カヴァーロ氏の写真に対する検証サイトについて

 昨晩、メールフォームより「カヴァーロ氏の写真に対する検証サイトについての質問」がありました。
 私は本来、こうした検証サイトというものをあまり信用していません。何故なら、どのようなものでも、理屈をこじつけることは可能だからです。しかも、いまだ証明されていないものについてその信憑性を紐解くべく新たな証明をするよりも、既存の理屈をこじつけることの方が遙かに簡単だとさえ思えます。

 ただ、私は基本的に「どのように信じるかは、個人の選択の自由である」と考えているし、検証サイトがそうした「個々人の選択の自由を脅かしている」とは考えていません。
 その為、そちらの検証サイトに対するリンクは控えさせて頂きます。批判を目的としているわけではなく、あくまでも「私個人の意見」として述べさせて頂くことに留めたい──そう思っているからです。

 そのサイトでは、カヴァーロ氏が撮影した「クラリオン星人の写真」について検証していました。あるモデルの女性の写真とクラリオン星人の写真を加工し、顔のパーツのラインが一致することを挙げ、「クラリオン星人は、女性の地球人モデルの写真を加工したものだ」というのです。
 しかし、私は「これだけでニセモノと、何故断定出来るのだろう?」と、そちらの方が疑問でした。何故なら「特徴が似ている者同士の顔であれば、ぼやけた写真のラインが一致することはあり得るのではないか」と思えたからです。もしこれを「検証」というのであれば、逆に「似ている地球人同士」をピックアップし、同じように加工して「一部を加工しても、これほどまでに顔のパーツが一致することは『ない』」という例を数多く(それこそ100や200は)挙げて頂かない限り、検証の公平性は測れないのではないか──そう思えるからです。

 それに、何よりも私個人が尊ぶのは行き詰まった人類の未来に対して、新たに道を切り開く為の知恵であって、形ではありません。
 ニール・D・ウォルシュが「神との対話」をしている最中、何度も「あなたは本当に神なのか?」という問いかけをしたのですが、そのたびに神は「もし私が神ではなかったからといって、今受けている情報の素晴らしさに、何らかの影響があるのだろうか?」と言ったのを思い出します(正確な引用文は該当箇所を探す時間がなかった為、割愛させて頂きます)。

 私は、それが「真理」だと思います。
 つまり、その発信者が何者であれ、ホンモノかどうかの価値は発信された「内容」にあるのであって、形には存在しない──そう思っています。
 だから、神との対話の「神」が、実際には神ではなく、牧師の霊だろうがニール氏のご先祖様だろうが、そんなことは「どうでもいい」のです。私たちにとって必要なメッセージであるのなら、それを受け取り、活かしていくまでのことなのですから。
 疑念は、いくらでも出てくるでしょう。欠点が探せばキリなく見つかるように、疑いも探せばキリがありません。
 そんなことをするぐらいなら私は、どうすれば平和な社会が訪れるのか、カヴァーロ氏がクラリオン星人からのメッセージとして与えてくれたことを参考に模索する方が、遙かに建設的だ──そう思えます。

 大切なのは「メッセージ」なのです。
 残念ながら、上記の検証サイトの方は、カヴァーロ氏のメッセージをきちんと読んではいないようでした。
 まず、カヴァーロ氏は「宇宙人研究家」ではありません。そんなことは著書はおろか、浅川氏との対談本でも言ってはいないのです。
 それから、アセンションについても(「量子転換のすべて」でアセンションを鼓舞しているようなカバーになっていたからそう感じたのかもしれませんが、それはあくまでも出版社側の意図でしかありません)カヴァーロ氏は一言もアセンションを確証しているようなことを言っていませんし、いつでもカヴァーロ氏の証言は「○○だと、私は彼ら(クラリオン星人)から聞いている」という言い方しかしていません。カヴァーロ氏の著作を読めば、そうしたことにはすぐに気づけるはずです。
 検証という行為について、冒頭にも書いたように否定はしません。
 ただ、もしも私が検証するのであれば、検証対象者の著作は「偏見のない状態でしっかりと読み込んでから、行うだろう」そう思います。
 文章というのはただでさえ、読み手のフィルターに委ねられます。最初から「ニセモノだ」と思って読めば、どこを読んでもニセモノだと思えてしまうでしょう。本当に意味のある検証は、「曇りのない状態で見つめること」だと、私は思っています。

