【体験談6】伝えられなかったメッセージ

【8月10日19時追記】
 本日、および明日11日は、諸事情により更新をお休みさせて頂きます。
 「体験談7以降」は、12日以降引き続き掲載致します。



【ご注意】
 今回の内容は、心霊現象に深く関わるものです。
 勿論、決してただ単なる負の想念としてや、恐怖を煽って楽しむ的なホラーを目的として書いているわけではありません。当時の私は本当に怖かったですが、でも、真実を知った今となってはとてもせつなく、むしろ口惜しい体験です。
 同時に「死という意味を考える、大きなきっかけになってくれた」と、彼に感謝さえしています。
 「死後」について考えるには大切な体験談と思い公開に至りましたが、感受しやすい方や心霊的な話は苦手という方は、ご遠慮頂いた方がいいかもしれません──。
 何卒、ご自身でご判断頂きますようお願い申し上げます。



 それは、私が高校一年の時──冬休みの前に起きた出来事でした。
 クリスマスもあと数日に控え、私は心なしかいつもより気持ちが浮かれていました。
 長距離の通学において音楽は道中仲間でしたので、私はその日も音楽を聴きながら窓の外を見ていました。

 私は昔も今も乗り物が大好きで、必ず窓際に座りたがる性質があります。
 その日私は、先頭車両の一番前──運転手席の窓から景色を眺める席に腰掛けていたので、ちょっとした特等席気分で外を眺めていました。
 そんな私を乗せて、電車がある駅に着いた時のことでした。
 その駅の先はすぐにトンネルで、小さな踏切をはさみ、またトンネルが続いています。小山の多い横須賀周辺では、このように小さなトンネルがいくつも続くことが多いのです。
 電車が駅に止まっている最中、私は音楽に夢中になりながら運転手席を通して前方を眺めていました。

 ふと、その時。
 トンネル向こうの踏切を、ひとりの少年が渡ろうとしていました。
 少年が何かを確認するような素振りでこちらを向いた際、遠目で私と目が合ったのです。彼がこちらを見ている最中、踏切のまた先に続いているトンネル内には、下ろうとする電車の光が見えました──。

 ──あの子、アブナイことするなぁ。踏切、下りてるだろうに。

 その時は、そんな程度にしか思いませんでした。私はすぐに意識を逸らすと、再び音楽に陶酔します。
 ところが。
 どうしたことか、まったく電車が発車しません。それどころか、にわかに車内が騒然となって、電車の中にいた数人の人達が慌てて外に出てしまったのです。

 ──何があったのだろう?

 さすがに気になった私はイヤホンを外してみましたが、特に車内放送もなく、何が聞こえてくるわけでもないので──諦めて、またイヤホンを耳に戻しました。
 ずいぶんと経ってから、そのまま電車は動き始めました。
「ああ、やっと動いたか」
 そんなふうに思いながら顔をあげた私の前に──異様な光景が広がっていました。

 先程の下り電車が、トンネルの中で停車したままだったのです。
 しかも、運転手席には誰もいません。
 何故、トンネルの中で電車が止まっているのか──何故、運転手席に誰もいないのか。私はよく分かりませんでした。

 私を乗せた電車は、何かを気遣うようにして、ゆっくり車体を動かしていきました。そして、下り電車の最後尾と先頭車両が並んだ時──。

 すべてが、明らかになりました……。
 そこには、先程の少年と思しき遺体があったからです──。
 手も足も、胴体もとどめていましたが──頭部だけが、ありませんでした。

 ──何てことだろう!

 私はまたもや、慟哭したくなるような衝撃に見舞われました。
 しかし、今回はいつもと何かが違うような感覚はしていました。大抵、その直前に何かを感じ取ったはずなのに、私は彼の事故については、「いっさい何も感じなかった」からです。
 当時は、自分が「音楽に夢中だったから」だと思っていました。
 しかし──実はそうではない理由があったということを、後から理解したのでした……。


 翌日の新聞で、その踏切の事故の件が掲載されていました。
 死因は「自殺」とされていました。
 でも、何となく私は踏ん切りのつかない思いも残っていたのです。

 ──自殺をするような人が、確認するような素振りで駅に止まっている電車を見るだろうか?

