の記事にも書きましたように、「万民にお薦め出来る方法ではありません」。
 場合によっては、鬱病の方などの場合「鬱病を悪化させてしまう危険があるから」です。
 かといって、同時に「ポジティブ推奨が、万民にお勧め出来る方法でもない」のも事実です。
 両者、どちらにも一長一短がありますし、また、「その人にあった方法・その状況にあった方法」があるからです。

 逆に言えば、個々人にあった方法を、個々別々に探していくことそのものが、もっとも大切な課程なのだと、私はそのように思っています。

 この世における個性は千差万別ですので、「この方法だけが正しい!」っていうことはまずありません。
 どんなにいい方法と思えても、その人には効果が見られない──或いは「今回のケースでは、その効果が見られない」こともあると思われます。
 そうした時に、「いや、今までこの方法で通用していたから──」でそのまま貫き通すのではなく、一歩引いて、「以前の自分と、もしかしたら何かが変わったのかもしれない。だったら、他の新しい方法を探ることも必要なのではないか」そういう視点も大切だと、私は思えるのです。

 そして、面白いことに──。
 そういう時は「必ずや」ヒントが突如、訪れるものなんですよね(笑)。
 「あ! これだ。これが、私の方法にぴったりだ」というヒントが。

 人は、いつでも「進化」し、そして「変化」しています。
 だからこそ、いつでも同じ方法──いつでも同じやり方が「必ずしも正しい」というわけではないと、私はそう思っています。
 とくに、この世界は二元性です。
 一元的な高次元と違って、内面世界を他者と共有出来ないという致命的な欠陥がある以上、自分にあった方法を、自分で探していく必要性があるのかもしれないそんなふうに、私は感じている次第です。

 私が書いた「欠点を見つめる」という方法は、あくまでも「こういう方法もあるんだよ」というひとつの示唆に過ぎず、一番いいのは「自分あったやり方を探す」──これに尽きるのでしょう。


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2010-08-27 | 真理 | トラックバック(0) |

コミュニティ「地球の未来を創造しよう」発足のお知らせ・第一弾

    top_convert_20100826122657.jpg

 現在、教育部門サイトの立ち上げや新企画の準備に追われている関係で疲労が重なったせいか、体調を崩してしまい、ちょいとボロボロな篠崎です(苦笑)。
 本当はもっとしっかりした募集記事が出来てからお知らせする予定だったのですが、まずコミュニティ「地球の未来を創造しよう」発足のお知らせ・第一弾としてお知らせします。

 アセンションコミュを閉鎖してから半年ほど経ちますが、最近、参加ご希望のお問い合わせが複数件寄せられるようになりました。
 皆さんから頂くメールの内容を拝見していると、ほとんどの方のご意見がこれからの地球の未来の為に、何か自分に出来ることがあれば、協力したいというものでした。
 私はそういう意見を、本当に嬉しく──ありがたく、思います。

 私は決して「どっぷりスピリチュアル派」ではないので、「思念や想念だけでは、簡単に地球の環境を良くできない」という視点の立場にいます。
 何故なら、人の想念や思念はすぐに雑念が入りやすく、また同時に穢れやすいものでもあるからです。
 本人にその自覚がなくても、自分で気付かないうちに「エゴの混ざった波動」を送ってしまっている危険は多々ある──そう思えるのです。


※余談※
 だから私は、あまりこのブログで瞑想をお薦めはしていません。
 シュタイナーやスウェーデンボルグも言っていますが、瞑想は危険な行為でもあるので、本来は何十年と修行した人にしばらく弟子入りした方が良いのです。
 まぁ、最近はインドの修行僧も「エセ」が多いと聞きますので、一番手っ取り早い(?)のはマヤのシャーマンに弟子入りすることかもしれませんが──決して容易いことではないので、おそらく根をあげる方も多いのではないかと思います。
 本来、そこまで瞑想という行為は難儀なものなのでしょう。※これは、実際に臨済禅の和尚について禅の指導をしてもらったからこそ、実感してそう言えます。
 最近はそういうところで専門的に修行をされている方も多いので、まずは日本にいるそういう方達から教わる方が良いように思う次第です(でも、ぼったくりはニセ者も多いので、お気をつけください。本当に智慧を伝授したいと願う方は、とても安価で教えてくれます。私が教わった禅僧さんも、1時間1000円でしたので。)



 勿論、そういう「祈りの行為」を私は素晴らしいと思うし、まず最初に行う「大切な行為である」とは思っています。
 それに、本当に純粋な精神性をもった方が起こす波動の力は、きっと大変大きなものなのでしょうから。
 でも、私は祈りの後には、具体的な行動や提案が必要だという立場にいます。

 波動をあげる為の祈り・瞑想、率先してそういう行為をされる方もOKですし、大歓迎です。
 でも、また別視点で、もっとより具体的に、リアルに、地球の未来を思案する人達の存在も必要だと、私はそう考えているのです。

 例えば、それは先日書いた「フリーエネルギーの開発」などもそうです。
 都会からアスファルトをなくす為に、「四輪自動車以外の開発」などもそうでしょう。
 海・河川を汚す化学繊維の入った洗剤ではない「自然と共存できる洗剤の開発」などもそうかもしれません。
 教育部門で言えば、子供達に受験や無理矢理「知りたくもないこと」を押しつけるのではなく、「その子の個性にあった教育の仕方」を探すことも必要かもしれません。
 お金という、不平等を生み出すものを撤廃して、「みんな、平等に幸福を共有しあう」そのことが可能になる方法を模索する必要だってあるでしょう。

 私が望んでいるのは、そうした「新たなシステム」です。
 祈りも大切ですが、同時にそうした未来を、具体的に構築したりアイディアを出せる人達の存在が必要なのではないかそう思っています。

 とはいえ。
 最初はみなさん──「いやぁ; 科学的なことは、まったく素人で──」そう思って当然だと思います。
 私だって、同じですもの(笑)。
 「道なきところに道を造る」という行為は、本当に大変です。
 でも、今まで「多くの偉人達」が、そうした道を築いてきました。
 例えば──ライト兄弟。
 彼らは、生まれついての「飛行士」ではありませんでした。
 彼らは何の特許もなければ確信もない──ただ、空を飛びたいんだ!その強い情熱だけで、それを実現させました。

 だったら、私たちだってただ、地球を恒常的な平和の理想郷にしたいんだ!その情熱だけで、それを実現出来る可能性は十分にある、私はそう信じています。

 このコミュニティは「ID登録式掲示板」ですので、書き込み、コメントは「IDを登録された方」しか出来ません。(IDは自動登録ではなく、篠崎が手動で行う登録です。その為、スパムや意図が異なる方の登録は最初から削除します。)
 しかし、掲示板に書かれたことはみなさんどなたでも読むことが出来ます。
 ですので、最初は参加を躊躇していても、その掲示板を読んでいく中で「やっぱり参加したい」そう思えば、いつでもご参加可能です。

 本当は今週末ぐらいに設置予定でしたが──思いの外「ドドン!」と体調が崩れてしまいましたので(^^;)、今月末の公開──ということで、延期させて頂きます;
 コミュニティのお問い合わせ、および活動協力のお問い合わせをして下さった方には、設置次第直接、篠崎の方からお声をかけさせて頂きます。


 地球の未来は「みなさんの未来」です。
 是非、ご自由にご参加くださいね。



※そんなこんな(多忙&体調崩しにより)で、またもやお返事が遅れております……。
 毎度のことで恐縮ですが、ご容赦くださいませ。(今日と明日は、出来るだけ静養している予定です──)


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「自分の欠点を自覚する」ということ

 昨今、スピリチュアリストの中で長所だけを見なさいとかポジティブに考えましょうとか、或いは「ありのままでいいのよ~」とか、そういう言葉をよく耳にします。
 それそのものを、私は「悪い」とは言いません。
 でも、場合によってはそれが甘やかしになってしまう場合も、あるのではないかそう感じることも多々あります。

 私が離婚直後、本当にあれこれ苦悩したのはすでに記事に書きましたが(【体験談9】復活。そして、新たな目覚め)、その時、あるセラピストの方に「私は自分を変える為に、自分の『欠点を知りたい』んです」と言ったことがありました。
 返ってきた言葉は、「あなたは充分素晴らしいので、そのままでいいですよ」──という曖昧な答え……。
 ……まぁ、セラピストと言うのは「癒すのが仕事」なので、その方にしてみれば本当に親身になってくれた言葉だったのだろうと、そう思います。
 でも、それは当時の私には、物足りない言葉でした。
 その方は親切心だったのでしょうが──かえって「その場しのぎで誤魔化された」かのように感じてしまった点も否めません。
 だって、「何が素晴らしいのか」「何がいいのか」具体的に提示しているわけではありませんからね。
 それじゃ、納得出来ない人も多いような気がします。

 結局三年後──私は半年間にわたって、欠点を書き出すという行為を繰り返したおかげで、そこから立ち直ることが出来ました。
 結果的にそれは自力でやったことであり、「その試行錯誤が功を奏した」そうも思っています。
 「欠点を真正面から見つめる」、これが、私にとっての必要な行為だったのでしょう。
 でも、実はこれ──この時が、初めてではないのです。


 それは、私が中学三年生の時のことでした。
 卒業式に、在校生に向かって「詩の朗読」をする人達を数名募集する──という企画があったのです。
 私はもともと「目立つのが大嫌い!」(マジです)なので、勿論ハナっから興味ありませんでした。


 ※余談※実は中学時代、学年主任からしつこいほど「生徒会長に立候補しろ!」と突かれたこともありました。
 「2000人からなるマンモス校、しかも大正時代から続くこの中学校において、歴代初の女生徒会長になれるんだぞ! お前には、それほどの器がある!」と、毎日放課後に足繁く通っては口説かれたのですが──最後まで「私は目立ちたくないので、嫌だ!」と言い張りました。そのぐらい、人前に立つのが嫌いな人間なのです。←そんな私が「11月3日に講演会」なんて、ホントに鼻で笑っちゃいます。勿論、やるからには精一杯、ありったけの情報と知識を伝授しますが、こういう形のイベントは今回で最後にするつもりです。



 ところが、友人のAちゃんは中学入学時からその「卒業式で朗読をする」のに憧れていて、「絶対に立候補したい!」というのです。
 しかも、「ひとりで応募するのは怖いから、由羅ちゃん、つきあってくれない?」というのです。

 自分が行くのは嫌でしたが──友人から頼まれたら、さすがに「嫌」とは言えません。
 それに、「絶対、自分は選ばれないだろう」とも思っていたし(練習だっていっさいしてなかった程だから;)、軽い気持ちで参加しました。

 すると──あろうことか私が朗読者に選抜され……
 皮肉なことに、三年間もその夢を追ってきたAちゃんは、落選してしまったのです……。

 朗読者の発表があった後、私はクラスに戻りました。
 別段自分が受かったことについて何も感じていなかった為、普通に友人と談笑していたのです。
 しかし、いつまでたってもAちゃんが戻ってきません。

「Aちゃん、遅いね。どこ行ったのかな」
 そんなふうに言いながら、私は他の友人と待っていたところ──やがて、Aちゃんが戻ってきました。
 その姿を見て──私は「ハッ」と息を呑みました。

 おそらく、その時のAちゃんの様子に気付いたのは、その場にいた「私だけ」だったと思います。
 Aちゃん自身、ひたすらそれを隠し通そうとしていたでしょうから。

 Aちゃんは、泣いていたのです……。

 おそらく、トイレに籠もって、涙がひとしきり流れるまで待って、平常心が保てるようになるまでひとりでいたのでしょう。でも、何度もこすった目が赤くなっていたので──私はすぐに、Aちゃんが「泣いていた」ことに気付いたのです。
 そこまでAちゃんは、その役に立ちたかったのでしょう。
 その為、私は即座にこう言いました。

「あのさぁ──私、ホントに目立つの苦手でさぁ……。もし良かったら、Aちゃん、代わりに卒業式の朗読してくんないかな」

 それは、当たり前のことですよね。だって、最初から私は「つきあい」での参加でしかなかったし、練習もいっさいしていなかった。何日も練習をかけたAちゃんに対して、これでは申し訳が立ちません。
 しかし、プライドの高いAちゃんは──黙って首を振りました。

「選ばれたのは『由羅ちゃん』なんだよ。でも、私は落選したの。どんなに由羅ちゃんが目立つの嫌いでも、受かった以上は、その役目を全うしてちょうだい」と。

 私も──思わず、泣きそうになりました。
 そのまま、力強くAちゃんをハグしたかったぐらいです。 

 私はその日以来「自分が本当にやりたいわけではないことを、軽々しく請け負う自分」に、ホントに嫌気が差しました。
 自分を責めて、責めて──そして、「こんなふうに、軽はずみな行動をする前に、必ず冷静になれるよう、左手の小指に黒いハートマークを書こう!」そう決めたのです。

 子供の思いつきでしたので、続いたのは数ヶ月でしょうか(苦笑)。
 でも──先日、私はとあることで自分を責め苛んだ時、そのことを「思い出した」のです。

「そうだ! あの時みたいに、自分の欠点が出そうになったら、必ず左手の小指を見よう」と。
  
  201008242036000_convert_20100824213304.jpg
   ※私は携帯で写真を撮るのが下手なのでブレてしまった為、小さな画像でお送りします;

 ちなみに、この黒いハートは「油性ペン」で書かれています。
 水性だと、アイスコーヒーのコップなどを持っただけで、すぐ落ちてしまうからです。
 ホントは「タトゥー」にしようかなと思ったのですが、タトゥーとして半永久にするよりも、消えかかったら、毎日書き込む行為の方に意味があるような気がしたので、タトゥーにするのはやめました。

 35歳の半年間、欠点を書き連ねた私ですが、人間である以上はなかなか欠点など消えません。
 私はどうしても、「一歩引いて、冷静に考える」という視点に欠けているきらいがあるのです。
 だから、何か憤りなりを感じたら──まずは一歩引いて冷静に考える為、「左手の小指に書いた黒いハート」を見よう、そう思っています。

 私は「地球の恒常的平和」を求めていますが、それは、結果的に「自分自身の恒常的平和」とイコールなのだと、そう思えるのです。
 地球が恒常的平和になったのに、個々人が「不穏」だなんて──そんな矛盾はあり得ませんよね(笑)。
 だから、逆に言えば「個々人の恒常的平和があってこその、地球の恒常的平和なのだ」と、私はそう思うのです。

 でも、その為には「自分のことを、甘やかしてばかりいてはいけない」──そう思います。
 最近の若い人達の中には、会社の面接などで「長所を書いてください」と言われても「欠点しか浮かばない」という人が多いそうです。
 ──が、厳しいことを言うようですが、それは、本当の意味で欠点と向き合ったことがないから、欠点しか浮かばないのだと、私は思えるのです。
 一度、徹底的に欠点と向き合えば、それが実は「長所の裏返しだった」ということに気付かされることも多々あります。
 架空の理想像でしかない自分を追い求め、等身大の自分を見つめてないからこそ、「自分には欠点しかない」──そう思ってしまうのだろうと、私には感じるのです。

 自分の欠点を自覚するということは、同時に「自分の個性を見つけること」でもあり、「自分の長所を改めて発見できること」でもあるのです。
 昨今は何でも「ポジティブに」と言いますが、三次元に「光と闇」が存在する以上、「闇がどういうものなのか」を知ってこそ、初めて「光の本当のありがたさ」や「意味」が分かるはずなのです。