 それから──ひとつだけどうしても気になったのは……。
 「アセンションに関連した自殺者がでたならば、カヴァーロ氏の責任は重大」と言ったコメントが、引っ掛かっています。
 そうした考え方自体が、すでに「偏見から成り立っている」ように思えてしまったからです。自殺はあくまでも「自己責任」であって、誰かの責任に出来るようなものではありません。自殺に対して「○○の責任だ」と思う考え方は、検証云々を抜きにして考えても「他者に必要以上の責任をかぶせる、危険な発想だ」と私には思えます。(とはいえ、カヴァーロ氏は上記したようにアセンションを煽ってなどいませんので、このコメント自体が本来は成立しないのですが──)
 
 私は上記したように、「未来がより良く変わっていく為のメッセージ」こそを重要視しています。
 しかし、残念ながらそちらの検証サイトでは、そうしたものを得ることが出来ませんでした。
 「目に見える形」は、いくらでも批判の対象になります。いくらでも攻撃出来ます。どのような理屈のこじつけでもすることが出来ます。
 しかし、内在する真理やメッセージは、どんな攻撃を受けてもびくともしません。
 私が尊ぶのはそうした内面であって、形造られているものではないのです。
 とはいえ「形から入っていく」ことを否定しているわけではありません。ただ、前回の記事にも書いたように、「形から入る人は、その形が壊れた時(或いはこうした検証サイトで批判された時)に、手のひらを返して批判者になる」という事実も、悲しいかな多々見てきてはいます。

 信じない人は、どんな真実を突きつけられても「信じない」。
 でも「信じない」ということもまた、与えられた自由です。  
 そこに囚われていては、何も変わらない。何も進められない──
 ……それが、私の「答え」です。


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『生命』を卒業することなど出来ない

 二年ぐらい前のことですが、当時親しくしていた友人がこんなことを言っていました。
「私、スピリチュアルはもう卒業したの!」

 おそらくはこれを読まれている方の中にも、そうした言動を友人なり知人から聞いたという人がいるかもしれません。ですが、実はこの言葉は、その人がスピリチュアルの意味も真髄も、何も分かっていなかったということを証明してしまっているのです。
 何故なら、スピリチュアルに「卒業もへったくれも『ない』」からです。
 スピリチュアル──日本語に置き換えれば「霊性」と言えるかもしれません。
 霊性を卒業することって、出来ますか? 
 イエスのように肉体ごとアセンションしたとか、仏陀のように「覚った」というのなら、話は別です。そうではない、普通の人たちが霊性を卒業する──なんてことが、可能でしょうか?
 霊性。言い換えれば「生命そのもの」とも言えます。
 「スピリチュアルを卒業した」と言う人たちは、実は「生命を卒業しました!」と言ってしまっているのだということに、是非とも気付いて頂きたいものです。

 また逆に言えば、今の時点でスピリチュアリストを名乗っている人は、そうした間違いを犯さないで欲しい──そう願っています。
 目に見えない真理の探究に飽きて、或いは「他の方面も探求したい」と思って方向転換することはいいことだと思います。むしろ、目に見えない真理は「目に見える現実世界を知り抜いてこそ、見えてくる」とも言えるからです。
「体験からしか、覚りは得られない」のです。机上の空論であっては、どんな真理もただの絵空事でしかありません。

 ちなみに、その友人や他にも散見されるケースによれば、「周囲が『天使』だの『精霊』だの『サイキック』だの言っているのが嫌になった」ということが挙げられるようです。
 要するに「形からスピリチュアルに入ってしまった人」というのは、同じように「卒業という『形』」に囚われてしまうのでしょう。
 ですが、生命そのものに「入学」も「卒業」もへったくれもあり得ません。根本的にスピリチュアルの意味を「はき違えてしまっていた」が故に、こうした言動になってしまうのでしょう。

 とはいえ、未だにスピリチュアルが「現実から遊離した、非現実の世界」という認識がまかり通っているのも事実です。
 そうではありません。
 覚りを得たくて「行」に励むのであれば、日常の中でそれを行うことだって出来ます。滝に打たれるよりも、寒空の下で路上に立ちながらビラを配る方が、よっぽど忍耐がいるでしょう。どんなに理不尽と思える目にあっても、笑顔で相手を赦せるような心情でいられる人の方が、たった一人で野山を駆け廻っている人よりも調和がとれることでしょう。

 その人の価値観、生き様、日常、人生。
 すべてに反映されるのが「その人の霊性」であり、「スピリチュアル」です。
 奇抜な体験や能力が「スピリチュアル」なのではありません。
 ごくごく平凡な毎日の「積み重ね」の中にこそ、スピリチュアルの原点があるのです!


