歴史は「共有知識」でしかなく、誰も体感出来ない

 これはイギリス取材旅行の最中、コーンウォールにある「セント・マイケル・マウンテン」に行った時のことでした。
 フランスの「モン・サン・ミッシェル」は有名な観光地ですが、そのイギリスヴァージョンと言うべきものかもしれません。カトリックの元修道院で、一定の時間になれば満ち潮が町への道を閉ざし孤島となってしまうそんな建物の中で、多くの修道院達が神に祈りを捧げたのかと思うと、私はいいようのない感動に溢れました。そこにあるのは人々の清らかでありたいという願いと、再び神と合一したいという願いに彩られた空間であるかのように感じられたからです。
 傾斜のある道を、修道院の人達は一歩一歩上っていき、その中で何を思ったのだろう──そんなことを考えながら、私は無言で歩いていました。

 ふと、その時。違和感のあるものが目についたのです。
 それは、見た限り「大砲」でした。陸地に向けて設置されており、修道院には似つかわしくない──まるで砦のような雰囲気です。
 私は奇妙に思って、同行していたエハン・デラヴィ氏に尋ねました。エハン氏はその際、この修道院の歴史は非常に複雑で、ただ修道院として機能していたわけではないこと、およびヘンリー8世の統治時代に全カトリック教会を潰すよう命令が出て、多くの修道院達が殺されたこと、貿易に利用されたり砦として大砲が設置されていたことなどを説明してくれました。
 私は何とも言えない気持ちになって、大砲が向いている先を見つめました。
 穏やかな青い海は静かに凪いで、そよぐ風の先に見えるのは美しい岬です。そんな光景に何故、このような物々しい大砲があるのかと思ったら──とても哀しく思えたのです。

 建物の中には、色々な史実を示す絵画もありました。どこの国か明確には分かりませんでしたが、アフリカの部族らしき人達をイギリス兵が攻撃している絵画もありました。下には「スーダン」と書いてあったので、スーダン戦略の様子を絵画にしたものなのでしょうか。

 たったひとつの建物の中に、多くの歴史が包括されている様を、私は実感した気がしました。日本のこうした宗教的建築物(寺院など)では、こうした歴史的絵画が飾られているケースはほとんどありません。あっても掛け軸程度ですが、このセント・マイケル・マウンテンでは博物館のような展示場も数々ありました。

 私はそうした展示物を見ながら「歴史の意味」を考えていました。
 私はここに来た当初、この建物は修道院達のものだけだという思いの中で散策していました。しかし、実際はもっと血なまぐさい、哀しい歴史も数々あったのです。
 一昨日の記事にも書きましたが、私たちは意識下にあるもの以外、それが事実とは認識出来ません。共有されて初めて、それを「事実」と知ることが出来るのです。──いえ、正確には事実と仮定しているだけに過ぎません。何故なら、私たちはその歴史で起きたことを、この目ではっきり見ることも出来なければ、体験することも出来ないのだから。

 そう思った際、私は、どう足掻いたところで、「私」という殻を破ることが不可能なのだという事実も悟りました。
 何故なら、私は自分の意識の中であらゆるものを数珠繋ぎしながら把握していくのが精一杯で、それも「篠崎由羅が誕生し、今に至るまでの意識の中でしか対応出来ないもの」だからです。
 例えば「1192つくろう、鎌倉幕府」と覚えて、1192年に鎌倉幕府がたてられたことを覚えていたとしたって、それは私が中学生の時に覚えた時の記憶でしかなく、実際に1192年に鎌倉幕府が出来たのを「この目で見たわけではない」のです。

 一昨日の記事に書いた「現象と意識の関連性」に戻りますが、私たちはこうした現象を「自分の体験で行う」のは時間が有限である以上限界があるので、聞いた話、見た話、読んだ話で記憶の照合をしていきます。
 でも、それはあくまでも記憶の照合にすぎず、真実であるかどうかはまた別問題なのです。
 私はそうした意味でも、科学的見地や歴史に対して少し疑念を持っているところがあります。勿論、それを最初から「嘘だ!」と否定することはありませんし、すべてにおいて猜疑心をもって「隠謀論だ」と唱えることもありません。

 ただ、私たちはいつでも常に、それが本当に真理に基づいているのか否かを検証するだけの意識を持つことが必要なのではないか──そう思えるのです。

 そうした意味で、歴史というのは私たちに「色々なメッセージ」を投げかけてくれている──そう思います。これは文庫本の方に詳しく書いてありますが、私は「時間の感覚」というのも、真理から人を遠ざけてしまうトリックのひとつだと思っています。ある学者は「何千年前に○○が起こった」といい、他の人は「いや、違う。もっと数千万年前の出来事だ」といい、いざコンピューターに解析かけたら「違う、これは○百年前だった」と結果が出る──このようなことは、世界中にまだまだ沢山あります。
 時間が相対的である以上、歴史の感覚も「必ずしも一律ではない」と、私には思えるのです。どんなに精密な機械でそれを出せたとはいえ、その根拠や整合性がとれない以上は「それを真理として受け入れること」は出来ないのではないかと、私にはそう思えます。

 イギリスは伝統を大切にする国なので、歴史的にとても古い建造物がたくさんあります。
 そこに蓄積されていく時間のメモリアルを、私たちは「想像」出来ても「体感」は出来ないのです。
 だからこそ私は歴史が尊く思えるし、神聖なものにも思えるのです。
 人間は科学に頼りすぎて傲慢になってしまった。時間の概念も歴史の産物も、本来私たちは「100%確実に体感して知ることは出来ていないのだ」という謙虚さを、もっと持つべきなのではないでしょうか。


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2010-04-29 | 真理 | トラックバック(0) |
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篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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