 もし、「自分の中にある光と闇に向き合いたい」──そう思った方は、是非、「左手の小指に黒いハートマーク(色は何でもいいと思いますが、水性はあまりお薦め出来ません。とくに主婦の方は「水仕事」が多いので。注意※でも、最初のうちは「水性」にしておいて、自分の決意を確認してからの方がいいかもしれません。後悔してからでは遅いので;)」の実践をしてみるといいかもしれません。

 闇の向こうにこそ、光の輝きが見える──世の中、そんなものなのかもしれません。


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2010-08-24 | 雑談 | トラックバック(0) |

「宗教を知らない人」が、安易に宗教を批判することへの異議

 私はどの宗派にも属していない「無宗教」です。
 いえ──むしろ、私自身が接してきた不可視の存在や、宇宙の叡智を心の奥底から信頼しているので、無宗教、というよりも「地球上のどの組織にも属さない、一匹狼」って言った方がいいのかもしれません。

 実際には、私は10歳の頃から「出家願望」を強く持っており、俗世を捨てて精神の高見を目指す──ということを望んでいました。
 その気持ちは34歳頃(まだ能力が完全復活していなかった頃)に再び急激なほど大きくなり、とある自称チャネラー(有料)の人に「自分は出家すべきか、それとも俗世に残るべきか」を相談したことがあった程です。
 その方が、今もネットで活動されているかはわかりませんが──はっきり言ってインチキでした(苦笑)。
 写真を送り、メールでの鑑定だったのですが、私の質問内容とはまったく関係ない返事(明らかにコピペ内容ですね。同文をみんなに送っていると思います)が返ってきて、しかも「あなたは霊障を受けてはいません」とか、まったくトンチンカンな返答だったのです(苦笑)。
 「そんなこと、聞いてないっつーの!」みたいな。
 「ちゃんと文章読め、文章!」とキレたかったです。

 まぁ──インチキと決めつけてしまうのは、申し訳ないかもしれませんね。
 ただ単に、最近流行のスピリチュアルにのって自分も霊感があるんだと勘違いしてしまっただけの人でしかなく、悪い人ではなかったのでしょう。
 とはいえ、鑑定料1万5千円──。痛い勉強でしたね(苦笑)。
 ただ、私だからまだ良かったですが、お子さんとか愛する人を亡くし、本気で藁にもすがる思いの中申し込みされた方がいたとしたら──あのインチキ返答は「気の毒すぎ」です。
 その方に悪気はなかったにせよ「廃業」されていることを、願う次第です。
 傷つく人が増えない為にも、
 そして同時に、「その方自身が、これ以上過ちを犯さない」為にも。

 ※余談※
 みなさん、くれぐれもお気をつけくださいね。未だにこうした「自称チャネラー」は大勢います。
 インターネットの世界は「言ったモン勝ち」な世界なので、大袈裟に自分の能力を誇張し、さも高貴な神、さも高貴な存在が守護霊としてついているなんて言っている方は「要注意」ですよ。
 私は、このブログで体験談をお話しましたが、一度も、私についている「ガイドの話」についてはしていません
 理由は、「する必要がないから」です。
 必要なのは、ガイドがあ~せ~こ~せ~言ったことよりも私自身の「行動でしかありません」。ガイドがどんなに立派なことを言ったところで、自分が何ひとつ行動出来ていなければ、無意味なのです。
 どんなに立派なガイドがついていようが──それが大天使だろうがイエスだろうが、お釈迦様だろうが、そんなこと自体は「どうでもいいこと」で、大切なのは「本人が何を望み、何を考え、何をしようとしているのか」それに尽きます。

 

 私がそれほど出家願望があったのに、何故、出家しなかったのか──理由は簡単。
 「一門に下る」ということに、抵抗があったからです。
 私は、「真理の全貌」がみたい。その為には、ある一部分のみに属して、そこの深みだけを研究しても「決して全貌は見られないだろう」──そう思ったのです。

 人間の肉体で、例えてみましょう。
 キリスト教(プロテスタントもカトリックも、ひとまず一緒に考えたとして)が「内科」、
 仏教の浄土宗が「胃腸科」、
 禅宗(正式には道元禅と臨済禅がありますが)が「整形外科」、
 真言宗が「呼吸器科」、
 イスラム教が「神経外科」だったと、仮にしましょう。(※宗教は実際にはもっといっぱいありますが、長くなるので割愛します。あと、科の例えは思いついたものを順不同に書いただけなので、意味はありません。)

 その中で、私は「禅宗をやりたい!」として出家したとします。
 でも、そこで学べるのは「整形外科」でしかありません。
 勿論、呼吸器科の人や胃腸科の人に比べたら、かなり本格的に「人間の骨格」には知識がつくでしょう。

 でも、それは人間の一部分でしかなく、真理の全貌では「ない」のです。

 それが、私にとっての「迷いの一因」でした。
 私がしたいことは「多角的に見る」ことであって、ひとつのところから──例えて言えば、「井の中の蛙」になって大海を知らないまま、天の深きを知ることが「目的ではない」からです。

 こんな面白い例がありました。
 私が大好きな「デイリーポータルZ」というNiftyのサイトがあるのですが、その中でずいぶん前に「河原で穴を掘ろう」という企画があったのです。
 30を超えた男性二人が、黙々とシャベルで穴を掘っていきます。
 その時に、二人は「あることに気付いた」のです。

 よく「広く浅く」「狭く深く」というが、あれは嘘だ。深く掘る為には、「広く」掘らなければならない──と。

 実際に自分が穴を掘る場面を想像したとしても、確かに、「深い穴」を掘ろうと思えば、絶対に間口を広くさせなければ、深くまで掘れません。
 これはある意味「真理にも、あてはまるのではないだろうか」──そう思いました。
 間口を狭く、狭くしてしまえばするだけ、「真理の深みには、達することが出来ない」。
 だからこそ私は、現在最新物理学に限らず、日本の古代史(主に縄文時代の史実と蝦夷の行き先を調べています。いずれ詳しいことは、このブログでご紹介します)など、あらゆる異なった分野から切り込みを入れています。

 それだけ間口を広げても──辿り着く真理は「たったひとかけら」なのでしょう。
 ひとかけらの真理を探究する為に「100倍の努力」をしたって、私は惜しくない──そう思います。

 そんな理由から、私は「出家する」ということを断念しました。
 それは「私の道ではない」そう思ったからです。
 私はそこまで徹底して考えた挙げ句に「宗教は、自分の道ではない」と決めたのです。
 しかし、最近は「多少の情報を聞きかじった程度で宗教批判をする人」が多い印象を受けます。
 宗教がなんたるかを知らない癖に、無闇に宗教批判をする──これは、一種の排斥や差別に近いです。

 確かに、キリスト教などはローマの国教に取り入れられ、聖書の改ざんがされたあたりから「政治に利用」されるようになりました。
 しかし、それは「宗教」のせいですか?
 そうではなく、「それを悪用しようとした政治家達の悪意」の方が問題なのではないでしょうか?

 ヨーロッパ暗黒時代、ペストや流行病で次々と人が亡くなっていった際、教会は「免罪符」を発行し、そこで多額なお金をとって「これがあれば病気にならない」というようなことを言いました(って、これって、今でもスピリチュアルで普通にされていますよね。「このパワーストーンを持ってると幸運になれる」とか; やってることが大差ない、と思うのは、私だけですか?)
 それをしたのは確かに教会側ではありましたが、宗教の信仰をしている人達「そのもの」に問題があったわけではありません。

 いつの時代だって、そうやって何らかの権威を利用して、人々を支配しようとしてきた人達は少なからずいました。
 しかし、それを十把一絡げで「宗教は悪い!」とする姿勢──それもまた、早計だと思うのです。

 キリスト教信者の中には、到底、私たち一般人では真似出来ないぐらい「立派な行為」をしている人達が大勢います。
 それこそ無名で、亡くなっても日本の新聞記事にさえ掲載されませんが、聖書の研究をしている一部の牧師達は、アフリカにある「エイズ専門患者」だけを看病する教会を立ち上げ、そこで無料奉仕をしていました。
 ところが──何の罪もない彼らは、村人達に「エイズ患者を庇っている」という理由だけで、全員(ボランティアの牧師を含め)焼き討ちにされた──という事件が、今から5年以上前にあったのです。
 私はたまたまコラムで読んで知りましたが、報道はされてないので、多くの方がこの事件を知らないでしょう。

 また、ルワンダ紛争時には、クリストファー神父という方が、国連職員としてルワンダに派遣されていましたが──キャンプに残された2500人以上のツチ族達をおいて国連軍が撤退しようとした時、ただひとり、神父だけがその場に残った、ということもありました
 その心境を、想像できますか?
 キャンプの周囲には、今にも殺害を待ち望む人達が「ピーピー」と笛を吹きながら踊っていて、周囲には、ツチ族の方達の遺体が横たわり、暑い気候の中で死臭が漂う──人々の阿鼻叫喚を前に、神父は「そこに残る」ことを決意したのです。
 それは、ひとえに彼が、心から神を信じていたからでした。
 彼の信仰は、「神はきっと助けてくれる」──そんな甘いものではありません。
 神父は殺されるのを覚悟でその場に残り、ひとりでも多くの子供達を助けようとして──その途中フツ族に見つかってしまい、自分の教え子によって、殺されたのでした……。

 こういう人達は、キリスト教の信者の方に「とても多い」のです。
 イエスの生き方同様に、「自らも、喜んで善行に身を捧げよう」とする人達。
 そういう人達の生き様に敬意を表すこともないまま、昨今のスピリチュアリストは安易に「キリスト教批判をしすぎではないか」そう思うと、憤りを感じることもあります。

 大切なのは、「教義を信じること」ではなく「神(真理、或いは宇宙)を信じて、『如何に自分が行動するか』」だと、私はそう思うのです。

 私は、確かにこれからの時代宗教は、必要なくなってくるだろう──そう思っています。
 一元性に立ち返れば、自ずと「分裂されているものが、融合されていくから」です。
 しかし、「ひとつの文化」としてキリスト教文化なりイスラム教文化が残るのは「あり」なのではないか、そう思います。

 本当にこれからの世の中を良くしていきたいと願うのであれば、確かに、「今まで歴史上の問題点」に着眼するのは必要なことですが──同時に、「よく知らないものを、安易に批判する」という姿勢もとどめるべきだと、私はそんなふうに感じる昨今です。 


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2010-08-23 | 社会 | トラックバック(0) |

もしも、フリーエネルギーが開発されたなら……

 昨今、エネルギーが「有限な資源である」ということから、石油の枯渇が憂慮されています。
 私からすればこの星が生み出してくれたものを使いたい放題使っているのだから、それに対して有限もへったくれもあるものかと、逆に憤りを感じる程ですが──まぁ、この暑い夏の中でエアコンという恩恵を被っていたり、ネットをする為の電力の恩恵を被っている以上は、あまりエラそうなことを言える立場ではありませんね(苦笑)。

 私は、その点についてもカヴァーロさんに質問させて頂きました。
 私達の文明では、飛行機だって莫大な燃料を使います。車だって、そうですよね。何に対しても、すべて有限資源を使わない限り、どうにもならないのです。
 でも、異次元人達(私は彼らが「同じ次元にいる異星人である」という視点ではなく、異なる次元の存在であると思っているので、異次元人という表現を使わせて頂きます)は、「やれ資源がどう」だの「やれ節約」だの言わず、ふつ~に来てますよね(笑)。
 一体、宇宙空間を移動するぐらいのエネルギーって、どンだけのものを使っているんだと、以前から純粋に疑問だったのです。
 その質問をしてみたところ──返ってきた答えは

「惑星のエネルギーを直接エネルギーにしているので、それは無限大にある」という返答だったのです。

 この返答を読んで、みなさんはどう感じられますか?
 私は、何故か普通に「納得」してしまいました。違和感も何も、感じなかったのです。
 それどころか、やれ石油だ、やれ原子力だと言ってるこの世界の方がよっぽどおかしい──そう思ったぐらいです。


 ※余談※原子力に関しては賛否両論あるようですが、私ははっきりと否定派です。
 理由は、原子力が危険だからとか──そんな問題ではありません。
 私にとって、「原子」というのはどんなに最小の小さな単位であっても「縮小された宇宙の一部」だと思っているからです。
 それを人工的にぶつけあったり、破裂させたりするのは「宇宙(ミクロコスモス)を破壊している行為」のようにしか思えず、その行為そのものに抵抗を感じるのです。
 原子力が「核爆弾」に使え、しかも世界で初めての被爆国となった日本は、原子力の恐ろしさを本来一番痛感しているはずです。だからこそ真剣に、何故、資源として原子力を使ってはいけないのかを論議する必要があるのではないか──そう思える昨今です。



 そんな中、非常に興味深い情報を得ました。
 先月、浅川嘉富氏がペトル・ホボット氏(元KGBの超能力研究所研究員だそうです)という方と対談した本が出版されたのですが、その中にフリーエネルギーについての記載があったのです。
 フリーエネルギー。
 まさしく、カヴァーロさんが言っていた惑星から無限のエネルギーを供給出来るということと等しいのです!
 (ああ! 本当は、今すぐにでも皆さんに詳細をお伝えしたいのですが、編集部の方から「出版前の口外は厳禁」と言われているので((って、一部ぺろりしちゃってますが; だって、「良いこと」であれば、誰だってみんなに伝えたくて仕方ない──そう思いますよね?))、我慢します。でも、いざ出版されたら私が出した考察結果、および、その中から生じた「地球のシステムを向上させる方法」についてを、いっきに全部お話します。)

 今、その箇所を引用しようと思ったのですが──なかなか見つからなかったので、後日また改めて詳細をお話させて頂きますが、ホボット氏は「フリーエネルギー」に関して、すでにエジソンが活躍していた時代に「ニコラ・テスラ」がそれに着眼していた、ということを述べていました。(※ただし、ウィキペディアや一般的な情報で、ニコラ・テスラが「フリーエネルギー開発」に実際関わっていたかどうかの記載はありません。彼の自伝があるようですので、そちらを入手しながら、情報の信憑性について検証するつもりです。)
 ニコラ・テスラのことについては、エハン・デラヴィ氏の著書「人類が変容する日」にも書かれています。ですので、一部の人達から「フリーエネルギーの開発」としてニコラ・テスラが「すでに注目されていた」というのは、事実ではあるようです。(実際に日本でもネットでいくつか情報が掲載されていましたが、その論拠自体が腑に落ちる内容ではなかったので、私はちょっと静観している状態です。)

 フリーエネルギーが開発されたら──本当に素晴らしいことです。
 まず、人類の巨悪の根源とも言える、不平等が撤廃されるでしょう。
 そして、私達がこの星から如何に恩恵を被っているのか──宇宙から恩恵を被っているのかそのことも痛感出来るはずです。

 エネルギーの供給源が変わることで、おそらく「大きく色々なものが、変わるのではないか」そう思っています。
 食べ物も然り、価値観も然り──。

 ただ、私が思うにこの「フリーエネルギー」というのは自然の豊かなところでないと、供給量に違いが出るのではないか、そう考えています。
 何故なら、それが惑星から生じたり、宇宙から生じるものであれば、「人工的にアスファルトで覆われた地域の供給量が少なくなってしまうこと」はごくごく当たり前のことだからです。

 そうなると、「アスファルトしかない都心」というのは、まず環境そのものを変えて行かなければならなくなるでしょうね。
 道路が「アスファルトになった理由」は、「交通が不便」であり「事故多発を防ぐ為」です。
 では、車が「四つのタイヤ」なんかではなく、それこそリニアモーターカーのように空中、少し浮いた場所を移動出来るようになれば、どうでしょうか?
 そもそも、アスファルトである必要自体なくなりますよね? 