 かつてスピリチュアルだったという人も、また、現在スピリチュアリストを名乗る人も、そのことを絶対に忘れないで欲しい。そうでないと、本当に大切な生命の源を見失い、こころを失うことにもなり兼ねません。
 ちなみに冒頭に書いた友人に対して、私はここに書いたのと同じ言葉を伝えました。残念ながら、聞く耳を持ってはもらえませんでしたが……。

 「形だけ」のスピリチュアルや、奇抜な体験、上っ面な綺麗事に惹かれてスピリチュアリストになった人は、いざ何かあった時、今度は手のひらを返したように「スピリチュアル批判者」になりがちです。
 そうした人から何か攻撃を受けることで、同じように批判者になるようなこと──或いは、自分がスピリチュアルに失望したからといって(本来、生命に失望など出来ようもないのですが。失望したとしたら、それは厳しいようですが「本人の責任」です)真理と向き合う人を阻害したり、道を邪魔するようなことをしないでもらいたい……そう思います。
 
 上記で書いたように、本来のスピリチュアルは「現実の中にこそ『ある』」のですから──。 


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日本人には難しい?──ポジティブになる方法──

 私は「想念の力」を、絶対的に信じています。
 一時期「引き寄せの法則」や、成功哲学で「思考は現実化する」などの言葉が流行りましたが、今にして思えばそれは当たり前のことでしかなかった──そう思います。
 想念は完全に高次の波動領域にあるわけではなく、その中間──物質世界と高次の狭間に存在する、いわば「水」のようなものです。寒いところでは水が氷となり(例:物質化)、暑いところでは蒸発して空気(例:高次波動)になるのと似たようなものなのでしょう。ずいぶん前に想念が重くなればなるほど(ネガティブの要素が濃くなるほど)物質化の法則から逃げられなくなるといった記事を書きましたが、それも結局のところ「エネルギーの方向性によって変わっていく」というだけのことであって、もとを正せば始まりは「想念」です。想念に「重み」が働いた結果が、この物質世界に表象している──と考えることが出来るかもしれません。

 しかし──ですね。
 仮にこの法則を当てはめたとしたら……実は「この次元においてポジティブになることの『困難さ』」にも行き着いてしまうのです。
 何故なら、もともとこの次元が「質量の加えられた世界」であるなら、最初から「ある程度の重み」というのが前提条件になってしまうからです。そうでないと、おそらくはこの次元にいること自体が困難になり、それこそ「さっさとアセンション」の状況になってしまいかねません(苦笑)。
 要するに、私たち人類はすでに最初の前提として、ある程度のネガティブ要素を持たされていると言うことも出来るのだと思えます。(もしかしたら、カヴァーロさんやハワード・メンジャー氏が言う「スターピープル達は、一定の短い期間((彼らにとっての短さなので、私たちにとっては軽く100年ぐらいだったりしますが))しか地球にいられない。それは、地球にいることが、彼らにとって害になるから」というのは、こうした物質化におけるリスクも絡んでいるのかもしれませんね。)

 一時期、ポジティブ思考がやたら推奨されていた時、私の周囲には「どんなに努力しても、どうしてもポジティブになれない」と嘆く人たちが複数見受けられました。
 実は「日本人」というのは、遺伝子的に「ネガティブ」な発想になりやすい──というのを聞いたことがあります。(鬱病や自殺の多さも、そうした民族の遺伝的背景が関係しているのかもしれません。)
 しかし、それは必ずしも悲観すべきことではないような気がします。ネガティブな要素があると、痛みに敏感になります。そして、自分も「痛みを知っている」からこそ、苦しむ人の心を知り、その辛い道程に共感出来るのですから。私は「痛みを知らない人間になる」よりも、どんなに辛さを引きずったとしたって、「相手の痛みを共に受けられる人間でありたい」──そう思っています。

 話を戻しまして──。
 当時、「ポジティブになれない」ことを嘆いていた人たちは、結局、有耶無耶のままに元の生活へと戻っていきました。
 しかし、そんな彼女たちが私は何だか「もったいない」気がしたのです。
 「ポジティブになれない」という事実を真正面から受け止めた彼女たちは、自分にウソをついてまでポジティブのフリをしてしまう人に比べたら、遙かに純粋で誠実なのですから。
 ポジティブになる、なれない以前に「自分にウソをつかない人」というのが、これからの時代は求められる──私はそう思います。スピリチュアルは決して「綺麗事」なのではなく、むしろ「泥沼をじゃぶじゃぶ、裸足で歩く行為に近い」と私は思っています。そのぐらい自分と向き合えるエネルギーと正直さを持った人こそが、本当のスピリチュアリストと言えるのではないか──そう思えるのです。