 私は、彼が轢かれる直前──彼と目の合った最後の人物だったはずです。だからこそ、「自殺をするような人が、果たしてそのような行為をするのかな」という疑問も残ったのでした。
 もっとも、私はそんな自分の考えを「気のせいだ」と打ち消しました。そして、このことはもう忘れよう──それが、彼にとっての一番の供養だ、そうも思いました。


 それから、しばらく経ったある日のこと。
 私は寝ている最中、酷い金縛りにあいました。
 空気はまるですべてに重りがついたかのようにどんよりと濁り、息苦しく、体も動きません。
 いえ、動かない──というよりも、誰かが「のしかかっている」のを感じたのです。
 私は無理矢理、体を起こそうとしました。必死に抗い、意識を出来るだけ明瞭にして「その正体」を突き止めようとしたのです。

 その時、私の目に見えたのは──私の腕を抑えつけている、「誰かの腕」でした。
 二の腕から先は何も見えず、肘から先の部分だけが、ただぐっっと私の腕を掴んで押さえ込んでいるのです。
 しかし、袖口のセーターの色を見た時、消えていた記憶が蘇りました。

 「事故を目撃した少年が着ていたセーターと、同じ色だ!」ということを。

 そして奇しくも──それは、ちょうど事故の一ヶ月後だったのです。
 今となってはそれが何日だったか、明確には覚えていませんが(事故自体は、12月21~23日のいずれかだったのは確実です)──当時ははっきりと、その日を記憶していました。忘れたくても、忘れようがありませんから。

 やっぱり、迷ってしまっているのか。自殺してしまったが為に──。
 私はそう思いました。
 でも、「彼が何を訴えてきているのか」までは、分かりませんでした。
 私はひたすら、心の中で彼に「死んでいること」を伝え、「どうか、安らかに眠れるように──」と祈ることしか出来ませんでした。


 たいていは、一回程度現象が起きても後には引きずらないケースが多いのですが、今回ばかりは続きました。
 それからまた、ちょうど一ヶ月後
 私が真夜中に目覚めたその瞬間──はっきりと少年の声が聞こえたのです。 

「死にたくねぇよ──!」

 それは、どこから聞こえたのか位置さえも分かるほど、明確な「肉声」でした。
 その場で誰かがいるかのように、「聴覚」が声を認識しているかのようでした。
 私は恐ろしくなって飛び起きると、すぐさま照明をつけました。
 部屋が明るさを取り戻した中で、ひたすら祈ることしか出来なかった──それほどまでに、怖かったのです。


 そして、事故からまる三ヶ月がたった日──。
 私は、今までにない、最も恐ろしい体験をすることとなったのです──。

 その日、私は寝ている最中、またもや金縛りにあっていました。
 ですが──今回の金縛りは、いつもと様子が違います。
 しかも、頭が、割れるように痛かったのです。
 体は「金縛りにあっている」というよりも、もう硬化した石のようになって身動きひとつ取れませんでした。

 ──何? 何でこんなに、頭が痛いの!

 しかも、私の周りで何やら声が聞こえます。複数の男性の声でボソボソと、遠くで喋っているようでありながら──でも、彼らが自分の周りを歩いているのがわかったのです。

 ──何? 一体何なの? 何がどうなったのか、説明してよ!

 私はそう叫びたい気持ちでした。
 私の周りを彷徨いている男性達は、何か相談しあっているような様子でした。その一部の声が「自殺か?」「いや、わからない」というニュアンスの話をしていたことも、記憶しています。

 ──もうやめてよ! 誰か、何とかして!

 そう思った──その瞬間。
 私の腕が、誰かに持ち上げられました。まるで、「どこかに運ぼう」としているかのように。 
 その触感は、明らかに「軍手」でした。
 使い古されたような軍手の感触も、私の中ではっきりと認識出来たのです。
 こうした体験で「触感」を味わったのは、この時が初めてでした。

 私はこの恐ろしい体験から抜け出そうと、必死に藻掻きました。
 僅かに光が見えた瞬間、私は自分の意識を呼び起こすと、恐怖が拭えないままの体を引きずって、ベッドから這い出た程です。

 私には、この現象がはっきりと理解出来ていました。
 私は、あの少年の「亡くなった場面」を、追体験させられたのです。
 もうこんな恐ろしいことを繰り返されていては、私もどうにかなってしまう──そうも思いました。
 また同時に、毎月の命日にメッセージを送ってくるというのは、余程何か伝えたいことが彼にはあるのだということも、理解していました。

 でも、私には彼のメッセージを理解するだけの力が、当時はありませんでした。
 まるで、ただの「ラジオボックス」です。
 受信はしても、こちらからの発信や意思疎通は出来ない──。
 私は、何とかしてこの状況をおさめなければ──と必死に策を練りました。