 そうやって、「都心が自然と共存出来るようになった」としたら──まず、人間の考え方が一番大きく変わるでしょう。
 発電所、道路工事、そうしたものに従事していた方々は「仕事がなくなる!」とお怒りかもしれませんが──いえいえ、その分、農作物を自然栽培するという仕事が多数の人を募集するようになるはずです。
 飛行機も、船も、すべて「フリーエネルギー」で賄えたら、多額のお金を払わなくて済みます。それこそ、地球国家のできあがりです。

 ──なぁんて言っても。
 勿論、それがそうそう簡単にできることではないことぐらい、私も大人ですので分かっています(笑)。
 でも、すべては想像から始まるのです!

 真剣に地球の未来を創造したいなら、
 まずは「真剣に、地球の未来を想像すること」
──これに尽きると、私はそう思っています。


【お知らせ】
 上記したような「地球の未来」について、コミュニティを発足予定です。
 近々お知らせを公開しますので、今しばらくお待ちくださいませ。


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一元性な高次元を目指す為に、二元性のこの世界で出来ること

 まだ出版前なので詳細をお話は出来ませんが(もと5次元文庫の編集長であった石井氏が独立されたので、新たな出版社「ヒカルランド」から出版される予定です)、先月、編集部の方のご厚意により、メールでマオリッツオ・カヴァーロさんに質問させて頂いくという、幸運に恵まれました。
 そして、その中で高次元は、明らかに私達の次元と仕組みが違うということを教えて頂いたのです。私自身、カヴァーロさんの内容を拝見した結果「この世界と高次元の差」を明かな程痛感した次第です。
 例を挙げればキリがないのですが──もっとも端的な違いは高次元は一元性であり、反して、この世界は二元性ということでしょう。
 二元性──つまりは、表と裏があるということです。

 例えば──カヴァーロ氏がコンタクトしているのはクラリオン星人ですが、(これは頂いた解答をもとに、私自身が推測した結果ですが)彼らの世界には「科学的データ」というものが存在しないはずです。
 何故なら、何々を計測した結果、××という結果が出た──ということをいちいち公表する必要がないのです。一元性の世界においては、外部も内部も分かたれておらずひとつの存在だから、精神的内面から切り離された外的データを取得する必要性がそもそもないからです。

 これだけの部分を説明しても、読者様は「何のことやら?」って感じかもしれません(笑)。
 私も、もっと説明したくて、じれったい程ですから。
 なのですが、ひとまず出版を待ってからご紹介させて頂くとして──私が実感しているのは、高次元がこの世界と圧倒的に違うだけでなく、私達がこれから創造していく地球の青写真が、そこには含まれているという、とても大切な点なのです。

 とはいえ──。
 私達人類は、そうした「ラッキーとも言えるべき事象で、他力本願的にアセンション出来ること」を望んではいけないし、また、そうすることでかえって私達人類の本来の意味──試行錯誤を繰り返しながらも、「この地球を理想的な良い世界にしていこうよ」という努力が報われなくなってしまいます。
 私は、ここでは「アセンション」という言葉を使っていますが、私が本当に目指しているのはこの地球が、恒常的に争いのない、調和の保たれた素晴らしい世界になることです。
 でも、そうした理想世界を築く為には、まず「青写真」が必要です。その「青写真」ともなるべき「新たな地球の理想世界図」というのをここで設けていきたいし、私自身は模索している次第なのです。

 カヴァーロさんが言っていたように、「一元性」を元に出来る世界を「目指そう」と思えば、不可能じゃないのではないか、そうも思いました。
 例えば、「私達が意識的に一元性を目指せるようになれば、それだけで世界はだいぶ変わるのではないか」そうも思えるのです。

※余談ですが──高次元、という話をするとそれだけでアレルギーを起こしてしまう方も、なかにはいらっしゃるかもしれませんね。
 でも、これは決して非現実的ではありません。
 何故なら、最新物理学においても物質を組成する最小因子が証明出来ない状態で、憶測で解いているだけに過ぎないからです。
 「ひも理論」のように「すべてが波形を成す振動から出来ている」と、仮定してみましょう。その場合、その振動数が「この宇宙におけるすべて、必ずしも一定だ」と、何故断言出来るというのでしょうか?
 アインシュタインでさえも、宇宙を支配する「四つの力」のうち、「何故、重力だけが一番弱いのか」が証明出来ませんでした(今、その証明をリサ・ランドール博士が異次元の証明によって挑んでいる最中ですが)。そうである以上、「物質を組成する振動数がこの次元よりも速く、その為私達の五感で認識出来ない高次元が存在する」という考え方は、ごくごく自然なことなのではないかと──私はそう思えるのです。


 勿論、そうは言ったところで、そうそう簡単に出来るようなことではありません。
 私は答えを探す為、カヴァーロさんから頂いた解答を、何度も何度も何度も、繰り返し読みました。
 読めば読む程、「ああ……。この次元が電気的次元である以上、本当に平和な世界は築けないのかもしれない」と落ち込む一方で、「いや、待てよ。それなら、私達が意識して『一元性』を目指せばいいのではないか?」と思ったりもしました。
 そして──未だかつて、明確な答えは出ていません。
 しかし、「可能性」を考えることなら出来ます。
 いえ──逆に言えば、「理想世界の可能性を模索する為に、私達はこの世界に生まれたのかもしれない」そうとさえも思いました。

 例えば、一元性における大きな特徴のひとつとして嘘をつけないということが挙げられます。
 何故なら、すべてが一体として繋がっているので「嘘をつきたくても、つきようがないから」です。
 仮に無理矢理ついたとしても、すぐにバレてしまいます。
 バレる嘘──って、何の意味があるのでしょう? 信頼を失うだけで、何の効果もなければデメリットにしかなりません。

 そもそも高次元では「嘘をつく」という概念自体が存在しないので、そんな仮説をたてるだけ無意味ではありますが──二元性の世界に生きる私達にとって、嘘のない世界って、どんな世界だろう、そう考えるのは決して無意味じゃないはずです。

 例えば──政治家が選挙活動をしている時など。
 マニフェストなどが昨今やたらに注目されていますが、私は目を通しただけで「絶対『無理』!」って思うようなものも、ままあります。
 理想を追うことは、確かに素晴らしいことです。
 しかし、それは国民たる「私達、一般人が率先してすること」であって、逆に政治家という立場になった人達は、その理想を踏まえながらも「じゃぁ、未来にこうした理想を叶える為、長期的に今、何をすべきなのか」という判断が必要なのではないか、そう思えるのです。 
 理想というのは、本来長期的なものだと、私はそう思えるのです。
 何でもかんでも、インスタントに叶えられるものではありません。
 長期的な理想像を掲げ、その前提として「今、こういう行為が必要なんだ」と語る必要はあっても、どうも政治家の方々は「目先のことばかりで右往左往し、議席の確保ばかりに執心して、理想もなければ長期的な目標もない」──そんな印象を受けてしまうのは、私だけでしょうか?(それに、長期的目標を掲げるのであれば、もっとその未来予想図を国民に知らしめ、数多くのディスカッションをすべきではないか、とさえ思えます。)
 これでは、若い人達が「政治離れしている」なんて文句は言えない──そう思います。中年の私から見ても、今の政治には「まったく魅力がない」、そう思えてしまうので。

 何故、このような事態に陥るのかと言えば──この世界が嘘がつける世界だからなのではないかと、そう思えるのです。
 嘘──というと、少し暴言かもしれませんね。言っている方に悪気はないのでしょうから、あえて言えば「自分で『無理だ』と分かっていても、議席確保の為に上っ面で誤魔化す」と言った方がいいのかもしれません。

 勿論、高次元ではそんなことが出来ないのは、言うまでもないです。

 では、違う例を挙げてみましょう。
 一時期とても頻回に起こった賞味期限切れ問題食べ残し使い廻し問題などについては、どうでしょうか?
 もっとも、あの「賞味期限」に関しては、私はちょっと穿った目で見ているところがあります。
 私は、あまり腸が丈夫じゃないので、ちょっとでも古いものや、良くないものを食べると瞬く間に腹痛を起こしてしまいます。
 しかし、ちょっと賞味期限が2~3日過ぎたり、最低5日過ぎたアイスコーヒーやヨーグルトを食べても、別段、腹痛は起きなかったのです。
 賞味期限と消費期限、この二者がある──というのを、私は大手某乳業で派遣をしていた時に説明されました。
 本当に問題なのは「消費期限」で、これを過ぎたらさすがに食するのは難しい、と。
 でも、あちこちで「賞味期限切れ・賞味期限切れ」と大騒ぎするから、結局、企業は「まだまだ飲めるドリンク」「まだ食べられるもの」も、廃棄しなければなりません。

 その廃棄量だけで、一体、どれほど多くの餓死しかけている国の人達を救えるだろう──と、いつも哀しい思いになります。

 とはいえ、その改ざんとなれば、話は別です。
 賞味期限の改ざんをした人達は、私と同じように「少しぐらい切れていても、せっかく飲めるのだから」そう思ったのかもしれません。
 しかし嘘をつくのは、論外です。それは、「買ってくれた方々への背徳行為であり、裏切り行為だ」そう思えるので──。
 そんな人道から外れるぐらいだったら、正直に「この商品の賞味期限は切れていますが、体に問題はありません。(私だったら、たぶんその場でみんなを前にして試食までして、アピールするでしょうね。)廃棄食材を少なくする意味でも、是非、みなさんご購入ください。値段は通常価格の3分の1でいいです」とか(※3分の1、というのは私が適当に出した数字なので、あまり意味はありません)、そうやって呼び掛けするでしょうね。
 日本人は善良な人が多いし、あまり表だってはいませんが「廃棄食材の多さ」について胸を痛めている方は思いの外いらっしゃる気がします。
 その上、景気的にもあまりいい状態ではないので、「ああ、それなら」と購入してくださる方も多いかもしれません。
 賞味期限を改ざんして誤魔化すぐらいなら、最初から正直に、打ち明けていた方が本来、購入する側が納得した上で買ってくれるのではないか、私はそう思います。

 とはいえ──「食べ残しの使い回し」。これは、フォローのしきれない倫理的問題ですよね……。
 イスラム文化圏では、確かにそうしたパーティの後の食べ残しを、紛争孤児となってしまって食事がとれない子供達の為に、ボランティアが家々を廻っては収拾し、無料で配布しています。
 それは、餓死しかけている子供達に対する奉仕行為であり、生命を助ける作業です。
 しかし、食べ残しを使い廻して、あわよくばお金を頂く──これは明らかに、「欲の塊」としか言いようがありません。

 何故、こうした問題が起きるのかと言えば、日本人の倫理観(思いやり含む)が大きく低下しているが故に、エゴが肥大しすぎて「自分が嘘をついているのか」その判断が出来なくなってしまったからなのではないか、そう思えます。
 私はここでも何度も書きましたし、本にも書きましたが、日本の廃棄食材量の問題をいち早く解決したい──そう願っています。
 もし、そうやって無駄に捨てられていく食材がなければ──もっと、多くの世界中にいる子供達が助かるかもしれないのですから。

 ドラえもんの「もしもボックス」じゃないですが──仮に、「嘘がつけない世界」というのを断定しただけで、みんながただ正直者になるだけでなく、社会の裏工作、政治の裏工作、すべてがいっさいなくなって、思いの他理想的な世界に生まれ変わるかもしれません。
 でも、それはドラえもんの力を借りなくたって私達の努力次第で、何とでも乗り越えられる問題でもある──私はそう思います。
 勿論、そうなってしまえば「嘘も方便」という言葉が使えなくなってしまうし、「プラシーボ効果(偽薬効果と言って、どんな薬も効かなくなってしまった末期患者さんに、「これはすごく良く効く薬だ」と言ってただのビタミン剤を処方し、患者さん自身の自己治癒力に期待する、というもの)」も「出来なくなってしまうのか」──と言えば、それはそれで(今の次元では)問題のような気もしますが……。

 でも、少なくとも死は終わりじゃない、ただ「新たな人生を切り開く門戸なんだ」ということを高次元の方々はみんな熟知しているので、「嘘が方便」になる必要もなければ、「プラシーボ効果」も必要ないのかもしれません。

 高次元のシステムを探究し、模範として三次元世界を「どのように変えて行くことが出来るのか」──私は終始、そのことを考えておりますが、正直言って「障壁はデカい」です。
 ただ口先だけの理想論を言ってすべてが済むのなら問題ないでしょうが──私は、ひとりでも多くの方に、リアルな視点で地球の高次元化を意識してもらいたい、そう願っている為、自分の体験からだけではどうしたところで皆さんを納得出来るところまで説明は出来ません。

 だからこそ、私はかつての偉人達の文献を参照にし、パズルのピースを組み合わせていくかのように「真理の立体像」を追っています。(※皆様にご注意頂きたいのは、どんな人でも、100%の真理を語っているわけではないということです。勿論、それはその方が意図的に嘘をついているわけではなく、「三次元というフィルター」があるせいで、純粋な智慧も途中で歪んでしまったり、ストレートに入ってこないことがあるからです。ですので、信じるべき対象は人ではなく、その人の語る言葉の片鱗に隠された『真理』なのです。その真理を立体的にくみ上げていくこと──それが私の作業であり、同時に、皆さんも心がけがけて頂きたいことのひとつだと、私は願っている次第です。)

 最初からまったくシステムの違う高次元に、一歩でも近づいていく為には、やはりどうしたところで人間の意識改革(同時に、日本人の場合は精神の純度を保つこと)にあるのかもしれませんね。
 これらの内容は非常に重要なテーマですし、これを明確にたてておかないと、ますます進展の早くなる時代の中で置いてけぼりを喰らいかねないので(勿論、私もそのひとりです((苦笑)))、出来るだけピッチをあげて探究を進め、近いうちに皆さんにご紹介出来たら──と思っています。


【お知らせ】
今週の日曜日以降、YOU are EARTHの企画準備の関係で更新もなかなか出来ず、かつ、お返事も相変わらず出来ていない状態で、本当に申し訳ございません……。
大変申し訳ございませんが、一部の方にはご返信出来ない場合があったり、或いはメールを出したこと自体「記憶の彼方に吹き飛んだあたり」にひょっこり返信があるかもしれません。何卒、ご容赦頂けますと幸いです。


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8月15日終戦日は、日本の反省の機会

※連載をしていた関係で、少し日程が遅くなりました。何卒、ご容赦ください──。


 先日、マスコミでは靖国参拝であれこれと揉めていたようですが──「批判する側」も、また「肯定する側」も、どうにも両者共々「視野が狭くなっている」ように感じるのは、気のせいでしょうか?
 当日見かけた記事では、小泉元首相の息子さんである小泉進二郎さんが参拝にいった──と書かれていましたが、「何がいけないのだろう」と思います。
 むしろ、開き直ってマスメディアに「何がいけないんですか?」って訊いたっていいんじゃないかとさえ思えます。
 参拝に行く側も、明確な意図と、目的を持って参拝していないから、あちこちで火種があがるのではないか、そんなふうに思えるので、「ズバッ!」と自分のポリシーを言ってしまえばいいのではないかと、いつも思います。

 何故、靖国参拝があれだけ問題視されているかと言えば、当時「戦犯」として処刑された方々も埋葬されているからです。
 では、その方達の遺骨は「参拝もされない、無縁仏のような荒れ地」に埋葬されれば、問題は解決する──とでも言うのでしょうか? 
 それって、戦争の責任をすべてその方達に背負わせているとしか思えない、冷徹な行為です。
 私は、そういう考えかたこそが非常に手前勝手で、「後世を生きる自分たちさえ良ければ、それでいい」的感覚を世に広めている気がして、不快な気分にさせられます。
 戦犯とされた人達は、本当に日本を悪くしようと、日本人全員を虐殺しようとして、戦争を起こしたのでしょうか?
 もしこれで日本が戦争に勝っていたら、彼らは間違いなく「英雄扱い」されたはずです。
 負けたから、戦犯として処刑されただけに過ぎません。

 例えば──想像してみてください。
 突如、日本がまたもや戦争に巻き込まれ──大切な人達、愛する友人を失った、としましょう。
 毎年毎年、終戦の日にはその哀しみが蘇り、心が引き裂かれ、墓前の前でただ涙することしかないかもしれません。
 しかし、ふと顔をあげて、そこに「戦争を起こしたきっかけの人の写真」があった場合──

 皆さんは、どう感じますか?

