先日、「
ある有名著書への意見書」を書きましたが──最近読み始めた本もまた、とても「ガックリ」させられる本でした。
出版社の赤字が言われるようになってからでしょうか、それとも実はその前からなのか──
「いい本」になかなか巡り会えません。あまり出版社の悪口を言うと立場上良くないものの(苦笑)、私は正直言って「これは紙の無駄遣いなのではないか?」と思うようになってきました。
その本は対談本で、しかも日本では初めて対談される内容でもあり、注目度はかなり高かったです。対談者の方も(前回意見した有名著書と同じぐらい)精神世界で有名な方なので、おそらく予約は殺到したことでしょう。
しかし、厳しいことを言うようですが──何刷りも行くだろうか、というのは疑問です。それほどの内容とは思えなかったからです。(詳しい指摘については、後日レビューとして書かせて頂きます。)
私が今危機感を抱いているのは、
「この時代に書かれた本が、果たしてこれから先残るのだろうか?」という疑問です。
本は
「売れることに意味があるのではなく、次の時代に伝える為に意味がある」というのが、私の考え方です。
でも、今の世の中、そうして「次の時代」に残るような本が、果たしてどれだけあるでしょうか?
電子書籍があれだけ騒がれる中、実際電子書籍のサイトを覗いてみたところ──まんまるいネコみたいな女の子がゴロゴロ出てくるような、そんな本ばかり。あんな中で、仮に「川端康成」や「ビクトル・ユーゴー」なんて混ざっていて──売れますか? 電子書籍で、それを読もうと思いますか?
私は、どう考えたところで
i-padでどんなに電子書籍が読めたとしても、販売数を伸ばすのはビジネス系か自己啓発系か、エロ系か漫画ぐらいだろう、そう思っています。
もはや、哲学や思想書、歴史書の類は
「殺されつつある」と言っても過言ではありません。
こんなにも受容があるのに──こんなにも、「この世だけではない、他の世界のことを知りたい」「真理を知りたい」とする人達が多いのに、
先見の明がない企業によって、人々が真理を知る機会が奪われているとしか、私は思えません。
ルドルフ・シュタイナーの本は、約100年を経ても未だに読者数を伸ばしています。
スウェーデンボルグの本などは、250年以上経ても、残っています。(実際は日本よりも、ヨーロッパの方が出版数は多いです。)
西田幾多郎の本も、鈴木大拙の本も、今だって読まれています。
でも、現代の人達で未来に残る本は──果たしてどれだけあるのでしょうか?
本は、ただの
紙ではなく、
知識であり、情報です。 しかも、地球の資源を使って出させてもらっている以上、「本当の万民にとっての知恵」となるべき真理が書かれた本が世に出てしかるべきです。
しかし、残念ながら今の(日本の)精神世界の有名著者のほとんどの方は──そこに「至ってない方が多い」と、私自身は感じています。(理由は数々ありますが、それを書くと長くなってしまうので、ここでは割愛させて頂きます。)
ただ、そうなってしまうのは決して著作者だけの問題ではなく、
出版社に原因があると、そう思います。
「いい本」よりも「売れる本」を──そして、次から次へと異なる情報を出しては、読者を混乱させている印象を私は受けてしまいます。
本を読み慣れていない方は、ひとつの本を読んでいれば「その本だけ」の情報しか頭に入らないでしょう。
しかし、実際に「他の本」の記憶を照合すると
矛盾だらけだったりもするのです。
その矛盾点を解明したり、自分で考察出来れば良いのですが、読み慣れていないと「ああ、なるほどそういうことか」で納得をしてしまう。でも、「何だかスッキリしない」という気持ちを抱き──結局、「精神世界なんて、アテにならないからな」で終わってしまいます。
本来は「そうではない」のです。
ちゃんと
主旨一貫した真理が、どの本にも書かれているのです。しかし、その辺りのことを誰も指摘しないので「精神世界なんて~」で終わってしまうのです。
私はこの現状に、ひどく絶望しました。
数日間悩んだ結果、
「だったら、私がそれらの本をすべて『どこが矛盾していて、どこに正当性があるか』を書いていこう」と決意したのです。
書籍レビューという形で、
「どの部分が矛盾していて、どこに整合性があるのか」の全てを解説しよう、というわけです。
カヴァーロ氏の体験だって、本当は「ものすごく深いもの」であったにも関わらず、誰もそれを検証していません。でも実際は、カヴァーロ氏が見てきたものを裏付けるようなデータが、科学書や歴史書の随所にあるのです。
しかし、実際にその本を読まれた方でなければ、その意味の深さを知ることも出来ません。その辺りのことも、レビュー記事としてまとめていこうと思っています。
本来は、私がそういうことをしてしまうことで「私のレビューだけが正当と思われる危険性」があったので避けていたのですが、ここまで事態が悪化してしまうとなると、かつての「カルト教団騒ぎ」のように、いっせいにカルトを賞賛しておきながら、オウム真理教のサリン事件を境に「本棚から瞬時に精神世界の本がなくなる」なんていうバカげたことが起こりかねません。
そういうことは、もう二度と「あってはならない」のです!
精神世界への否定は、「母親の子宮を否定する」のと同じことです。例えて言えば、「現実世界」という「リンゴ」の中に生きていて、
「種なんてちっちゃいものから樹が生えてリンゴになるなんて、あり得ないわよね~?」「ね~!」って言い合っているのと同じことなのです。
今、書籍レビューを含め、新たな形での「YOU are EARTHサイト」を準備している最中です。
また、「売れる・売れない」に拘る出版社の流通システムに嫌気がさしたので、私はガンガン、ひとりでも多くの人が手に取りやすいような冊子を作成していこうと思っています。
出版システムが死にかけているとはいえ、電子書籍システムも、決して「いいものを次なる時代に残す媒体」とは言えません。むしろ、さらに人類の思考力を悪化させる結果となりかねないでしょう。
だったら、「新しいシステムを、自分で作るしかない」──私はそう思いました。(大体みなさん。疑問に思いませんか? 何故、日本の本は海外の本のように「ペーパーバック」じゃないのでしょう? 文字を読むのに、綺麗な紙を使用する必要ってどこにあるのでしょうか? ハードカバーである必要がどこにあるのでしょうか? それで無駄に経費をかけておきながら「売れない」なんて、なにをかいわんやです。読者を馬鹿にしすぎです。)
私が作曲家を目指していた頃は、誰もがインディーズを出せるような時代ではありませんでした。
それが、数年後は「誰もが出せる時代」となり──今、出版界もそうなりつつあります。
でも、問題は
「出すことではない」。「如何にいいものを書き、次の時代に残せるか」です。
打ち上げ花火のように出ては消えていくものは、物質的に価値があっても、精神的な価値としては残りません。
そうならない為に、私は「YOU are EARTHを独自の情報発信源として、完璧にしよう」──そう決意しました。おそらく早ければ今月中──遅くとも、来月には完成の予定です。
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