 そして──姉の友人である、霊感の強いAさんのこと(参照:負の想念が力を変えた)を思い出したのです。

 私は姉に事情を説明し、何とかAさんとコンタクト出来る機会を持てないかと相談しました。姉はすぐAさんに連絡を取ってくれ、Aさんが遠隔で霊視した後、再度私に電話してくれる──ということになりました。

 私は藁にもすがるような思いで、ひたすらAさんからの連絡を待ちました。
 それから数時間が経過してから、Aさんからの電話が架かってきたのです。
 Aさんは開口一番、私にこう言いました。

「その子──本当に、自殺なの?」

 私は正直に、「わからない」と告げました。
「自分も疑念はあるけれど、でも、新聞では『自殺』と報道されていました」
 Aさんはしばらく唸った後、こう続けました。
「彼の伝えてきたいことは、私にもあまりよく分からなかったけれど──でも、とにかく彼はひどく『混乱』していたよ。自分に起きたことを理解したくて藻掻いていた時に、霊感の強い由羅ちゃんの元を頼って来てしまったみたい」
「──彼は、どうなったんですか? もう大丈夫なんでしょうか」
「うん。しばらく説得に時間はかかったけれど、彼のおばあちゃんが迎えに来てくれたから、もう大丈夫だよ。これからは、もう由羅ちゃんに出てくるようなことはないから」

 私はその言葉を聞いて、心底安心しました──。
 そして、もうひとつ──ずっと思っていたことを、Aさんに打ち明けました。

「Aさんは、私が子供だった頃、『能力を封じ込めた方がいい』って言ってましたよね? それ、やってもらえませんか? 私はもう、こんな辛い思いをするの──本当に嫌なんです!」

 ──それは、心底の叫びでした。
 もうこれ以上、人の死を見るのも──
 そして、その人の訴えを聞いても「何も出来ない自分」というのも、嫌で嫌で仕方ありませんでした。
 しかし、Aさんから出た言葉は、残念ながら期待に沿うものではありませんでした……。

「もうここまで力が大きくなってしまったら、封じ込めるのは無理だよ。でも、必ず力が安定する時期が来るから、それまで耐えて」

 私はがっくりしてしまいました。
 ああ。一体どこまで、耐え抜けばいいのだろう──と。(しかも、この時のAさんの言葉の意味を、36歳以降になってから知ることになるとは、予想だにしていませんでした。)
 Aさんにも、彼のメッセージは伝わりきらなかったようですが、それでも、あれほどまでにアプローチしてきたということは絶対に何か、言い残したことがあったはずだと、私はそう思っていました。
 それが分からない自分も嫌だったし──「それが理解出来ないぐらいなら、こんな力ない方がいい!」
 どれほど、そう思ったことか。

 目の前で助けを求める人達を助けられないことほど、辛いことはありません。
 誰かがまるで意図的に、「助けられない苦しみ」を私に味合わせているのだろうかとさえ思えました……。


 そして──日々は、再び流れていきました。
 Aさんはその後も絶えず、私の状態を気に掛けてくれているようでしたが、その少年の一件ほど酷いことはなく、また、その体験を通じて私自身も恐怖を乗り越えた(というか、麻痺した──とも言えるのかもしれませんが)部分があったので、小学校時代の苦難の時期同様に、何とか自力ではい上がりつつありました。

 そんなさなか。
 思いがけないところで、すべての真実が明かされたのです。


 それは、高校二年生の冬の時期。たまたま通学路を一緒になった友人と、学校まで喋りながら歩いていた時のことでした。
 その友人が、ふとこんなことを漏らしたのです。

「──もうすぐ、友達の命日なんだ……」

 それは、本当に普通の会話の中でのことでした。
「──そうなんだ。その友達は、同い年?」
「うん、そう」
「──それは気の毒だね。何で亡くなったの?」
「事故で」
「事故? バイク事故か何か?」
「ううん。『電車』──」


 その瞬間。
 私の全身に、電撃が走ったような感覚がしました。
 私は硬直し、何も言えなくなってしまいました。何か直観めいたものが、私の奥底で蠢いていたからです。
 無言になった私を気にとめず、友人は話を続けました。


「警察は、『自殺だ』って言うんだけど──でも、私や他の友達は『絶対にそうじゃない』って、確信してるの。
 だって、彼は幼い弟と妹がいて、病気のお母さんもいて──それを理由に進学を諦めて、一生懸命働いていたような子だったんだもん。
 ちょっと不良だったっていう理由だけで、ちゃんと調べないで自殺にされちゃって──」