 憎い──!
 そう思うのが、正直な気持ちでしょうね。
 でも、その戦争は「その人ひとり」が、やったことでしょうか?
 「戦争は、そんな単純にたったひとりで起こせるものではない」そう思ったら……私の場合でしたら、どんなに憎みたくても「憎めない」──その狭間で苦しむと思います。
 それどころか、「何故、そんな時代だったのだろう」をまず先に、考えると思うのです。
 そして、「どうすれば、この悲劇を二度と起こさないような、平和な世の中が出来るのだろう」そちらの方に、意識を向けるでしょう。

 ちなみに、イギリスは「逆」です。
 あちこちに、軍人の英雄の銅像があるのです。
 もし、日本が戦争に勝っていれば、同じことになっていたでしょう。
 負けたから、戦犯と呼ばれるようになったに過ぎません。
 そして逆に、イギリスが戦争に負けていたら──公園のどこにも、「軍人の銅像」が飾られることはなかったでしょう……。

 中国や隣国の方々が、「何で靖国に参拝するんだ! 何で戦犯が眠る地を参拝するんだ!」と言われた際、
「私達は、誰だって『戦犯と言われる人達が犯した過ちの可能性を秘めている』のです。こうして毎年参拝するのは、ただ拝みに来ているのではありません。『これからの未来の為に、どうしたら二度とこんな悲劇を繰り返せずに済むのか』そのことを自分自身で省みる為に来ているのです!」 
 そう世界に向けて断言できる政治家がいない──ということは、至極残念でなりません。

 人は何故、社会や世界で起きた事象を、「たったひとりのせい」にしたり「ひとつの組織のせい」にしたりするのでしょう。
 戦犯(という言い方自体、私は好きではないのですが)が埋葬されているというだけで、多くの方が亡くなった事実からは目を背けるていいのでしょうか?
 どれほどの人達が、空襲や原爆、特攻隊として亡くなっていったのか──それをさて措いて「靖国参拝をした」だの「しない」だのと騒ぐマスコミの姿勢も、どうかと思います。

 私は、「みんなが犠牲者だった……」そんなふうに思えて、ならないのです。
 昨日の記事に書いたように、「目に見えないところにこそ、思いを馳せること」──
「戦犯と呼ばれる人達は、じゃぁ、その背景にどんな思いや決意があって、そこに踏み切ろうとしたのか」或いは「私達が定かじゃないだけであって、本当は『戦争に駆り立てられなければいけない裏からの圧迫』」があったのかもしれません。
 そういう「情報的に表立ってないもの」或いは「歴史上隠されているもの」についても思いを馳せる──それこそが、スピリチュアルの姿勢と言うことが出来るでしょう。

 何かが起きた際「どこどこの国が悪い」「あの国は国民の常識が悪いから嫌いだ」など、いろいろな意見もありますが──「そうなってしまった背景」について思い返すと、にっちもさっちもいかない「哀しい事情」があったりします。
 たとえば、インドやベトナムは、観光客相手に「少しでもお金を稼ごう」と、ぼったくりをしている──というのは有名です。
 でも、それは彼らが「欲」から来ているのではなくそれだけ貧しく、毎日を生きるのに必死だからと言うことが出来るはずです。
 逆に、日本は海外からの人達は「礼儀正しく、きちんとしている」と言いますがまだ、それだけの余裕がこの国にはあるからです。
 決して、日本人がインド人やベトナム人より優れている、というわけではないのです。
 もし、日本の経済がぐちゃぐちゃになってしまったとしたら──日本だって、大差なくなる危険はあります。戦後、GHQのトラックの後ろを、子供達が「ギブミーチョコレート!」と叫んで追いかけ回し、車から投げてもらったチョコを喜んで受け取ったり、夫が戦死した奥さんが外国人相手に売春婦をしたり、など──今のフィリピンやタイなどと、大差がないのですから。
 みんな、「生きる為に必死」だったのです。
 それは、今のインド、ベトナム、中国、中東の貧しい国々だって同じでしょう──。

 もっと大局的な視点でみれば、新聞の一面で大騒ぎしているようなことも、「実は些細な出来事に過ぎなかった」ということがわかるようになれるかもしれません。
 私は、自分自身が「第二次世界大戦時、多くの日本人達の犠牲があってこそ今の平和がある」という思いがあるせいか、マスコミの「またもや靖国参拝!」という文字を読むと、とても哀しい気分になります。
 空襲の犠牲にあった市民や、学業の夢を途中に戦争に行き「特攻隊」や「人間魚雷」で死んでいった若者達、原爆の犠牲にあった人々、遠く離れた南の国で軍から見放された人達は……一体、どんな思いでその言葉を聞くでしょね。

 ちなみに。
 本当に当時罪を犯したのは戦犯だけではなく、その報道を「嘘」とわかっていつつも流していたマスコミにもある──ということは、あまり知られていない事実なのかもしれません。



【お知らせ】
最近、急激に忙しくなった関係で、ますますメールの返信が遅れております; かなり時間がかかるかもしれませんが、今しばらくお待ちくださいませ……。


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【体験談9・最終回】復活。そして新たな目覚め

 不可視の力が復活し始めたのは36歳以降でしたが、はっきりと「ああ、これは幼少期の頃と似た体験だ」と実感出来るようになったのは、一昨年──38歳を過ぎてからでした。
 しかし、実際には36歳になる前すでに「その予兆」とも言うべき体験が、少しずつ──じわじわと、私の中で起こり始めていたのです。

 その一番最初のきっかけは、2003年の初夏──あと数ヶ月で33歳になる頃のことでした。
 その前年の7月に私は離婚していましたが、決して元夫を嫌いになって別れたわけではないので、とても辛い日々を送っていました。
 「自分で決めた道だから」と覚悟しつつも、約10年近く連れ添った相手を失うというのは、心の中に大きな穴がぽっかりと空いてしまったかのような空虚感を覚えるものです。
 その当時、とあるNPO関連の講演会企画に関わったり、ジャナーリズムの学校に通ったりなど、私自身は積極的に活動していましたが、心のどこかで「この穴を埋めたい」──そういう欲求はあったのだと思います。そうした隠れた思いが引き寄せあったのか、私は会社で知り合った男性と、つきあい始めました。

 しかし、彼はもともと地方から赴任していた人だったので、彼が地元に戻って遠距離となった途端、関係性がこじれてきました。
 自分が決めた道にたいしても中途半端なまま、私は「俗世と理想の狭間」を、激しく揺れ動いていたのです。
 私は毎日毎日、別れた夫のこと──そして、彼との板挟みで、ひどく精神的に消耗していました。

 そんなある日。
 夢の中で、私は「占い師」の元を訪れていました。
 その占い師の人は高齢の女性で、うつむき加減のまま、じっっと私の話を聞いていました。
 私は自分が抱えている悩み、葛藤をすべて打ち明け、老婆からの返答を待っています。
 ところが、老婆は無言のまま、何も言いません。
 怪訝に思い始めた私の前で、老婆はゆっくり姿勢を戻しました。
 次の瞬間。
 顔をあげた途端、クワッと目を見開き──。

「これから『大切な転機』を迎えようっていう時に、男にうつつなんぞ抜かしてどうする!」

 ──と、ものすごい勢いで罵倒されたのです。
 その瞬間、「ハッッ!」と我に返りました。
「お、怒られちゃった……」
 心の中に浮かんだ言葉は、その一言に尽きました……。

 普段なら「ただの夢」で終わるところを──この夢はあまりにインパクトが強く、忘れようにも忘れようがありませんでした。
 しかも、何よりも驚いたのは──前日までずっと別れた夫や彼のことで悩んでいた私が、まるで、別人のように「ケロッ」と、

「そうだ、そうだ。そんな場合じゃなかった──」

 と思い、突然立ち直ってしまったことです。
 あろうことか、その日中に携帯のメールアドレスを変更し、彼との連絡を自分から「断ってしまった」ではありませんか。
 何よりも、自分のその「極端なまでの変化」に、自分自身が驚いていました。
 ※以降、私は誰ともつきあったことがないし、異性を好きになることもなければ、再婚する気もまったくありません。私は、真理と地球の未来のために、生涯を捧げると堅く決意しているので、この決意を揺るがすことは死ぬまでない──そう確信しています。

 その夢を境に、私は不思議な夢を数々見るようになりました。
 数年経ってから思い返すと、「ああ。このことを言っていたのか」と思うような夢も多数ありました。

 その中で共通していたのが、「山の夢」でした。
 大きくそびえ立つ山の中腹に、一軒の山小屋があるのです。
 しかし、実際中に入るとそこはとても近未来的な雰囲気で、しかも、「地球の全歴史」がつまっている博物館、と言われました。
 私はそこでひとつの席に座り、誰かから色々な知識を教えてもらう──という夢を何度か見ていたのです。
 その他にも、象徴とされるような夢が数々ありましたが──ひとつひとつ挙げるとキリがないので、ここでは割愛します。

 現実面でも、大きく変化が起こり始めていました。
 時代は、すでに「イラク戦争」に突入していました。
 私は、自分の本来の目的を追いたい──と思いつつも、「自分のこともちゃんと出来ないような人間が、9.11の真相を追うなんて烏滸がましい」とも思っていた頃でした。
 二つの両極な思いにユラユラと揺れながら──少しずつ一本の道に集約されようとしていたのですが、当人にはまったく自覚出来ていなかったのが、2003~2005年にかけてのことだったのです。

 大きく私が変わることになったのは、2006年2月の話でした。
 その頃、私は友人関係でひどく悩んでいましたが、それと同時に、どんどん、自分の目指す理想からかけ離れている気がすると思い、にっちもさっちも行かなくなってしまったのです。
 「私」という船は座礁し、岩に乗り上げ、どうすればいいかもわからない状態でした。
 そして、私は──

 ──今までの自分を「死なせよう」。そして、「新たに再生」するんだ!

 そう決意したのです。
 勿論、「死ぬ」というのは肉体のことではありません。「精神的な意味で」です。
 どうやって精神を死なせるか──方法は様々でしょうが、私の場合は徹底的に、自分を否定し続けたのです。
 毎晩毎晩、寝る前に「自分の欠点」「今まで起きたことで、自分がやらかした失敗・挫折・後悔」あらゆる負の部分に焦点をあて、書き殴ったのです。
 毎日毎日それを繰り返せば、途中で「同じ欠点」が何度も浮上してきます。
 そうした欠点は「自分にとって、もっとも大きい意味があるのだ」とそう思い、何度も何度も繰り返し、思い浮かんだ欠点は漏らさないよう徹底して、書き続けたのです。

 ある意味、修行僧のような感覚かもしれません。
 ひたすらひたすら、自分に向かって問いかけ──長所には目もくれず、ひたすら「短所」だけを指摘していくのです。
 昨今のスピリチュアリストは、概ね「逆」をしていますよね。
 でも、私は「本当に強くなりたいなら、むしろ短所のみを書き出した方がいい」そう思います。
 どんな事例も、どんな出来事も、絶対に「他人のせい」には出来ない──すべて「自分の過ち」として捉えていくのです。

 とはいえ、これは万民にお薦めの方法ではありません。
 また、それを徹底的にやったからっといって、「欠点が皆無になるか」と言えばそんなこともありません。上記のような行為を半年間繰り返した私も、決して今「欠点がゼロ」になってるわけじゃありませんので(苦笑)。
 でも、私はそれで「いい」と思っています。
 完全無欠の人間なんて面白くも何ともないし、欠けている部分があるからこそ、補ってくれる仲間を必要とする──そこで人間の調和が生まれ、助け合いの精神が生じると、そう思えるからです。
 少なくとも、「自分の欠点を、徹底的に洗い出す」ことで、謙虚さが生まれます。
 私は約半年に渡って、「欠点を書き出す」という行為をしましたが──おかげで、人生観がだいぶ変わったように思えます。

 勿論、自分の欠点や人生の汚点を書き出すことは、猛烈な痛みを覚えます。
 時として、「本当に死にたい」──そう思うことも、何度もありました。
 そう感じた時、私は「坐禅」を組むようにしていました。
 出来るだけこころを空っぽにし、雑念は浮かぶがままにして、ある自分の「一部分」だけを「死」に至らしめるのです。
 そうすると、次第に雑念も浮かばなくなり──ただ、「存在」だけが浮き彫りになってきます。そうすると、「死にたい」という思いも消え失せるので、それからまた、新たに「欠点の書き出し」を始めるのです。

 私が何故、そこまで自分を追い詰めたのか──それは、ひとえに「目的を定めていても、そこに向かっていつまでも進めない自分への憤り」があったからでした。
 私は、本気で「地球の為に、生きたい」──強くそう思うようになっていたのです。
 そのちょうど一年ぐらい前から、私はヴィジョンで「世界中の景色」が脳裏に過ぎるようになっていました。それは、まさしく中学時代に夢の中で、地球のあちこちを飛び回った記憶の再生のようなものでした。

 そして、半年後──8月3日の誕生日。
 36歳になるその日に、私は「伊勢神宮参り」に行きました。
 そこでお参りをし、「再生する」ことを誓って、再度東京に戻ってきたのです。

 その時は、それから自分に大きな変化が起きるとは、予想だにしていませんでした。
 いえ──伊勢神宮はただ単に「きっかけ」に過ぎず、本来は明治神宮だろうが鎌倉八幡宮だろうが、どこでも良かったのかもしれません。
 ただ単に、「自分の人生(欠点)を見つめ直す半年間」が必要だっただけであって、それが出来ていれば問題なかったのかもしれません。
 或いは──生まれてくる前に私自身が、「こうなること」を設定していたのかもしれません。
 真偽はいずこにあるのか分かりませんが、それから数週間後──すでに、何かが変わり始めていました。 

 まず最初に訪れたのは──フラッシュ現象でした。
 それは、普通に歩いてたり、或いはPCに向かっている最中、目の前でかなりはっきりした光が灯る現象でした。
 あまり周囲で聞いたことがない事例なので、私は勝手に「フラッシュ現象」と呼んでいます。
 最初は、白内障の一種かと思っていました。
 しかし、「白い点」ではなく「明確な光」で、しかもそれの出現場所がバラバラであることから「白内障とは違うな」ということが分かりました。
 また、この光はただの白色ではなく「色がついている」のです。
 一番多いケースは「青」でした。その次が「紫」──勿論、白色もあります。また、赤や緑、複数の光が無数に絡み合って出現することもありました。
 最初は「ただの目の錯覚だろう」と、気にしなかったのですが──ある日、「外縁を青に縁取られた白色の光」が見えた時には、さすがに「これは、ただの錯覚ではない」と思いました。そんな不自然な光、人工的にだって作るのは難しいでしょう。