 では、そうした「最初から設定されているある程度の重み」や「遺伝的にネガティブになりやすい要素を持っている日本人」は、どうすればいいのか──という話なのですが。
 私は、すべてニュートラルに戻してしまえばいい、そう考えています。
 ものすごく辛い目にあっているさなかに、それを「ポジティブに転換しろ」なんていうのは──無理です、いくらなんでも(笑)。
 逆に言えば、「陰の極」から「陽の極」にいきなり転換するような状況と一緒なので、かえって摩擦が生じたり、抵抗が生じるのは無理からぬことなのです。
 そういう時、私はすべてを「ニュートラル」にしてしまいます。
 要するに、ただの現象に置き換えてしまうのです。
 方法は簡単です。まず「今、地球上にいる人の中で起きた最大限の哀しみ」を想像してみるのです。

 孤児で食べるものもなく、激しい雨の中でも道路に蹲っているしかない状態。
 或いは、豊かな場所にいたとしても、誰からも愛情を得られず、心が枯渇した状態。
 もしくは、紛争地域で目の前で親友を失ってしまった状態。
 事故で愛する家族を全員失ってしまった状態──あらゆる哀しみが想像出来ると思います。

 そして次に、「地球上にある最大限の喜び」を想像してみます。
 子供が生まれて初めてもらったクリスマスプレゼントかもしれないし、戦地に行っていた父親が戻ってきた子供の喜びかもしれない。
 もしくは──何も語れなくなるぐらい、美しい星空と広がる海、大自然の営みこそに喜びを感じるかもしれない。
 そんなふうに、想念の中だけで地球を旅すると──私は自分が抱えていた辛い想いが、「ニュートラル」に変わっているのを感じるのです。

 これほどまでに、地球には無数の出来事が存在する。
 そのすべてに良いも悪いもなく、ただ「起きている」だけなんだ……。
 そう気がつけば、起きた出来事そのものを「現象」として受け止めることが出来るでしょう。

 そこに行き着けば──もう無理に「ポジティブに考えなくちゃ!」と思わなくても、自然とポジティブな発想に転換されているものです。
 もしかしたら「地球上の最大限の哀しみ、最大限の喜び」を想像することで、地球と同じ視点に立って、現象を見ることが出来るからかもしれません。

 ポジティブでいられること──これが何よりも鍵なのは確かです。
 そして、これから(傍目には)厳しい時代が訪れた時に、「どれほど前向きな意識を維持出来るか」が問われてくるでしょう。
 しかし、「一瞬でもネガティブになってはいけないのか」と言えば──そんなことはありません。上記説明したように、もともとこの次元は「ある程度の重み」を設定しなければ存在し得ない部分があるので、心の隙がぐらついてネガティブになってしまうことだってあるでしょう。(生物学的にも、ネガティブよりポジティブになる方が「技術がいる」と言われているぐらいだし。←動物的本能が、ネガティブの要素をどうしても引きずってしまうそうです。)
 そうした時には、上記したようにまずはニュートラルにすると、心の平静が取り戻せる──私はそう確信していますし、私自身このやり方で何度も浮上してきました。
 よろしければ是非、皆さんもお試しください。


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さらに広がる分離化の波

とても悲しくなる記事を見かけました。

米海兵隊、豪に2500人駐留へ 中国軍にらみ同盟強化

オバマ米大統領は16日、就任後初めてオーストラリアを訪問し、首都キャンベラでギラード首相と会談した。両首脳は会談後、豪州北部に米海兵隊を最大2500人規模駐留させることを柱とする同盟強化策を発表した。

 米国が豪州に戦闘部隊を恒常的に駐留させるのは初めて。米軍が進める地球規模の再編の一環で、比較的手薄だった東南アジアでの米軍展開を強化する。中国軍が活動を活発化させる南シナ海からインド洋に至るシーレーン(海上交通路)の安全確保のための拠点を強化する狙いがある。

 両国の説明によると、米軍は2012年半ばに豪州北部ダーウィンを中心とする豪軍基地に海兵隊約250人を駐留させ、豪州軍との共同演習や訓練を実施。部隊を6カ月ごとに交代させながら増強し、最終的には約2500人規模とする。米軍の基地の建設は想定していないという。

