すべては「真理の一側面」でしかない

 先週から突如始まった執筆地獄ですが、ありがたいことに順調に進んでおります。
 とはいえ、私の周りは散乱した資料、本、書き散らしたメモ書きなどで、酷い惨状──。ついつい、卒論に追われていた頃のことを思い出してしまいました。

 本当にやりたかった研究は担当教授から却下され、うんうん唸って「妥協できるテーマ」を提出したのですが、それが「覚りのプロセス」に関するものでした。(私は宗教社会学といった「思想が社会に与える影響」をメインにしたかったのですが、そういうゼミが残念ながらなかったので──)
 無事教授のGOサインを頂いたものの、こちらの研究はあくまでも二次的なもので自分の興味対象ではなかった分、すごく不満をためてのスタートだったのです。
 そんな状態ではスムーズに筆など進むはずがなく、大量にコピー資料だけ積み重ね、どう書いていいものかを悩みに悩んだ挙げ句、提出期限ギリギリになってようやく書き上がり、飛び込むように届けました。
 書き上げた時は「重荷がおりたような爽快感」がありましたが、自分的には不満のある論文が何故か大学側に評価されてしまい、表彰が決定した時は──正直な話、複雑な気持ちでした。
 むしろ、申し訳なく思えた程です。
 どんなに高い評価を頂いても、「自分が本当にやりたい研究」でなければ嬉しくないものなのだなと、あの頃を思い返して苦笑してみたり。
 大学院に進もうかどうしようか悩んでいた頃も、「この大学(というよりも、文献学の範囲にしか過ぎない思想)で研究を深めても、意味がないのではないか」と悩んだ末、結局断念しましたが──今にして思えば「大正解」だったのかもしれません。

 最近よく思うのですが、「既知の情報や知識だけで、すべてが紐解ける」というのは、科学の傲慢なのかもしれない──そんなふうに感じます。
 科学?
 いえ、どちらかと言えば「三次元独特の傲慢」なのかもしれませんが。
 私の大学時代も、新たな可能性や比較を論じることが出来ず、非常に窮屈な思いをしました。
 例えて言えば、壁に貼ってある絵を見て「この絵には『人』が描かれている!」「他には『樹』が描かれている」「この小さな染みは、虫か?」「いや、それは鳥だ」といった表面的で凝り固まった部分しか論ぜず、「その全体像の絵から想定出来る世界観」や「その絵を元に、まったく違った予想をたててみる」といった枠をこわす研究というものを否定する傾向があったのです。
 学術というのは常に好奇心の探究であるべきだというのが、私の信念です。
 すでに構築された文献学の上をなぞって、ああだこうだと論じたところで──何も面白くありません。それこそ「既知の情報をただなぞっているだけ」に過ぎなくなってしまいます。
 それでは、新たな発見も冒険的な試みも、生まれてはきません──。

 そうした意味では、すでに「アカデミックな機関」において新たな発明や発見は「出てこないのではないか」そんなふうにもふと思いました。
 もっとも、私が大学生だった頃からすでに15年ほど経ってしまっているのだから、今の時代はまったく違った形になっているかもしれません。
 しかし、大学などの機関に限らず既知の情報、既知の知識以外、受け付けませんといった価値観は多くの人々に浸透していて、それこそが「科学万能主義」とも言えるおかしな思いこみを生み出しているのではないか──そんなふうにも感じる次第です。

 現在、篠崎は文庫本の原稿を執筆するにあたって、精神世界系の本はもとより、科学的データとの照らし合わせなど、あらゆる角度での分析を試みています。
 何故なら、どんな情報であったとしても三次元にある以上100%の真理なんて存在せず、すべては一側面に過ぎないということを、実感しているからなのでしょう。
 それはあたかも、ある人が「ここにあるのは三角形だ!」と主張したものに対して、もう一人が「いや、これは円だ」と主張するようなものです。
 局所だけを見て「三角形と円の共通項」だの「円の中に三角形が含まれる」だの論じたところで、意味がない。何故なら、全体を見てみたらそれは円錐かもしれないからです。

 2012年やアセンションに関する問題はとくに、局所だけでなく「全体を見る視点」が必要です。
 何故なら、これらの問題が「すでに三次元を超えている以上、今ある知識や情報だけで解こうとするには限界があるから」です。
 かといって、こうした話を「三次元的なロジックに置き換えず、ただ野放しにする」というのも、勿体ない話です。
 多くのこの手の本はチャネリングの内容に基づいている為、非常に主観的な内容が多く、その他書籍との比較などは概ねなされていないのが現状です。
 しかし、そうした比較をせずにアセンションについて懐疑的になるのも、或いはむやみに受け入れてお祭り騒ぎするのも、両方とも「同じ過ちを犯している」──そう思えるのです。

 私が調べてきた中で、「用語が違うだけで、これは同じことを言ってるのではないか」と思われるものもいくつかありました。精神世界に関する内容はどうしても主観に頼らざるを得ないせいか、用語における定義づけが曖昧です。そうした特徴も、読者に混乱をもたらす原因のひとつになっているようにも見受けられました。

 時代が差し迫った中、私たちに求められるのは「すべては真理の一側面に過ぎず、自分は未だ全体を知っているわけではないのだ」という謙虚な姿勢なのかもしれない──。
 大量に積み重なった本を前にして、ひとりごちる篠崎でありました。


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2010-03-26 | 真理 | トラックバック(0) |
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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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