 それと同時期に──メンテナンス現象が起き始めました。
 これも、あまり友人以外の他の人に話したことがないので、照合のしようがなかった為、勝手に「メンテナンス現象」と名付けています。
 一番最初に起きたのは、風邪を酷くこじらせてしまい、発熱で寝込んでいる時のことでした。
 ひとり暮らしの人間にとって、病気は場合によって死に繋がりかねません。それこそ高熱で五日も寝込んだ日には、まず冷蔵庫の食べ物がなくなって餓死しかけてしまいます;
 私自身、立ち上がる気力もなくて「どうしようかな……」と悩んで寝込んでいた際。
 ふと、布団の横で女性が座っているのに気がつきました。
 何を話したか──まではよく覚えていないのですが、あれこれ話をした後に、いきなり頭頂部から「ゴォーッ」とすごい勢いで何かが流れ込んでくるのを感じたのです。

「うわっ! ちょっとこれ、やりすぎ!」

 当時私の寝室はロフトだったので、ロフトから転がり落ちるんじゃないかと心配した程でした。
 しかし──目が覚めると、不思議なぐらい体が軽くなっていて、熱も平熱まで引いていたのです。

「ありがたい夢だったな」なんて、その時は思ったのですが──
 それから頻回に、私が体調不良の時は誰かが来るようになったのです。
 私は、この現象を「確か、ずっと前に味わったことがある──」と思うようになりました。

 そう──幼少期の頃、不可視の存在達が遊びに来ていた「あの頃」と、まったく感覚が一緒なのです。

 だんだん、「これは、夢じゃないのかもしれない──」そう思い始めました。
 そして、37歳のある日──決定的な体験を、することになったのです。

 その日、私は両耳の内耳炎と外耳炎を悪化させてしまい、39度以上の高熱を出していました。
 左耳は外耳炎で完全に塞がってしまい、何も聞こえないような有様です。
 そんな中、人の気配を感じて私は目を覚ましました。

 なんと──目の前に、全身銀色の人が立っていたのです。
 これを言うとみんな、たいてい笑うのですが(苦笑)──例えて言えば「ペプシマン」にそっくりでした。
 まずその形状に驚きましたし、同時に「何故、ここにペプシマンが??」ということにも驚きました。
 さすがの私も、ペプシマンを見たのは「初めて」だったので──。

 すると、そのペプシマンは私の顔を両手で抑えると──なんと私の口の中から、体内に向かって、勢いよく飛び込んできたではありませんか!
「シュワ──!」ならず「シュルシュルシュル──すぽんっ!」です……。

 ……………………。

 何が起きたのか、しばらくよく分かりませんでした。
「高熱で幻覚を見たんだ。そうだ。そう思おう」──と、無理矢理納得した程です。
 この話を友人にした際、友人からは「アンディ・レイキーは、病気になると小さな天使が体の中に入ってきて治療してくれた──っていうから、それじゃない?」と言われたのですが……

 小さな天使──という割には、デカすぎです……。
 寝ていたところを見上げたので、明確には分かりませんが──最低でも180cmはあったと思います。
 アンディー・レイキーが描くような「ちっちゃい天使」がチョコチョコ入ってくるなら「可愛い♪」で済まされますが──
 ──ペプシマンでは、「ギャグ」にしかなりません……。
 ただ、ひとつだけ明確に言えることは──今までのメンテナンス現象同様、その日のうちに回復した──ということでした。(この現象は、今でも多々あります。先月、全身が炎症を起こした際も、静養しなかったどころかイベントまでやったにも関わらず((おそらく当日も、38度台の熱があったと思われます。左耳は外耳炎により、まったく聞こえていませんでした))、次の検査では「すべて正常値に戻っていた」のだからありがたい話です。)

 それからしばらくして、体外離脱現象まで復活しました。
 体外離脱が復活した経緯は、多岐に別れます。また、「どのように離脱するのか」というプロセスも、体感したことが複数回ありました。(詳細を書くと長くなりすぎてしまうので、またの機会にさせていただきます。)

 ただし、一度だけ──これは鮮烈な体験であり、同時に「今の活動をしよう」と決意するきっかけでもあったので、ここでご紹介しますが──
 体外離脱先で、「これから、戦争が起こるかもしれない」と言われたことがありました。
 私は驚いて、「それはどこ? 中東がきっかけ? それとも別の──」と食い下がりましたが、それ以上の時間滞在が私には出来ませんでした。
 普通の夢や瞑想と違って、私の場合は自我も一緒に連れて行っているので、「集中する」時間に制限があるのです。(専門用語を使えば「その次元と周波数を合わせる」ということなのかもしれませんが、自分で確証出来るものではないので、あえて「集中する」とだけに留めておきます。)

 まさかな──という疑い反面、相変わらず緊迫している中東の様子を見るに「でも──」という思いも過ぎりました。
 それに、中東だけではありません。戦争が起きたとしても、決して「え? あそこが?」って驚くようなところは、かえって少ないような気がします。

 私は、自分が聞いてきたことに半信半疑ながらも──「戦争が起こる起こらない云々ではなく、『これからの地球の未来を、意識して変えていくこと』そのものに意義があるのではないか」そう思いました。
 戦争が回避されたから「じゃぁ、地球の未来はどうでもいいや」というのは──ただの怠惰だし、依存心が強いだけに過ぎない、そう思えるのです。
 私達の人生が、ちょっと些細な出来事で左右されてしまうのと同じように、地球の未来も、私達の些細な行動ひとつで、左右されてしまうのではないか──そう私は実感しています。

 私は、自分の今までの人生を通じ「不可視世界の濃厚な時期」、そして、「可視世界のみにしか生きられない時期」、両者を体験した結果、「もっともバランスのとれる位置を、見出すことが出来た」──そう思っています。
 それは、言うなれば「色々な人から支えられて生きていることへの感謝」も含めてであったり、食事が出来ることも「自分が稼いで来たから、食べられるんだ」という考え方ではなく、「食糧を作ってくれた人達、そして、食糧として身を捧げてくれた動物達、野菜達への感謝」を含めることの大切さを知らしめています。

 私達はひとりよがりに生きているのではなく、
 人間だけで生きているのではなく、
 私たちが生きる前提として生命があり、
 この星に生きるたくさんの動物や植物たち、
 豊かな自然、
 太陽の恵みなどがあってこそなのだということを、思い返す必要があるのでしょう。
 そのことこそを、不可視の世界は「教えてくれます」。

 目には見えないけれど、「確実にある」ということへの証。
 それは、何もスピリチュアルに限ったことだけではありません。

 食糧になってくれた米や野菜が、大地で育成されていく姿が私達、消費者には見えません。
 パックになっている肉達や魚達が、かつてどんな姿でどんな生き方をしていたのか、大海原でどのように泳いでいたのか、私達、消費者には見えません。
 そして、世界のどこかで戦争が起きていても──飢餓で死んでいく子供達が毎日いたとしても私達は、情報を通じてしか知ることが出来ないのです。


 それは、私が直に「不可視の世界にいる住人達」から教わったわけではありません。
 「目に見えない」部分にこそ、多くの真実と現象が隠されているということを、不可視の世界にいる彼らが、「存在として」教えてくれたのです。
 私は、スピリチュアルの本当の意味は「そこにある」──そう思えるのです。

 目に見えないけれど、相手のことを思いやる優しさ──
 目に見えないけれど、今、社会で何が起きているのかを感じ取ろうとする配慮──
 そして、目に見えないけれど、地球がどれほど私達を慈しみ、守ってきてくれたかを思うこころ──

 それこそが「スピリチュアル(精神性)」であり、奇抜なことでも突出したことでも何でもない、思いやりと優しさで成り立つものなのだと、私はそう思っています。

  
 9回に渡って、私の今までの体験談をまとめてお送りしてきました。
 実際には、掲載していない体験談も多々あるのですが(長くなりすぎるので掲載しきれませんでした;)、私は本来奇抜さを求めているのではなく、常に「見えない存在(前述したような、食糧への感謝や、相手のこころを推し量ることなど)を思いやること」の方を大切に思っています。
 そうすることが結果的に、人間の意識の向上をもたらし──そして、本当の意味で「調和で包まれた世界」を生み出すだろうと、そう思っているからです。

 人類がそうなった時点で、おそらく「不可視の存在」は「可視」になるか──或いは「感じ取れる存在」になれるかもしれません。
 私達は決して分かたれた存在ではなく、可視も不可視ももともとは一体の存在なのですから──。


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【体験談8】可視世界のみに生きた14年

 霊感を失ったと同時期、私は「音楽」でも挫折を経験していました。
 とあるプロダクションの採用試験を受け、最終面接まで漕ぎ着けたにも関わらず──社長の価値観がどうしても受け入れられず、その場で対立してしまったのです。
 それは、音楽に対する挫折というよりも、現実世界を生きていくこと、そのものの挫折と言えました。

 霊感も失ってしまい、私は本当に、この先の人生をどう生きていけばいいのか分かりませんでした。
 模索し続ける過程の中、気がつけば私は、ひたすら「哲学書」を読みふけるようになっていたのです。

 私は高校時代から哲学書を読み始めていましたが、十代の頃に読んでも、あまりピンとは来ませんでした。
 宗教学や思想史そのものには幼少期から興味がありましたが(特に、子供時代に見たイスラム革命の印象は、大きかったと思います)、哲学そのものを食い入るように読むようになったのは、この時が初めてだったと思います。
 霊感を失った後の私にとって、哲学はまるで「人生の指針」とも言うべきものだったからです。

 哲学と言うのは、「智慧をロジック化したもの」です。
 本来であれば感性で捉えたものを、すべてロジックをツールに説明している──すなわち「不可視な智慧を三次元ルールで煮治している」のが哲学と言えるでしょう。(けっして、ただの脳内作業というわけではありません。)
 霊感や直感の鋭かった時代の私にとって、智慧をロジック化する意味はあまりなかったのかもしれません。
 しかし、「何も感じられなくなった──でも、何かあるのは、確実なんだ」という両者を股にかけた状態となってしまった私にとって哲学は、とても的を射た学問だったのです。

 私は短期間で、あらゆる哲学書を読みました。
 最初はニーチェ、キェルケゴール、ハイデッガーなどから入り、その後、カント、それから何故かいきなりギリシャまで時代を遡って、プラトンの「イデア論」にはまりました。
 哲学史も、途中でキリスト教との合流があったりなどで厳密な流れを組んでいるわけではありません。また逆に、科学や社会学との合流もあり、一律に「ここまでが哲学だ」と区切ることは不可能です。
 それでも、私はほぼ西洋哲学については網羅出来ました。
 勿論、もっと深くやろうと思えば出来るのですが──どうも「自分が求めているのは、これではないな」そう思ったのです。

 むしろ、私を魅了したのは──インド哲学でした。
 インド哲学については、分かりやすい本が「何ひとつ、なかった」のです。
 また、インド哲学を売り文句にしていても、実際読んだら仏教だったりなど、境目が非常に曖昧でした。
 インド最古の哲学とされている「ウパニシャッド」を読んだ際も、その曖昧な表現に首を傾げてしまいました。西洋哲学からインド哲学を見ると、本当に「もやもやとした銀河を遠目で見ている」ような感覚になってしまったのです。

 ──これは、独学で深めることが出来ない。

 そう思い、私は「インド哲学を学びたい」と強く思うようになりました。そこに、私自身が体験してきた数々の現象や「目に見える世界と、見えない世界との関係性」などが紐解かれているのではないか──そう思ったからです。
 その上、当時の私は中学時代に感じたような地球の役にたてるような仕事につきたいという思いもありました。
 真理探究と世界平和──。一見矛盾しているような目標ですが、私はこの二つの意識をもったまま、どうすればいいのかを模索しました。
 その結果、「大学に、進学しよう」と決意したのです。

 当時私は22歳になろうとしていたので、同い年の学生達はみんな4年生になっている頃です。4年の落差をつけて進学するわけですが、音楽をやっていた時も同い年の仲間なんてほとんどいなかったので(もっともみんな年上で、年下がほとんどいなかっただけですが)、年齢に対する拘りはいっさいありませんでした。

 私は、「まったく新しい人生」を22歳にして歩み始め、その翌年、大学に進学しました。
 私がその大学を選んだ理由は、大学の中にある研究所(この研究所はアジアとアフリカに対する研究所でした)に入りたい──そう考えていたからです。そうすることで、もうひとつの目標である「地球の役にたつこと」が可能になりそうな気がしていました。(余談※しかし、この目的も結局頓挫してしまいます。私が本当の意味で「地球のために生きる」ことと「真理探究」を合体出来たのは、ごくごく最近になってからでした。)

 やっとのことで自分の道に辿り着いた私でしたが──ここでもまた、大きな挫折が待っていました。

 大学生のほとんどは「遊ぶこと」に夢中で──真剣に真理を紐解こう、という人は皆無に近かったのです。(おそらく、学友達の中で未だに真理探究を目指しているのは、私だけだと思われます。もう10年近く連絡が途絶えているので、分かりませんが──)
 また、教授陣もおざなりに文献学を講じる程度で、真剣に自分で考察し、新たな分野を模索しようとする姿勢の人がいませんでした(唯一、ひとりだけプラトンの思想を独自に考察する教授がいました。この方はかなり有名な方でもあったのですがおじいちゃん教授だったせいもあり、もうディスカッションなどをするような状態ではなく「ひとり意識を投じている」ことの方が多い印象を受けました)。

 大学二年生になった頃、私は「自分がこのまま大学にいても、何ひとつ目標を叶えられないのではないか」と思い、大学を休学し「海外青年協力隊」に応募しようかを悩んでいました。
 思い切って説明会に参加したものの──ここにもまた、自分の求める答えはありませんでした。

 私が説明を聞きにいったのは1994年だったのですが、それはちょうどあの「ルワンダ紛争」の後でした。
 ルワンダ紛争について、私はあらゆるジャーナリズム誌を読んでいましたが、「何故、このような争いが続いているのか」そのこと自体が非常に疑問だったのです。
 しかし、いざ海外青年協力隊の説明会に参加しても──その私が抱いていた根本的疑問、「何故、人は争いをやめないのか」という答えは出ませんでした。
 その答えが出てからでないと、参加しても「私の目的は、達成されまい」──そう思えたのです。

 結局、私は申込みを見送り──大学でもう少し疑問を解く為の研究をしよう、そう決意し直しました。
 いわば、私は社会の傍観者になった気分でした。
「何がこれから起きていくのか。そして、『どうなっていくのか』を見極めたい」そんな思いがあったのです。

 そして──1995年。
 オウム真理教地下鉄サリン事件が起きてから、すべてのことが「一転」しました。
 それまでもてはやされていたカルト教団達も、いっきに評判は落ち──それと一緒に「精神世界」に関わる本が、いっせいに書棚から姿を消したのです。
 当時、オウム真理教信者がインド哲学科に多く所属していたことから、私の大学もかなり警察から目をつけられていました。実際、私の友人何名かは警察から職務質問され、ある友人の自宅には「近所から『オウム真理教じゃないか』と通報があった」と言って警察が来たこともあった程です。
 その翌年の就職内定率も、インド哲学科はいっきに低下したそうです。

 ──これは、一種の「差別」だ。

 そう思いました。
 私が、昨今スピリチュアルブームと言われていても自分が容易に自分の体験や精神に関する用語を口に出さなかったのは、オウム真理教事件で、人々が一斉に手のひらを返す様子をあからさまに見ていたからです。
 「不可視の現象」については、誰も共有出来ません。
 だからこそ、慎重に伝えていく必要があるのです。
 ましてや、「未来はかくかくしかじか、こうなるんだ!」「地球はアセンションした後、こうなるんだ!」とはっきり言い切ってしまえるものではありません。

 神でさえも決断出来ないものを、何故、ひとりの人間如きが断言出来るというのでしょう?