朝日新聞
http://www.asahi.com/international/update/1116/TKY201111160626.html


米海兵隊 豪に駐留で合意

アメリカのオバマ大統領は、オーストラリアでギラード首相と会談し、来年から250人規模のアメリカ海兵隊をオーストラリアに駐留させ、将来的には最大で2500人規模にまで増やすことなどで合意したことを明らかにし、アジア太平洋地域での影響力の拡大を目指す中国をけん制するねらいがあるものとみられます。

就任後初めてオーストラリアを訪れたオバマ大統領は、16日、首都キャンベラでギラード首相と会談しました。会談のあとの共同記者会見で、両首脳は、アメリカ海兵隊と空軍の部隊をオーストラリアに駐留させることで合意したと発表しました。具体的には、来年から連絡要員を含めた250人規模の海兵隊が、オーストラリア北部のダーウィンなどにある基地に駐留を開始し、将来的には、航空機と陸上部隊を合わせると最大で2500人規模にまで増強するほか、アメリカの空軍機がオーストラリア軍の基地を使って訓練などを行う機会を増やし、両国の軍事協力を強化する方針です。これについて、オバマ大統領は「地域の安全保障体制を維持していくうえで、アメリカの軍事力を示すことは不可欠だ」と述べました。今回の合意は、中国の軍備増強を念頭にアメリカ軍が進めている部隊の再配置の一環で、南シナ海や太平洋などをのぞむオーストラリア北部に軍の部隊を駐留させることで、この地域での影響力の拡大を目指す中国をけん制するねらいがあるものとみられます。玄葉外務大臣は、記者団に対し「アメリカとオーストラリア両国から事前の説明があった。今回の決定は、アジア太平洋地域への関与を強化するというアメリカの政策を具体化するものであり、日本としても、この地域でのアメリカ軍の能力を向上させ、安全保障に資するものと考え、歓迎する。また、今回の決定は、日本でのアメリカ軍の再編に影響するものではないと、アメリカ側から説明を受けている」と述べました。アメリカとオーストラリアが軍事協力を強化していくことで合意したことについて、中国外務省の劉為民報道官は「軍事同盟を強化したり、拡大したりすることが今の時代に適切な行動なのか、国際社会の共通利益と一致したものなのか、議論の余地がある」と述べました。また、「平和と発展こそが時代の潮流で、中国はこの方針に沿って対外政策を展開している」と述べ、同盟関係を深める動きに不快感を示しました。

NHKニュースWEB
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111116/t10014008581000.html


 この両者の記事を、皆さんはどう受け取られたでしょうか?
 私は「何故この時代になってまで、軍行為における疑念が払拭されないのだろう」と、情けない上に悲しい気持ちになりました。人類はある意味、文明的にみても「成人」の域に達しようとしていると思います。にも関わらず、見かけばかりが大人になって、やってることは「子供のまま」というイメージが頭に過ぎった程です。

 この記事を読みながら、私は去年起きた尖閣諸島の漁船衝突事件を思い出していました。
 当時から私は、穏便な解決方法をと主張してきました。しかし、読者の方の一部には「戦争になってでも自国を守るべし」という意見も散見されていました。
 最近、日本のスピリチュアリストの中には日本民族優越思想と思えるような意見も増えて来ています。そうした方々は、おそらく「戦争はやむなし」という判断に至るかもしれません。

 私は基本的に「個人の思想」や「個人の意志」というものを尊重し、誰がどのような意見や価値観を持っていたとしても否定はしないです。
 ですが戦争だけは、絶対に肯定しません。
 私が隠謀論への疑念を掲げることで、私が「戦争肯定者」と誤解される方がいるかもしれません。しかし、私が言っているのは過ぎたことの犯人捜しをするのではなく、「そこから何を学べるか」に着目し優先すべきだと言っているだけです。
 戦争は、何があっても肯定してはいけない──それは地球という「ひとつの生命体」を大きく傷つけることになる、そう確信しているからです。

 そもそも、何故「ひとつの惑星」に住んでいながら、争いをするのでしょうか?
 ひとりひとりの生命以上に大切なものなんて、存在するとでも言うのでしょうか?
 この時代になってもまだこのような問題があることに、私は肩を落とさずにいられません。
 大きな分離化の波が起きている──そんなふうにさえ思えます。
 統合に抗うようにして、旧態依然とした「恐怖政治」を呼び起こしている──そんなふうにも感じます。まだまだ問題は、尽きないというのに。
 そもそもアメリカは、軍備を整える前に失業している若者達や貧困層の救済をすべきではないでしょうか?
 困っている多くの人たちや、ウォール街でデモをする人たちが、その軍事費で一体どれほど助けられることでしょう。

