現象(時間/空間)と意識の関連性

 4月9日からのイギリス取材旅行(場所はイギリスの最南端であるコーンウォール州です)の最中、篠崎は思索を深める絶好の機会に恵まれました。(空港閉鎖以降、ロンドンでの滞在中はちょいとバタバタしてましたが──;)
 今回の旅行でもっとも大きな気づきとなったのは、時間と空間の関係性および次元の存在意義についてでした。後者の次元については、6月に出版される文庫本の方で詳しく書きますので、「時間と空間の関係性」についてのみ少しずつブログで記事にしていきたいと思っています。

 私は「時代の変化」を前にして、今起きている諸問題、次元の意味、私たち生命の存在する目的、様々なことと向き合いたいという思いが強くありました。
 そして、その中でも最も大きな障壁として立ちはだかっていたのが「時間と空間」という概念。
 多くの人は、「時間は流れていくものだ」という概念が強くあるようですが、私はどうも「そうじゃないのではないか」という疑念がいつでもあったのです。時間が流れているように感じられるのは「自分に記憶があるから」に過ぎず、その記憶における照合さえなければ、時間が流動的であるかどうかさえも自覚出来ないのではないか、と。

 例えば、あなたがある「記憶障害の病気」になったと仮定してみてください。
 その病気は、「今、していること」しか自覚出来ないとします。
 今、あなたはこうしてブログの記事を読んでいます。しかし、読み終えた後何か違うことをやったら、数分前に読んでいたブログのことなど忘れてしまっていたとしましょう。すべてのことは「今、この瞬間」にやっているだけのことでしかなく、明日もなければ、昨日もない。記憶が出来ないからこそ、「今」しか認識出来ないと、仮定してみます。
 そんなあなたを不憫に思った身内の人が、あなたのことをカメラでずっと録画していたとしましょう。記憶出来ないあなたの代わりに、ビデオで「あなたの一日」をメモリーにしておいてくれるのです。
 それを見せた人は「ほらね、あなたはこうやって一日の24時間という流れの中にいるのだよ」そう説明するでしょう。しかし、それを見たあなたには「24時間という流れの中にいること」そのものが、実感出来ないはずです。何故なら記憶が自分には存在せず、実感できる感覚は「今」しかないのだから。そんなあなたからすれば、「時間の流れ」というのは、「今」を数珠繋ぎにしたものでしかない──いわば「点の集合体」でしかないように感じられるはずです。

 私はその考えに行き着いた時、時間も空間も、すべては意識の産物でしかないということを改めて実感しました。
 私たちは時間と空間を「把握している」のではなく、あくまでも意識の生み出した記憶で照合することにより、それを認識しているだけに過ぎないのだと。

 一番いい例は「歴史」でしょう。
 時代史にしろ、歴史にしろ、私たちは「教科書で教わったこと」だけを「事実だ」と思って認識していますが、本来、教科書に掲載されていない事件や史実は、もっと沢山あったはずです。
 なのに何故、私たちは教科書に載っていることしか知らないのでしょう?
 答えは簡単。「私たちの意識上に、それが『ない』から」。
 意識上にないものは、その人にとって「存在しないこと」と同義なのです。
 私たちは、自分で意識したもの以外認識することは出来ません。逆に言えば、どんな客観的な事実であったとしても意識の中でねじ曲げられてしまうようなことがあった以上は、その事実自体、その人の中で抹消されてしまうのです。
 時間も空間も意識における産物でしかなく、そこでおきた現実も、その人の中で如何に捉えられたかということだけでいくらでも様変わりする。私たちはそれほどまでに不安定なマトリックスで生きているにも関わらず、「目に見えるものだけが真実」と思いこんで、疑わないのです。
 何とも皮肉な話ですね──。

 時間も空間も、私たちは互いの記憶や意識と共有しあうことにより、それが事実であることを確認しあいます。
 例えば、旅行に行った者同士、「昨日行った○○は、とても楽しかったね」「そうだね、すごく良かったね」など、今はすでに目の前にない過去のものも、記憶を意識上で呼び起こすことにより互いに確認しあうことが出来るのです。
 しかし、もし一方が記憶障害を持っていたとしたら、どうでしょう?
「昨日行った○○は、とても楽しかったね」
「え……、昨日、そんなところ行ったっけ?」
 おそらく、「楽しかったね」と話しかけた方は、とてつもなく不安に駆られるはずです。「え? 私の記憶が間違っているのかな」と、自分の思い出を疑ってしまうかもしれません。
 こうしたことは、事件におけるアリバイなどでもよくあることです。以前本当にあった話なのですが、強姦事件で容疑者として捕まってしまった人は、事件の時間は家族と一緒にテレビを見ていました。しかし、一緒にいたはずの家族でさえも、刑事からあまりに強い口調で問われた為か自分の記憶に自信が持てなくなってしまい、「もしかしたら──いなかったかもしれない」と言ってしまったのです。それでアリバイが証明されず、逮捕されてしまったという気の毒な事件がありました(後日無罪が確定し、釈放されましたが)。
これはアリバイを証明出来なかった家族が悪いわけではなく、人の記憶が「どれほど曖昧であるか」──そして、「どれほど、他者との共有に頼っているか」の証明であるようにも思える次第です。

 私たちは無意識に「時間や空間についてを、互いの記憶で共有しあっている」為、その事実について改めて掘り下げたり思い返す人はそうそういないかもしれません。
 しかし、本来「時間も空間も意識下において認識されていくものであり、それは相対的である」ことに気がつけば、世の中の見方も大きく変わってくるような気がします。
 同時に、私たちが見せられている報道、学んだ歴史、定説とされている科学理論が「必ず正しいと言えるのかどうか」という疑問も湧いてきます。何故なら報道や歴史、定説における役目の一部は「共有意識として人の意識の自由を拘束すること」を含んでいるからです。常に「これはあくまでも、真理の一側面に過ぎない」という視点でもって、多くの事実と向き合う必要性があるのだろうとつくづく実感する次第です。

 現象と意識の関連性については、ひとつの記事だけでまとめられるものではないので、今後少しずつ同じテーマで連載を続けていきたいと思っています。


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2010-04-27 | 真理 | トラックバック(0) |
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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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