 カルヴァンの予定説が覆され、確実とされる未来は「何ひとつないんだ」ということを知った現状の中、「未来はこうなる」「数年後はこうなる」と断言することの危険性を、多くの方にご理解頂きたい──そう思います。
 断言すればする程、そこに摩擦が生じてしまいます。
 イメージすることはとてもいいことですが、「イメージすること」と「こうなる!」と断言するのとでは、明らかに異なります。前者は個々人の自発的行為によるもので、後者は「他者の言った言葉に依存するだけ」になってしまうからです。
 断言は「カルト教団」に繋がりかねない危険を含んでいますが、イメージはあくまでも個々人に委ねられています。
 その明確な差を、私はこの事件を通じて学んだように思えました。

 1990年代は、日本だけでなく世界中が、様々に揺れ動いた10年間でした。
 いえ──厳密に言えば、1989年。東西ドイツの統一、ソ連の崩壊、そして日本は昭和が終わるなど、この時からすでに時代の夜明けが象徴されていた──そう思います。
 1991年のイラク戦争に始まり、多くの紛争。
 そして、自然災害も含め、この10年間にあったことを書き出すだけでも大変なのではないかと思えるぐらい、世界的に様々なことがありました。
 不可視の世界から離れ、可視の世界のみに生きていた私にとって、「現実世界というのは、ここまでに目まぐるしい変化をするものなのか」と思わせた程です。

 しかし──よもや、それさえも凌ぐような世界的事件が勃発するなど、当時の私は予想だにしていませんでした。
 それこそが、あの9.11──21世紀最初の年である2001年に起きたのです。

 その日が、私にとって人生における、大きな転換期となってしまいました。
 当時31歳になっていた私は、可視の世界のみに生きていくすべを見つけ、普通に生活していました。もし、9.11がなければ──私は今でも、普通に主婦をこなしていたと思います。

 私は9.11を境に、「このままでは、世界は滅びてしまう」という強い危機感から、再び独身に戻って、9.11の真相と、同時に「どうすれば、世界を向上させることが出来るのか」を模索し始めました。
 私は、ただひたすら「どうすれば、これ以上の悲劇を止められるのか」そのことだけを意識して、生きてきました。
 しかし、それが回り回って──不可視世界との繋がりの復活に結びついてしまったのです。(体験談・最終回へ続く)


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【体験談7】失われた霊感

 私の高校時代は、生死を見つめさせられる体験と──同時に現実側面では、友情による葛藤の続く日々に明け暮れていました。
 私の通っていた学校が看護科だったという特殊性もあるのか、感受性の強い生徒が非常に多く、その分、情緒的に不安定な人達も見受けられました。私の友人も突然衝動に駆られ服毒自殺未遂をした程で、救急車で運ばれたことがありました。一命はとりとめたものの、何故突然そうした行動に出たのかは依然謎のままです。

※余談※
 私は例え友人といえども、本人から告げられるまでは、いっさい相手の深部に触れるようなことを訊いたり、口にしないタイプです。(お節介嫌い派、とも言います。人によっては「冷たい」と思うこともあるでしょうが、基本的に私はただ見守っているだけのタイプです。) 
 逆に、その子もいっさい私に愚痴ひとつ言ったことがありませんでした。
 趣味も価値観も違えば、同じクラスになったことさえない彼女と行動を共にする機会が多かった理由は、その子も自分同様、自虐的行為に及んでも他者を絶対に攻撃しない──その上、相手に依存するようなタイプではないことが、何となく伝わってきたからかもしれません。


 友情や周囲に翻弄される日々は、楽しくもあり──また、苦痛でもあります。
 どんなに自分が精神的に一定を維持しようとしても、外部によって一日の印象が大きく変わることなど多々ありました。まるで、天候ひとつで左右される船旅に出ているかの気分です。
 それに加え、私は霊的現象にも悩まされていたので、私の内面を大きく揺るがす原因は沢山ありました。それでも乗り越えられたのは「音楽」という生き甲斐があった──これに尽きると、そう思います。

 私は高校を卒業した後、一年間だけ看護婦で働きましたが、その後は試行錯誤に入っていました。
 音楽を純粋にやっていきたいという思いの反面、「色々なことを、経験してみたい」という衝動もあったからです。
 その為、あらゆる職業を体験しました。
 奇しくも、時代はバブル絶頂期。求人は山のようにあった頃です。3K職場(きつい・きたない・きけん)と言って、どんなに求人を出しても「集まらない」と嘆く企業もたくさんあった程です。今では信じられない状態ですね(苦笑)。
 音楽を勉強する傍ら、子供の頃に感じたようなとても素晴らしい体験をしたり(参照:天界の音楽)、様々な紆余曲折がありました。
 相変わらず霊現象は続いていましたが、それでも「自分の中で、何かが変わりつつある」のが実感出来ていたので、恐怖はほとんどなくなっていました。

 季節は瞬く間に過ぎて、私も気がつけば21歳になっていました。
 ある日──私は、東京で有名だという占い師に観てもらったことがありました。
 それは「たまたま」に近い感覚でした。ひとり遊びに行った先で不自然な行列を見かけ、そこに「占い師の看板」があったのです。
 私は様々な自分の体験を紐解く一環で、「占い」も研究していました。鑑定自体はほとんどやってもらったことがなかったのですが、占術の研究に関しては10歳の頃からしていたぐらいです。
 その為、占術の種類や方法については当時から非常に詳しかったのですが──そこに書かれていた占い技法は、今までに見たことのないものでした。

「霊感占い」

 これじゃ、何で占うのかまったく分かりません。
 何となく好奇心をおぼえたので、何時間待つことになるか分からない行列の一番後ろにつきました。待つことがさほど苦痛じゃない私は、鞄から本を取り出すと、そのまま読書に耽ったのです。

 ──ふと。
 視線を感じて、顔をあげました。ブースの中にいる占い師が、じっと私を見つめているのに気がついたからです。
 私は「偶然だろう」と思い、視線を再び本に戻しました。
 しかし、何度も視線を感じるので再度顔をあげたところ、またその占い師が列に並ぶ私のことを見ていたのです。

 私はとりわけ美人でもないし、背丈も高くなければ(むしろチビです)、スタイルがいいわけでもない──言ってしまえば「十人並み」の容姿です。
 ですので、何故あのように見られるのか分からなかったし、そういうことにも慣れていないので照れを感じました。意識しないよう、ひたすら読書に集中した程です。
 しかし、「何故、占い師が私のことを見ていたのか」──自分の番になってようやく、理由がわかりました。彼は、私が座るなり開口一番、こう言ったからです。

「あなた──霊感が強いね」

 正直言って、驚きました。
 私が質問を言う間もなく──用紙に生年月日を書き込もうとしている途中で、いきなりそう言われたからです。
 自分がひた隠しにしていた事実(当時、すでに何名かの友人には明かしていましたが)を指摘され、私はただ「はい、まぁ……」としか言えませんでした。
 はっきり肯定したわけではなかったのですが(当時から、そういうことを自慢したり得意げに話す人間が大嫌いだったからです。自分は絶対にそうなりたくない──そう誓っていました)、その占い師の人から告げられた言葉は……想定さえ出来ないような言葉でした。

「あなたの力は、これからますます大きくなる。その力を、もっと人々の為に使いなさい」

 私は言葉が出ませんでした。
 何故なら、相談内容は「これから、どうやって音楽活動をしていけばいいか」だったからです。音楽活動と霊感を使って人々の為に──では、雲泥の差どころの話ではありません。
 ですので、私ははっきり告げました。
「いえ──。私は、音楽をやっていきたいのですが──」
「だったら、音楽を続けながらその力を使えばいい」
 とりつく島もありません。

 占い師の言葉は、私の霊感の使い途に集約されていました。
 しかし、私は当時の(今もそうですが)霊感師のほとんどを信用していなかったので、どこぞの先生の弟子になるというのはまっぴらごめんでした。
 すると、その占い師はこう言ったのです。
「君の力は、占いにも使えるだろう。なので、私の弟子になりなさい」
「──はぁ……」

 全然私は、本気じゃありませんでした。
 しかし、その占い師はかなり本気です。「今日の夜、○○で会合が開かれるので出席する。あなたも、そこに来なさい」とまで言われました。
 私は笑って誤魔化すと、その場をそうそうに去りました。

 自分が何も言わないのに、彼には「私の力」が見えていた──その時点で、その占い師が「ホンモノ」であると、私は感じていました。
 しかし、当時の私はそうした「師弟関係」というのが大嫌いだったのです(これは今でもそうですが)。
 誰しもが教師にもなり得るし、弟子にもなり得る──万物から人は学び、事象からも人は学ぶ。賢者が幼子に学ぶことだってあるだろうというのが、私の考え方だったからです。一方的な「師弟」という上下関係の考え方自体が、私の肌にあわないものでした。

 ところが──。
 その占い師の言ったことが、「事実」となってしまったのです。

 それから一ヶ月もしない頃。
 私は、寝ている最中誰かに「足首」を捕まれました。
 その現象だけなら「いつものこと」で流せるのですが、いつもと違ったのは、まったく恐怖がなく──それどころか、その手が「闇に浮かぶ、光を放った黄金の手」に見えたことでした。
 その両手が私の足首を掴んだ瞬間、ものすごいエネルギーが私の全身に流れ込んでくるのが分かりました。まるで風船のように、いっきに膨らませられているような感覚です。

 この感覚は、幼い頃に味わったような感覚と「まったく同じ」でした。
 同時に、アメリカに短期留学していた際にメロディを耳にした体験とも近い感じです。

「ま、待って待って! それ以上やったら、私の肉体が弾け飛んじゃうよ!」
 そう叫びたくなるぐらい、何かが自分の中で膨張していくのを実感していました。

 その日を境に──霊を見る回数が激増しました。
 高校時代のような恐怖はありませんでしたが、あまりにはっきりとしているので、自分でどうすればいいのか分からずに困惑した程です。
 例えば──悪霊(あまりこういう言い方は好きではないのですが、妥当な言葉がないので……)が、私の布団の中に潜り込んで来た際、それを蹴飛ばした瞬間足に残った「毛髪の感覚(全身が毛で覆われていたのです。悪霊にこうした毛深い存在は割と多かったように記憶しています)」とか──
 ある家で泊まった際、その部屋からすごい剣幕ではじき出されそうになったこととか──
 友人と旅行した際、友人がトイレに行った間その子の布団に座っていた少女の姿が、可視と見紛う如くはっきり見えたりとか(友人に少女はまったく見えず、普通にそのまま寝てしまったそうですが)──
 あげれば、キリがありません。

 恐怖がなくなった分、私はかえって冷静にその現象を見つめ返すようになっていました。
 それと同時に、占い師に言われた言葉が脳裏に刻み込まれて仕方なかったのです。

「確かに──これほど強くなってしまったら、他者の為に役立てるべきかもしれない……」

 事実私は、高校時代に「伝えきれなかった辛い過去」がありました(参照:伝えられなかったメッセージ)。あの頃は分からなかったものも、今であれば分かるかもしれない──そう思うようになったのです。
 でも、その為にはやはり「熟練した存在」のもとで修行をする必要がありました。どんなに師弟関係が嫌であったにせよ、こればかりは独学出来ない。
 それに、独学は危険すぎる──そうも思いました。
 当時すでに多数の霊を見ていたので、おぼろげながら霊にも個性があるというのを実感していたからです。
 一律に同じ除霊は出来ないし、同じ方法で浄化は不可能だ──それぞれの霊にあった方法を示さなければならないということだけは、はっきり分かっていました。

 私は悩んだ挙げ句、占い師が示した通り「霊感を役立たせる道を選ぼう」と決意しました。
 人々の為だけではありません。迷った霊達の為にです。
 私は、自分が有名になるということにはまったく興味がありませんでした。名誉、肩書き、権威──そうしたものは、幼少時から「クソくらえ」と思っていたからです。そうしたヒエラルキーが、私は不自然だとさえ思っていました。
 私は純粋に、「迷って、自分にすがってくる霊を成仏させたい」という思いから、役立たせる道を決意したのです。

 ──ところが。

 それを決意した「翌日」。
 目覚めた私の視覚が、いつもより「クリア」になっていることに気付きました。
 クリア──というよりも、「物質の形状」が明晰に見えているという感じです。
 今までは、どこかその形状がぼんやりしていたように思えたのですが──妙にクッキリ見えるように思えたのです。
 当時の私の視力は、左目2.0、右目1.5だったので、突如視力があがった──ということでもなさそうです。

 最初は、何が起きたのか分かりませんでした。
 しかし、ひと月ほど経過してから、改めてその変化の実状に気付いたのです。

 私は、突如霊感を失っていました

 何故そんなことになったのか、今でも説明がつきません。
 しかし、明確に覚えているのは──視覚がクリアになったことに気付いて以降、それまで日に数回、頻回にあった霊的現象が「ピタッ」と治まったことにありました。
 見えなくなっただけじゃありません。「感じなくなった」のです。

 そのことに気付いて以来、しばらく私は困惑していました。
 しかし、それが「感覚」ではなく「事実」であることを実感したと同時に、私は絶望の底に叩き落とされた気分でした──。

 これほど数年間、辛い思いに耐え抜いて──ようやく、自分の力をコントロールする術が見つかりそうになった瞬間。いきなり「力が消失する」なんて──そんな酷い話ないじゃないか!
 私は誰にともなく、怒りをぶつけました。

 私に残されたのは、物質と表層的価値観にまみれた「可視世界のみ」でした。
 これがどれほど心細く、どれほど孤独なものか──表現のしようがありません。
 高校時代、恐怖と闘いながらようやくここまで辿り着いたのに──辿り着いて、ようやく助けてくれる存在の手を掴みかけたその瞬間、「その手を放された」ような感覚です。

 私は、自分の中に「力の残骸」を探すのに必死でした。
 しかし、そこに広がるのは何もない空虚な大地で、時折灯が見えたとしても、それは残り火のようにすぐ消えてしまうだけでした。

 突如盲目になった人のような気持ちで──私は、私の力を見抜いた占い師の元に行きました。彼と出会ってから、すでに一年が過ぎようとしています。まだそこにいることを祈って、私はその店に向かいました。
 しかし──彼は、私のことをまったく覚えていないどころか……まったくアテの外れた返答をしたのです。
 それは、私の能力がなくなったからなのか──或いは、彼の能力の限界だったのか、今でも答えは出ていません。

 何も感じられなくなった私からすれば、「あの頃は、幻覚の中で生きていただけなのではないか」という疑念さえ過ぎりました。
 しかし、自分の体感に嘘はつけません。自分で見てきたものは事実だし、味わってきたこともすべて事実だった──そうとしか、言いようがないからです。
 それでも、絶えず疑念は寄せては引き、また寄せては引きを繰り返すばかりです。