 コールマン博士は「黄金時代の到来」を予言し、スウェーデンボルグも霊界の最期の審判を見た後に「300年後には黄金時代が再びやってくる」と言っていました。
 でも、まだまだ時代は夜明け前の闇なのかもしれません──。
 この闇を一日でも早くどかすには、ひとりひとりの意志──ひとりひとりの想念が必要不可欠です。
 だからこそ、ひとりでも多くの人が戦争を肯定することなく平和を祈ることが大切なのだと、私は思います。

 武器に勝てるのは、「想念の力のみ」だと私は思います。
 いえ、想念の力はある意味「無敵」だとさえ思っています。
 だからこそせめて、このブログを読んでいる方々は戦争を肯定しないで欲しい──強くそう願っています。
 どうして地球という小さな星の上で、争わなくてはならないのでしょう? 
 地球が誕生した時すでに、国は存在していたとでも言うのでしょうか? いいえ、人類は地球の生命に比べたら「新参者」でしかないのに、何故そのような存在が烏滸がましくも争いや軍備を肯定するのでしょうか? 他の生物達はそんなことをせず、絶滅の中で自らの運命を委ねているというのに。

 今こそイエスの教え──「赦し」と「博愛」が求められているのだと、そう思います。
 黄金時代に向かう為に、悲劇は避けようがないのかもしれない──それでも私は、最小限の悲劇で治まるよう祈ることを忘れたくない、そう思っている次第です。

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『分離思考』から『統合思考』へ

 突然ですが、皆さんに質問です。
 あなたは、「悪(闇の組織など)」は実在すると思いますか?

 …………。
 どうでしょう──。個人的には「にわかに答えられない問いかけ」であるように思っているのですが。

 私独自の考えを述べさせてもらうと──「自分たちの利益だけを追求するような組織」というのは、確かに実在すると思うし、隠謀が「まったく行われていない」という気もありません。と、言いますか資本主義経済に則った企業であれば、多かれ少なかれすべてが自己利益探求型と言っても過言ではない──そうも思います。
 だから、そうした傾向が助長された組織(例えば政府などを支配するような組織)があったとしても、不思議ではないでしょう。資本主義という経済システムの延長線上にある、ごく自然な流れだと思えるからです。

 とはいえ、そうした組織をひとえに「悪だ」と言い切れるかと言えば──そうではないように思います。
 そもそも「悪」って一体何なんでしょう? 何を持ってして「悪」というのでしょうか?
 善も悪もすべては人間の概念によるものでしかなく、判定(ジャッジ)の末に出た結論です。森羅万象の現象に組み込んでしまえば、すべては善も悪も関係ない「ひとつの事象」でしかありません。
 そうした時に、何をもって悪とし、何をもって正義となすのか──その判断基準をどこに設けるのか、私には分からなくなることが多々あります。

 私が以前から隠謀論に対して疑念を抱いていることは、このブログを読んで下さっている方はご存知かと思います。とはいえ、隠謀論を提唱している方々の著作にも目を通しています。中でもデーヴィット・アイク氏(下記参照)の意見は実に興味深く、私自身も参考にしています。
 しかし、どんなに読みこんでも──ひとつの行動を悪や支配と決め込むということは、その側と対極した位置から局部的に見ているということでしかなく、全体像を見ているわけではないのではないか──という疑問が拭えないのです。

 善、悪という二つの概念に切り分ける為には、何が善であるかという線引きが明確にされている必要があります。
 しかし、私たちは「これが確実に正しいのだ」と断言出来る程長く生きることも出来なければ、すべてを知っているわけでもありません。
 その時代においては否定されたことも、未来においては肯定されることだってあるでしょう。また逆に、その時代においては正義とされたことが、未来において否定されることだって多々あります。(むしろ、こちらの例の方が歴史的には多いかもしれません。)
 そうした流転する価値観の中で、何が善で何が悪かなどということ自体、本来私たちは見抜くことが出来ないのではないだろうか──そんなふうにも思えるのです。

 また、隠謀論者の方の意見を読んでいて時折思うのは、敵をつくる者は、結果自らの中に敵を作ってしまうのではないかということです。
 何かひとつの事象が浮上するにつき「隠謀だ」と疑うことで、結局敵を自分の内側に内在させてしまっているように見えるのです。
 10年前と比較したらかなり「統合的にものごとを見る」という行為が浸透した昨今。すべては自分の心の内側で決められていると気付いている人は、決して少なくないはずです。