 すべては、意識の生み出した産物でしかない──そう言ってしまえば、それまでかもしれない。しかし、この答えは誰にもおそらく出せないでしょう。
 当時の私にひとつだけ言えたことは、「私はもう、可視の世界のみで生きるしかない」ということだけでした。

 そこから、私にとって「現実世界における試行錯誤」が始まりました。
 それは、力が復活する36歳前後──約14~15年近く続いた、新たな試練の時期です。

 当時は非常に辛かったですが──今にして思えば、納得出来ます。

 私は不可視の存在から解き放たれて、一度可視の世界のみで生きることが必要だったのでしょう。
 それまでの私の経験では、この現実世界(可視)における真実も見えなければ、不可視の世界における完全な参入もまた不可能だったのかもしれません。

 大切なのは、可視世界・不可視世界──両者をバランスよく受け入れることなのだろう、そう思います。
 目に見えないからといって闇雲に否定するのではなく、また、目に見えることだけを盲信するのでもない。
 その両者をうまく混合させることこそが、一番の真理に近いのではないか──そう思えます。
 まさしく、陰陽図そのものですね。「目に見えない世界」と「目に見える世界」が、互いにぐるぐると廻っていく──これも一種の二元性、と言えるかもしれません。

 私は21年間、「不可視の存在」と共に生きてきました。
 ですので、その後14~15年にかけて、今度は「可視の世界のみで」生きる必要があったのだろう──私はそう解釈しています。(体験談8に続く)


【お知らせ】
 すみません──、昨日もお休みを頂いてしまいました……。
 メールも相変わらず返信が遅れております。大変永らくお待たせして申し訳ありませんが、今しばらくお待ちくださいませ──。


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【体験談6】伝えられなかったメッセージ

【8月10日19時追記】
 本日、および明日11日は、諸事情により更新をお休みさせて頂きます。
 「体験談7以降」は、12日以降引き続き掲載致します。



【ご注意】
 今回の内容は、心霊現象に深く関わるものです。
 勿論、決してただ単なる負の想念としてや、恐怖を煽って楽しむ的なホラーを目的として書いているわけではありません。当時の私は本当に怖かったですが、でも、真実を知った今となってはとてもせつなく、むしろ口惜しい体験です。
 同時に「死という意味を考える、大きなきっかけになってくれた」と、彼に感謝さえしています。
 「死後」について考えるには大切な体験談と思い公開に至りましたが、感受しやすい方や心霊的な話は苦手という方は、ご遠慮頂いた方がいいかもしれません──。
 何卒、ご自身でご判断頂きますようお願い申し上げます。



 それは、私が高校一年の時──冬休みの前に起きた出来事でした。
 クリスマスもあと数日に控え、私は心なしかいつもより気持ちが浮かれていました。
 長距離の通学において音楽は道中仲間でしたので、私はその日も音楽を聴きながら窓の外を見ていました。

 私は昔も今も乗り物が大好きで、必ず窓際に座りたがる性質があります。
 その日私は、先頭車両の一番前──運転手席の窓から景色を眺める席に腰掛けていたので、ちょっとした特等席気分で外を眺めていました。
 そんな私を乗せて、電車がある駅に着いた時のことでした。
 その駅の先はすぐにトンネルで、小さな踏切をはさみ、またトンネルが続いています。小山の多い横須賀周辺では、このように小さなトンネルがいくつも続くことが多いのです。
 電車が駅に止まっている最中、私は音楽に夢中になりながら運転手席を通して前方を眺めていました。

 ふと、その時。
 トンネル向こうの踏切を、ひとりの少年が渡ろうとしていました。
 少年が何かを確認するような素振りでこちらを向いた際、遠目で私と目が合ったのです。彼がこちらを見ている最中、踏切のまた先に続いているトンネル内には、下ろうとする電車の光が見えました──。

 ──あの子、アブナイことするなぁ。踏切、下りてるだろうに。

 その時は、そんな程度にしか思いませんでした。私はすぐに意識を逸らすと、再び音楽に陶酔します。
 ところが。
 どうしたことか、まったく電車が発車しません。それどころか、にわかに車内が騒然となって、電車の中にいた数人の人達が慌てて外に出てしまったのです。

 ──何があったのだろう?

 さすがに気になった私はイヤホンを外してみましたが、特に車内放送もなく、何が聞こえてくるわけでもないので──諦めて、またイヤホンを耳に戻しました。
 ずいぶんと経ってから、そのまま電車は動き始めました。
「ああ、やっと動いたか」
 そんなふうに思いながら顔をあげた私の前に──異様な光景が広がっていました。

 先程の下り電車が、トンネルの中で停車したままだったのです。
 しかも、運転手席には誰もいません。
 何故、トンネルの中で電車が止まっているのか──何故、運転手席に誰もいないのか。私はよく分かりませんでした。

 私を乗せた電車は、何かを気遣うようにして、ゆっくり車体を動かしていきました。そして、下り電車の最後尾と先頭車両が並んだ時──。

 すべてが、明らかになりました……。
 そこには、先程の少年と思しき遺体があったからです──。
 手も足も、胴体もとどめていましたが──頭部だけが、ありませんでした。

 ──何てことだろう!

 私はまたもや、慟哭したくなるような衝撃に見舞われました。
 しかし、今回はいつもと何かが違うような感覚はしていました。大抵、その直前に何かを感じ取ったはずなのに、私は彼の事故については、「いっさい何も感じなかった」からです。
 当時は、自分が「音楽に夢中だったから」だと思っていました。
 しかし──実はそうではない理由があったということを、後から理解したのでした……。


 翌日の新聞で、その踏切の事故の件が掲載されていました。
 死因は「自殺」とされていました。
 でも、何となく私は踏ん切りのつかない思いも残っていたのです。

 ──自殺をするような人が、確認するような素振りで駅に止まっている電車を見るだろうか?

 私は、彼が轢かれる直前──彼と目の合った最後の人物だったはずです。だからこそ、「自殺をするような人が、果たしてそのような行為をするのかな」という疑問も残ったのでした。
 もっとも、私はそんな自分の考えを「気のせいだ」と打ち消しました。そして、このことはもう忘れよう──それが、彼にとっての一番の供養だ、そうも思いました。


 それから、しばらく経ったある日のこと。
 私は寝ている最中、酷い金縛りにあいました。
 空気はまるですべてに重りがついたかのようにどんよりと濁り、息苦しく、体も動きません。
 いえ、動かない──というよりも、誰かが「のしかかっている」のを感じたのです。
 私は無理矢理、体を起こそうとしました。必死に抗い、意識を出来るだけ明瞭にして「その正体」を突き止めようとしたのです。

 その時、私の目に見えたのは──私の腕を抑えつけている、「誰かの腕」でした。
 二の腕から先は何も見えず、肘から先の部分だけが、ただぐっっと私の腕を掴んで押さえ込んでいるのです。
 しかし、袖口のセーターの色を見た時、消えていた記憶が蘇りました。

 「事故を目撃した少年が着ていたセーターと、同じ色だ!」ということを。

 そして奇しくも──それは、ちょうど事故の一ヶ月後だったのです。
 今となってはそれが何日だったか、明確には覚えていませんが(事故自体は、12月21~23日のいずれかだったのは確実です)──当時ははっきりと、その日を記憶していました。忘れたくても、忘れようがありませんから。

 やっぱり、迷ってしまっているのか。自殺してしまったが為に──。
 私はそう思いました。
 でも、「彼が何を訴えてきているのか」までは、分かりませんでした。
 私はひたすら、心の中で彼に「死んでいること」を伝え、「どうか、安らかに眠れるように──」と祈ることしか出来ませんでした。


 たいていは、一回程度現象が起きても後には引きずらないケースが多いのですが、今回ばかりは続きました。
 それからまた、ちょうど一ヶ月後
 私が真夜中に目覚めたその瞬間──はっきりと少年の声が聞こえたのです。 

「死にたくねぇよ──!」

 それは、どこから聞こえたのか位置さえも分かるほど、明確な「肉声」でした。
 その場で誰かがいるかのように、「聴覚」が声を認識しているかのようでした。
 私は恐ろしくなって飛び起きると、すぐさま照明をつけました。
 部屋が明るさを取り戻した中で、ひたすら祈ることしか出来なかった──それほどまでに、怖かったのです。


 そして、事故からまる三ヶ月がたった日──。
 私は、今までにない、最も恐ろしい体験をすることとなったのです──。

 その日、私は寝ている最中、またもや金縛りにあっていました。
 ですが──今回の金縛りは、いつもと様子が違います。
 しかも、頭が、割れるように痛かったのです。
 体は「金縛りにあっている」というよりも、もう硬化した石のようになって身動きひとつ取れませんでした。

 ──何? 何でこんなに、頭が痛いの!

 しかも、私の周りで何やら声が聞こえます。複数の男性の声でボソボソと、遠くで喋っているようでありながら──でも、彼らが自分の周りを歩いているのがわかったのです。

 ──何? 一体何なの? 何がどうなったのか、説明してよ!

 私はそう叫びたい気持ちでした。
 私の周りを彷徨いている男性達は、何か相談しあっているような様子でした。その一部の声が「自殺か?」「いや、わからない」というニュアンスの話をしていたことも、記憶しています。

 ──もうやめてよ! 誰か、何とかして!

 そう思った──その瞬間。
 私の腕が、誰かに持ち上げられました。まるで、「どこかに運ぼう」としているかのように。 
 その触感は、明らかに「軍手」でした。
 使い古されたような軍手の感触も、私の中ではっきりと認識出来たのです。
 こうした体験で「触感」を味わったのは、この時が初めてでした。

 私はこの恐ろしい体験から抜け出そうと、必死に藻掻きました。
 僅かに光が見えた瞬間、私は自分の意識を呼び起こすと、恐怖が拭えないままの体を引きずって、ベッドから這い出た程です。

 私には、この現象がはっきりと理解出来ていました。
 私は、あの少年の「亡くなった場面」を、追体験させられたのです。
 もうこんな恐ろしいことを繰り返されていては、私もどうにかなってしまう──そうも思いました。
 また同時に、毎月の命日にメッセージを送ってくるというのは、余程何か伝えたいことが彼にはあるのだということも、理解していました。

 でも、私には彼のメッセージを理解するだけの力が、当時はありませんでした。
 まるで、ただの「ラジオボックス」です。
 受信はしても、こちらからの発信や意思疎通は出来ない──。
 私は、何とかしてこの状況をおさめなければ──と必死に策を練りました。

 そして──姉の友人である、霊感の強いAさんのこと(参照:負の想念が力を変えた)を思い出したのです。

 私は姉に事情を説明し、何とかAさんとコンタクト出来る機会を持てないかと相談しました。姉はすぐAさんに連絡を取ってくれ、Aさんが遠隔で霊視した後、再度私に電話してくれる──ということになりました。

 私は藁にもすがるような思いで、ひたすらAさんからの連絡を待ちました。
 それから数時間が経過してから、Aさんからの電話が架かってきたのです。
 Aさんは開口一番、私にこう言いました。

「その子──本当に、自殺なの?」

 私は正直に、「わからない」と告げました。
「自分も疑念はあるけれど、でも、新聞では『自殺』と報道されていました」
 Aさんはしばらく唸った後、こう続けました。
「彼の伝えてきたいことは、私にもあまりよく分からなかったけれど──でも、とにかく彼はひどく『混乱』していたよ。自分に起きたことを理解したくて藻掻いていた時に、霊感の強い由羅ちゃんの元を頼って来てしまったみたい」
「──彼は、どうなったんですか? もう大丈夫なんでしょうか」
「うん。しばらく説得に時間はかかったけれど、彼のおばあちゃんが迎えに来てくれたから、もう大丈夫だよ。これからは、もう由羅ちゃんに出てくるようなことはないから」

 私はその言葉を聞いて、心底安心しました──。
 そして、もうひとつ──ずっと思っていたことを、Aさんに打ち明けました。

「Aさんは、私が子供だった頃、『能力を封じ込めた方がいい』って言ってましたよね? それ、やってもらえませんか? 私はもう、こんな辛い思いをするの──本当に嫌なんです!」

 ──それは、心底の叫びでした。
 もうこれ以上、人の死を見るのも──
 そして、その人の訴えを聞いても「何も出来ない自分」というのも、嫌で嫌で仕方ありませんでした。
 しかし、Aさんから出た言葉は、残念ながら期待に沿うものではありませんでした……。

「もうここまで力が大きくなってしまったら、封じ込めるのは無理だよ。でも、必ず力が安定する時期が来るから、それまで耐えて」

 私はがっくりしてしまいました。
 ああ。一体どこまで、耐え抜けばいいのだろう──と。(しかも、この時のAさんの言葉の意味を、36歳以降になってから知ることになるとは、予想だにしていませんでした。)
 Aさんにも、彼のメッセージは伝わりきらなかったようですが、それでも、あれほどまでにアプローチしてきたということは絶対に何か、言い残したことがあったはずだと、私はそう思っていました。
 それが分からない自分も嫌だったし──「それが理解出来ないぐらいなら、こんな力ない方がいい!」
 どれほど、そう思ったことか。

 目の前で助けを求める人達を助けられないことほど、辛いことはありません。
 誰かがまるで意図的に、「助けられない苦しみ」を私に味合わせているのだろうかとさえ思えました……。


 そして──日々は、再び流れていきました。
 Aさんはその後も絶えず、私の状態を気に掛けてくれているようでしたが、その少年の一件ほど酷いことはなく、また、その体験を通じて私自身も恐怖を乗り越えた(というか、麻痺した──とも言えるのかもしれませんが)部分があったので、小学校時代の苦難の時期同様に、何とか自力ではい上がりつつありました。

 そんなさなか。
 思いがけないところで、すべての真実が明かされたのです。


 それは、高校二年生の冬の時期。たまたま通学路を一緒になった友人と、学校まで喋りながら歩いていた時のことでした。
 その友人が、ふとこんなことを漏らしたのです。

「──もうすぐ、友達の命日なんだ……」

 それは、本当に普通の会話の中でのことでした。
「──そうなんだ。その友達は、同い年?」
「うん、そう」
「──それは気の毒だね。何で亡くなったの?」
「事故で」
「事故? バイク事故か何か?」
「ううん。『電車』──」


 その瞬間。
 私の全身に、電撃が走ったような感覚がしました。
 私は硬直し、何も言えなくなってしまいました。何か直観めいたものが、私の奥底で蠢いていたからです。
 無言になった私を気にとめず、友人は話を続けました。


「警察は、『自殺だ』って言うんだけど──でも、私や他の友達は『絶対にそうじゃない』って、確信してるの。
 だって、彼は幼い弟と妹がいて、病気のお母さんもいて──それを理由に進学を諦めて、一生懸命働いていたような子だったんだもん。
 ちょっと不良だったっていう理由だけで、ちゃんと調べないで自殺にされちゃって──」

 私はそこで、友人の言葉を遮っていました。

「ねぇ──。もしかしてそれ、S駅近くの踏切の事故じゃない?」
 私がそう言った瞬間、友達は愕然としました。
「何で知ってるの!」


 その瞬間──私は通学路の途中にも関わらず、人目も気にせず泣きだしてしまいました。
 突然泣いた私を見て、友人は慌てふためいていましたが──哀しくて哀しくて、仕方なかったのです。
 何故なら、1年経ってようやく、彼が「何を伝えたかったのか」理解したからです。

 でも、そんなじゃ「遅すぎた」のです。
 彼は、伝えたいことが「いっぱいありすぎた」のでしょう。だから混乱し、私にもAさんにも、具体的に何を伝えたいのかがわからなかったのかもしれません。

 彼は、自殺なんかじゃない──明かな「事故」だったのです!
 彼が「確認するように見た」のは、踏切が下りている理由が駅で止まっている電車の踏切だということを確認する為だったのだと、ようやく分かりました。彼はよもや、反対側から来る下り線の電車の為に踏切が下りているとは、思っていなかったのです。
 彼は、「駅に止まっているから大丈夫だ」と安心して──踏切をくぐってしまっただけだったのです。 
 にも関わらず、それを自殺とされてしまったのです。
 残された弟、妹──そしてお母さんの痛みを思ったら、私は居たたまれなくなりました。

 考えてもみてください。突然、家族が亡くなって──その理由が「事故」「自殺」かでは、まったく意味が違うのです。
 遺族にとって、それは「同じ死ではない」のです!
 もしも、自分たちの為に身を犠牲にして働いてくれていた兄が死んだら──弟や妹は、何て思うでしょうか? お母さんは、何て思うでしょうか?
「自殺したのは、『自分たちのせい』かもしれない」
 そう思ってしまうかもしれないのです。

 彼が言い残したかったこと──「自分は、自殺じゃないんだ」というメッセージ。そして、自分がいなくなることで残された家族への想いなど、たくさんのことが詰っていたのです。
 彼の言った「死にたくねぇよ」という言葉──あれは、明らかに「家族への配慮だった」ということが、ようやく分かったのです。
 自分が死んだら、残された家族はどうなる?
 そんな想いがあったら──死んでも死にきれません。
 あれほど強いメッセージを私に送ってきたのは、当然のことだったのです。

 にも関わらず。
 私は、彼の追体験をしたのに──それを見抜けなかった……。
 私は、自分の鈍感さにも本当に嫌気がさして──悔しくて、そして哀しくて、涙が止まらなくなったのでした。

 突然泣き出した私に対して、どうすればいいのか分からなかった様子の友人でしたが──私は、思い切ってすべてのことを話しました。
 そして、はっきりとこう告げたのです。

「彼は『自殺じゃない』。明らかに『事故だった』んだよ。彼はそれを、私に告げたかったんだ──」と。

 友人は、しばらく無言のままでした。
 その友人は優等生で、理性で受け入れられるもの以外は信じない──というタイプの人でした。
 そんな彼女が、私にこう告げたのです。
「私……今まで、こうした心霊の話とか聞いても絶対に信じられなかったけれど……今の話は、すごく信じられる気がする。
 確かに、友達は自殺じゃないんだって──それが分かっただけでも、本当によかった……」と。
 私は、友人に「是非、彼のご家族にそのことを告げて欲しい」と言いました。
「自殺じゃない、事故だったんだよ」ってことを──。


 友人がそのことをご家族に告げたのか、私はあえて確認はしませんでしたが──でも、決して「悪いようにはなってないだろう」そう信じたいです。
 友人から聞いた彼の生き様は、本当に素晴らしいものでした。不良と呼ばれる存在ではあったものの、とても優しい人で、絶対に弱い者虐めをしたり乱暴をするような人ではなかったそうです。
 しかも、とても家族思いの、暖かい人でした。父親がいなくて病気がちのお母さんの代わりに、自分の進学を諦めて中卒で働いて、そんな中、幼い弟と妹の面倒をみていたなんて──本当に、今思い返しても立派だと思います。
 彼はきっと、今はもう不可視の世界で幸福な人生を送っているに違いない──私はそう、確信しています。

 もし「肉体が死んだら、すべて終わり」なのであれば──私がしたような体験は絶対に、起こりえなかったでしょう。
 もし、私のした体験が「ただの幻覚」だったのならば──よもや、友人の証言と一致するようなことは起こらなかったでしょう。
 彼は肉体を失った後も「尚」存在し、そして、私に「メッセージ」を伝えてきていたのです。

 死んだからって、終わりではないのです。
 むしろ、「そこから先の方が本番だ」と、私はそう思っています。
 その「本番」でどういった世界に行くかを決める為に、私達は今、この世という修行の場に来ているのだと、私はそう解釈しています。
 だから、どんなに辛くても「生きた方がいい」──。
 私は、死んだ後の世界が「どのようなものか」もこの目で見てきたから──そして、未練や負の想念を残して死んでいった人達の世界がどのようなものかも見てきたからこそ、実感してそう言えます(この体験は、また後日UPします)。

 修行は、どんなものであれ「辛くて当然」なのでしょう。
 むしろ、「辛い体験を笑って乗り越えられるようになる為に、自分たちはこの世に生を受けたんだ」──そう思った方が、私達にとって生きる勇気に繋がるように思えます。(体験談7に続く) 


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【体験談5】「死」と対面させられた高校時代

 高校進学先を決める際、「ゆくゆくは、地球の役にたてるような進路」を願っていたのと同時に、私は「家庭環境から解放されること」も強く望んでいました。
 私の父は、子供を「自分の思い通りにさせないと気が済まない」というタイプの人でした。
 長女だった姉などは、本来自分が進みたかった道とはまったく違った道を、否応なしに無理矢理受験させられていた程です。
 私は、両親が姉を雁字搦めにしているのを見て育っていたので、「自分は絶対に、そうされたくない」と思っていました。
 姉は両親に従順でしたが、私は徹底的に反抗しました。親の言いなりにしかなれない人生なんて、まっぴらご免だったからです。
 それは完全に「親のエゴでしかない」とも思っていました。
 本来の親の正しい愛は子供を自立させることであって、言いなりにさせることでもなければ「子供の人生を勝手に決めること」でもない──そう私は感じていたからです。
 私が望んでいるのは「私の将来」であって、「親の将来」ではありません。親の締め付けがどんどん厳しくなっていく中で「親の手の届かない遠くへ行きたい」と、私は強く願うようになっていました。

 そんな中、「ある高校に寮制度がある」という噂を聞き伝手ました。
 しかも、その高校は普通科でありながら看護科も学べるという高校で、日本でも有数とされる特殊な学校でした。また、受験制度も「ひとつの中学校からひとりしか受験出来ない」という、変わったシステムになっていました。要するに「内申書による推薦がある生徒以外、受け入れない」という姿勢です。

 今となっては「寮」という文句に吊られたのか──もしくは「看護師になれば、アフリカなどの地域に海外派遣される可能性も高い」と思ったのか、どちらが動機かは不明瞭です。
 ……でも、おそらく前者の理由の方が割合は大きかったでしょうね。
 父親も、その進学先については承認してくれました。
 父親が本来描いていた子供の将来は、「医者か教師だけ」だったのです。それ以外の将来は、すべて「NG」でした。
 でも、看護師というのも「将来的にも経済的にも安定しているから」という理由で、許可がおりたのです。呆れる程に打算的理由でしかありませんが、ひとまず私は自分の要望(親の望むものとは、まったく違う要望ですが)が通ったので、一安心でした。

 私以外にもその高校を目指したいとする生徒は大勢いましたが、幸いにも私は、その中学校からひとり選抜してもらうことが出来ました。
 ただし、残念なことにその学校の寮は附属の短大生のみが使用出来て、高校生は使用不可だ──ということが分かったのです。
 それでも、学区内の高校に通うよりは遙かにマシだと、私は思いました。
 父は高校の教師だった為、学区内であればどの高校に行っても父を知らない人はいませんでした。そんな環境で過ごすぐらいなら、寮がなくても「父親のことを誰も知らない、遠くの学校がいい」──そう思ったのです。

 こうして、私の遠距離生活が始まりました。
 その高校は神奈川県のほぼ中心(横浜市内)に位置していた為、電車を40分以上乗った上でさらに乗り換えて20分近くかかります。今まではほとんど電車など乗ったことのない私にとって、これは大きな日常の変化でした。

 そんなある日のことでした。
 私はいつもと変わらず、ラッシュの中で椅子に座りながら、窓の外を眺めていました。
 その時、何か車内放送が流れたようでしたが、私は音楽を聴いていたのでちゃんと聞こえていませんでした。別段特に気にせず、そのまま外を眺め続けていたところ──突然、異様な光景が目に映ったのです。

 まだ駅にたどり着く前だというのに、何人もの駅員の人達が線路の周りを右往左往していました。
 反対側を走る下りの電車は中途半端な位置で止まったままで、どことなく緊張感の漂う雰囲気だったのです。
 そして──その脇には……鮮血に染まった「人の遺体」があったのでした──。
 シーツがかけられていたのですが、風で飛んだのか──或いはきちんと直視出来ずにかけたのか、ほとんど露出していたのです。
 それは、哀しくも──人としての姿を、まったくとどめていませんでした……。
 男性か女性かさえも、全然分かりません。

 私の中で、一瞬にして悲痛な想いが過ぎりました。
 もう二度と、こんな光景は見たくない──強くそう思ったのです。
 ところが──私は、それ以来何度も、そうした場面に遭遇するようになってしまいました。
 まるで「死の意味を知れ」。そう言われているかのように──。

 私と同じように、遠距離通学のクラスメイトは大勢いましたが、私のように、頻回にそうした人身事故が起きた現場に出くわすような人はいませんでした。
 そして、私はただ現場に出くわすだけではなく──まだ死にきれていないと勘違いしている霊達のことも、目撃するようになりました。
 いわゆる「心霊」というものに対しての感受性が、大きく開かれてしまったのです。
 中学時代の三年間は無難に過ごしていたものの、高校時代以降私が出逢う不可視の存在達は、何かしらこの世に未練を残していたり、或いは助けを求めている存在ばかりになってしまったのです。
 それは、私にとって「死」と対面することを意味しているかのようでした。
 生前、死の意味を深く考えず──或いは「生命の本質の意味」を考えないで亡くなった人達の多くが、私にすがってきました。
 しかし、私はただの高校生です。
 除霊も出来なければ、供養も何も出来ず──ただただ、恐怖に怯えることしか出来ません。
 助けてあげたくても、彼らに私の声は伝わらないのです。お互い、一方的な会話の投げ合いだけをしているような感じでしかありませんでした。
 
 自殺は、ただ「自分を死なせる」だけではない──ということも、よく分かりました。
 周りの家族、身内、発見した人、色々な人達に、影響を及ぼすものなのだということも。その当時、私は遺体の第一発見者にもなっていた為、身内である奥様の痛みを思うと、「亡くなられた本人だけが辛いんじゃない。『残された方』だって、同じように辛いんだ」ということを、考えずにはいられなかったからです。(参照:無意味な法律は、魂のコミュニケーションまで奪いかねない

 今、日本は自殺大国と言われてしまっていますが、「こころの戦争状態」なのだと、そう思えます。
 日本は紛争もなければ、飢餓もありませんが──「自殺に追い込まれる命が多数ある」ということは、「精神という内側で、紛争が起きている」のと大差ないのではないでしょうか?
 何故、このような悲劇ばかりが、繰り返されるのでしょう──。
 きっとその理由は、あまりにもこの世界で正しく生命と死の意味が語られていないからなのだと、私はそんなふうに思えます。
 戦争が終わった後、日本は高度経済成長を経て奇跡的な経済復興を経ましたが──その一方で「大切なこころ」を置き去りにしてきてしまったのかもしれません。
 それは、「生命を慈しむ」というこころ──。

 生命は、宇宙から授かった大切なもの──大切な地球の一部です。
 それを、「辛い」というだけで捨ててしまうようなことがあってはいけないのだと、そう思えるのです。
 人がひとり自殺すれば、その分だけ地球を自殺に追いやっているんだと、そのぐらいの危機感を持って、もっと社会全体で自殺増加を食い止めるべきだと、私は本当にそう思います。

 昨日、偶然か──或いはサインのひとつだったのか、こんな記事を見つけました。

自殺者、11カ月ぶり増加

 私は、こうした報道を何度繰り返しても「結局、自殺者を止められない現状」の方に疑問を抱いているので、記事そのものには注目していませんでした。──が、目をとめたのは「コメント欄」の方です。

「その人間が死ぬ事で苦しみから解放されるならば、自殺してもいい」

 その考え方こそが、「間違った死の概念から来た考え方」ではないでしょうか?
 自殺する多くの人は、苦しくて──現実世界から逃げたくて、死ぬのはよく分かります。
 その辛さも、私自身が辛い人生を歩んできたからこそ、痛みもよく分かります。
 でも、だからこそ、現実世界だけがこの世界ではないということを、知って頂きたいのです。(私は今後、そうした「死後」についても、論理的に証明出来る方法を試みようと思っています。)
 この世界がどういう世界であれ、そのこと自体に意味はなく──「そんな苦悩の世界の中で、如何に理想的な生き方を目指すことが出来たか」。
 このことの方が遙かに尊いことだと、私には思えるのです。

 私は、何度も死と対面してきました。
 その中で、数々の霊障も受けました。
 そうした霊障を受けると、「自分も自殺したくなる衝動」に駆られるのです。
 これがどれほど恐ろしいものか──何て表現していいのか、わからない程です。
 確かに、現実社会は苦しいです。
 辛いです。
 でも、辛さばかりに注目しても、何も変わりません。
 それならせめて、「このおかしな社会を変えていこう」ということへ目を向けていった方が、遙かに建設的です。
 そうでなければ、同じ悲劇を何度も何度も、繰り返すしかなくなってしまうからです。

 今は、自殺に対するNPOなども多数あって、一部の人達が真剣に「自殺を食い止めよう」と働きかけていますが──おそらく「一部だけでは、足りない」のでしょう。
 社会全体が一丸となって、この問題に取り組んでいくしかないのだと──そう思えるのです。
 どんなに一部のNPOの人達が頑張っても、社会の中でエゴを突出させた人達も存在する以上、悲劇は繰り返されていくでしょう。
 本当に、ひとりひとりの個人レベルで、この問題と向き合っていくしか──解決法はないのかもしれません。

 私がこれほどまでに、自殺という問題に向き合うようになったのも──こうした「死と対面した時代」があったからこそかもしれません。
 そして、死に対する正式な理解というものがないからこそ、人は容易に命を投げ出すのでしょうし、同時に「亡くなった後、どこへ行けばいいのかわからずに迷う存在になってしまう」ということを、痛感させられたからかもしれません。
 私は、数多くの「どこへ行けばいいのかわからずに、迷う存在」を目の当たりにしながら──でも、「何もすることが出来なかった」のです。
 助けたくても、助けることが出来なかった。それが、どれほど口惜しいことか──。

 そして──そんな中で、私の人生の中でもっとも哀しく、無力を痛感する事件が起きてしまったのでした。(体験談6に続く)


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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

【篠崎の著作本】

アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)
(2010/06/09)
篠崎 由羅

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【第Ⅱ部に篠崎の質問文が一問一答形式で掲載されています】
クラリオン星人コンタクティが体験した アセンション[量子転換]のすべて  宇宙人の人類DNA大変革プログラムクラリオン星人コンタクティが体験した アセンション[量子転換]のすべて 宇宙人の人類DNA大変革プログラム
(2010/10/31)
マオリッツオ・カヴァーロ

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【インタビュー本第二弾】
クラリオン星人から日本人へ 緊急ハートサポート  YKAM 2012:宇宙創造者からの救いの手(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫 3)クラリオン星人から日本人へ 緊急ハートサポート YKAM 2012:宇宙創造者からの救いの手(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫 3)
(2011/09/22)
マオリッツオ・カヴァーロ

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