 悪は存在し、それはアポカリプスの時代を経てすべてが暴露されていく──その考え自体は、決して否定はしません。
 しかし、こうも考えられないでしょうか?
 私たち人類が成長していく上で、理不尽な搾取、不平等は「必要な成長過程でもあったのだ」と。
 そうした不平等、理不尽な階層、紛争などをただ単に「悪の仕業だ」「闇の組織の隠謀だ」としてしまったら、私たちは何も学べないままなのではないでしょうか? そうではなく、世界の不平等は、誰のせいでもない。私たち、個々ひとりひとりの内側にも存在する闇の部分が、世界に投影されているのだ──そう考えることで私たちがすべきことは見えてくるし、同時に「進む方向も見えてくるのではないか」そう思います。

 未だアフリカ諸国で理不尽な差別を受ける人たち。
 有毒な環境下に生きるしかないストリートチルドレンたち。
 紛争が止まぬ中東の国々。
 貧しさ故に飢えそうな人々。
 そうかと思えば、環境の変化により死滅していく生物達。
 こうした悲劇は「どこか遠くの国で起きている、自分たちとは無関係のこと」ではなく、私たちひとりひとりの内側で起きていることに、世界が呼応している──そう考えたら、私たちは「日々を過ごす精神の在り方を、どのようにすればいいのか」自ずと答えが出るような気がします。

 私たちは自分の精神状態を「ただ野ざらし」にしていいわけでは決してない。そこから生じる影響は、無自覚のうちに世界にも及んでいる──そう気がついたら、「今を生きる」ということが、どれほど責任重大なのかということを実感出来るのではないでしょうか。

 統合思考。
 それは、世界(宇宙)で起きていることを、すべて自分と関連づけることから生じるのでしょう。
 私たちの宇宙がフラクタル理論で成り立つ以上、私たちひとりひとりの思考が、自ずと地球や宇宙に投影されてしまうのですから。
 だからこそ、「外部に敵を探す」のではなく、自分の内側を見つめ、世界と呼応する自分の叫びに耳を傾ける必要がある──そう思います。

 冒頭の繰り返しになりますが、私は「隠謀が『まったくない』」と言っているわけではありません。そうではなく、それが仮にあったにせよ、拳を振り上げてそれらを叩いたり否定しても「意味がない」と思っているだけです。
 対立する概念をいつまでも否定したところで、何も変わりはしません。それらを受け入れ「内側に統合させていくこと」。
 これこそが、これからの時代における私たち人類の課題なのではないか──そう思う今日この頃です。

(参考)
人類よ起ち上がれ! ムーンマトリックス[覚醒篇1] マインドに呪縛された人類~私を嘲笑せよ~(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫)人類よ起ち上がれ! ムーンマトリックス[覚醒篇1] マインドに呪縛された人類~私を嘲笑せよ~(超☆ぴかぴか) (超☆ぴかぴか文庫)
(2011/09/22)
デーヴィッド・アイク

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※アイク氏の意見は二元論的陰謀論というわけではなく、考えさせられる側面が多々あり参考になりました。続編も出ているようです。

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【お知らせ】チェコスロバキアのサイキッカー、ミルカ・パヴェルコヴァさんの来日について
http://www.s-renaissance.com/?q=ja/node/12
記事を読んだところ、とても共感出来る内容が多かったです。神懸かっているわけでもなければ、能力を特別視しているわけでもない。私たちと「同じ視点」で啓示を表現している様子に好感が持てました。彼女の言う「アカシャ(アカシック)との交信」は、カヴァーロさんの言っていた「スターピープル達が自然と行うアカシックとのアクセス」とほぼ同じ現象であるように思います。
セミナーだけでなく講演会などもありますので、興味のある方はまずそちらから参加されてもいいかもしれませんね。
(日程)http://www.s-renaissance.com/foto/iventtable/MMNov2011.htm
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2011-11-12 | 真理 | トラックバック(0) |

2011年10月28日

 マヤ暦が終わるのは2012年12月21日ではなく、2011年10月28日だった──
 という説があったことを、おそらく多くの方がご存知かと思います。(エハンさんこと、J.C.ガブリエルさんのインタビュー内でも出てきました。→こちら
 スウェーデンのカール・コールマン博士が独自で研究した結果ですが、その真偽は定かではありません。ただ、私はもうこの期に及んで本当かウソかなどということを議論すること自体、ナンセンスであるように思っています。
 真偽がどうかということなどよりも、大切なのは「自分はどう思うか」ということに他ならないのだと、そう思えるのです。
 例えどんなに否定のしようがないような証拠を突き出しても、信じない人は「信じない」──でも、直感に正直な人は、証拠があろうとなかろうと「信じる」。単にこれだけの違いであって、それを論証しようなどという試みはこうした真実に対して「無意味」である上に「無力」だとさえ思えます。

 なので、コールマン博士の説について否定的な方がいたとしても、それはその方の「取り方でしかない」と思っています。
 ただ、私が確信して言えるのは「確かにその日、確実に何かが変わった」ということだけかもしれません。

 何を体験したか──それについては、あまり特筆すべきことではないように思っています。アセンションというのは「特別なこと」ではなくて、誰しもの魂の奥深くで「自ずと芽吹くもの」でなければならないのではないか、そう思っているからです。
 従来のスピリチュアル的傾向が幾分残っていると、どうしても「奇抜な体験(例えば多次元体験とか、超能力的体験など)をしなければ、アセンションに行き着かない」と勘違いしてしまいがちですが、そうした「奇抜な体験」ばかりに目がいってしまうと、その体験から得なければならなかった「本当の学び」を見失ってしまいかねません。それでは本末転倒です。
 そうしたことを踏まえた中で私が「体験したこと」に目を向けたとしたら──確実に言えることは、地球の流れは、すべて順調に進んでいるんだということかもしれません。

 10月28日、私は「多次元がどのような形で存在するのか」というのを実感しました。その時に、私たちは「個々別々に切り離された存在ではなく、次元の違いはあれどすべてが繋がっている」ということも確信しました。「ワンネス」というのは「何でもかんでも『オールワン』」という短絡的な意味ではなく、無数と言える程の個性の統合体という部分=全体ということを表した言葉なのだろうとも思いました。
 こうしたことを振り返る際、私はいつも「カヴァーロさんから教えて頂いた高次元との差違」を思い返さずにいられません。

 スターピープル達は、DNAの中に「銀河憲章」が刻まれている──とカヴァーロさんは言っていました。(参照:「量子転換のすべて」)
 要するに、スターピープル達は肉体レベルで、統合された宇宙との同化が出来ているということにもなります。
 私はそのことを知り、幾分失望したのを覚えています。何故なら、「肉体レベルで宇宙との同化が出来ているスターピープル」と、かたや「根源的に宇宙から分離してしまっている地球人」では、どう足掻いてもその溝を埋められないように思えたからです。
 しかし、今となってはそれは「必ずしも不可能なことではないかもしれない」と思えるようになりました。

 コールマン博士も、2011年10月28日を経て向かっていくのは「愛と全体性の黄金時代」であり「統合意識である」と言っています。共時性─シンクロニシティ─も、意識が分離から統合へと向かうからこそ起こりえることだと、私には思えます。
 私たちは明確な自覚がなくても、少しずつ地球進化の波に乗りつつあるのかもしれません。

 もっとも──ここまでは「何となく」で来れたとしても、ここから先は「はっきりとした自分自身の選択」が必要になってくるような気がします。何故なら、まだまだ世界の情勢は落ちついておらず、分離に偏った既存のシステムがまだ完全な崩落を見せていないからです。
 これらのシステムが崩壊していく経過は、もしかしたら長期に渡るかもしれない──そうこうしているうちに、自分自身を見失ってしまう危険も少なからずあるでしょう。
 だからこそ、自分は何を選択するのか──宇宙の大いなる進化の波にのるのか、はたまた、既存システムの中で生きていくのか──個々人で明確な指針を「心の内」にたてておく必要性を痛切に感じています。

 今週の金曜日「11月11日」は、地球再生の出発日という人達もいます。
 その日に向けて、統合意識に向けて自分がどのように働きかけていきたいのかを一考するのもひとつの手かもしれませんね。


【参照:カール・コールマン博士の動画】
マヤ暦第9波 ─アンダーワールドの開花─
 http://www.youtube.com/watch?v=qM5G03t4Ya4&feature=related
コンシャス・コンバージェンス
 http://www.youtube.com/watch?v=dAb7JM9inX4&feature=related


☆おまけで別の動画も紹介☆
「2012年 意識がシフトする時」
 http://www.youtube.com/watch?v=Su5M1jM7H2U&feature=fvwrel
 ※CGがとても美しく、映像の切り替わりも音楽にあっていて、思わず見入ってしましました──。

◆お知らせ◆
mixiに復活しました。

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ここでは主に
【1】読んだ本の紹介
【2】気になる情報だけれども、ブログ公開に至る程は考察出来ていない記事紹介
【3】ちょっとした雑記
などを書いていく予定です。
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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

【篠崎の著作本】

アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)アセンション真実への完全ガイド―2012年のイベントホライズン (5次元文庫 し 2-1)
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