 私はそこで、友人の言葉を遮っていました。

「ねぇ──。もしかしてそれ、S駅近くの踏切の事故じゃない?」
 私がそう言った瞬間、友達は愕然としました。
「何で知ってるの!」


 その瞬間──私は通学路の途中にも関わらず、人目も気にせず泣きだしてしまいました。
 突然泣いた私を見て、友人は慌てふためいていましたが──哀しくて哀しくて、仕方なかったのです。
 何故なら、1年経ってようやく、彼が「何を伝えたかったのか」理解したからです。

 でも、そんなじゃ「遅すぎた」のです。
 彼は、伝えたいことが「いっぱいありすぎた」のでしょう。だから混乱し、私にもAさんにも、具体的に何を伝えたいのかがわからなかったのかもしれません。

 彼は、自殺なんかじゃない──明かな「事故」だったのです!
 彼が「確認するように見た」のは、踏切が下りている理由が駅で止まっている電車の踏切だということを確認する為だったのだと、ようやく分かりました。彼はよもや、反対側から来る下り線の電車の為に踏切が下りているとは、思っていなかったのです。
 彼は、「駅に止まっているから大丈夫だ」と安心して──踏切をくぐってしまっただけだったのです。 
 にも関わらず、それを自殺とされてしまったのです。
 残された弟、妹──そしてお母さんの痛みを思ったら、私は居たたまれなくなりました。

 考えてもみてください。突然、家族が亡くなって──その理由が「事故」「自殺」かでは、まったく意味が違うのです。
 遺族にとって、それは「同じ死ではない」のです!
 もしも、自分たちの為に身を犠牲にして働いてくれていた兄が死んだら──弟や妹は、何て思うでしょうか? お母さんは、何て思うでしょうか?
「自殺したのは、『自分たちのせい』かもしれない」
 そう思ってしまうかもしれないのです。

 彼が言い残したかったこと──「自分は、自殺じゃないんだ」というメッセージ。そして、自分がいなくなることで残された家族への想いなど、たくさんのことが詰っていたのです。
 彼の言った「死にたくねぇよ」という言葉──あれは、明らかに「家族への配慮だった」ということが、ようやく分かったのです。
 自分が死んだら、残された家族はどうなる?
 そんな想いがあったら──死んでも死にきれません。
 あれほど強いメッセージを私に送ってきたのは、当然のことだったのです。

 にも関わらず。
 私は、彼の追体験をしたのに──それを見抜けなかった……。
 私は、自分の鈍感さにも本当に嫌気がさして──悔しくて、そして哀しくて、涙が止まらなくなったのでした。

 突然泣き出した私に対して、どうすればいいのか分からなかった様子の友人でしたが──私は、思い切ってすべてのことを話しました。
 そして、はっきりとこう告げたのです。

「彼は『自殺じゃない』。明らかに『事故だった』んだよ。彼はそれを、私に告げたかったんだ──」と。

 友人は、しばらく無言のままでした。
 その友人は優等生で、理性で受け入れられるもの以外は信じない──というタイプの人でした。
 そんな彼女が、私にこう告げたのです。
「私……今まで、こうした心霊の話とか聞いても絶対に信じられなかったけれど……今の話は、すごく信じられる気がする。
 確かに、友達は自殺じゃないんだって──それが分かっただけでも、本当によかった……」と。
 私は、友人に「是非、彼のご家族にそのことを告げて欲しい」と言いました。
「自殺じゃない、事故だったんだよ」ってことを──。


 友人がそのことをご家族に告げたのか、私はあえて確認はしませんでしたが──でも、決して「悪いようにはなってないだろう」そう信じたいです。
 友人から聞いた彼の生き様は、本当に素晴らしいものでした。不良と呼ばれる存在ではあったものの、とても優しい人で、絶対に弱い者虐めをしたり乱暴をするような人ではなかったそうです。
 しかも、とても家族思いの、暖かい人でした。父親がいなくて病気がちのお母さんの代わりに、自分の進学を諦めて中卒で働いて、そんな中、幼い弟と妹の面倒をみていたなんて──本当に、今思い返しても立派だと思います。
 彼はきっと、今はもう不可視の世界で幸福な人生を送っているに違いない──私はそう、確信しています。

 もし「肉体が死んだら、すべて終わり」なのであれば──私がしたような体験は絶対に、起こりえなかったでしょう。
 もし、私のした体験が「ただの幻覚」だったのならば──よもや、友人の証言と一致するようなことは起こらなかったでしょう。
 彼は肉体を失った後も「尚」存在し、そして、私に「メッセージ」を伝えてきていたのです。

 死んだからって、終わりではないのです。
 むしろ、「そこから先の方が本番だ」と、私はそう思っています。
 その「本番」でどういった世界に行くかを決める為に、私達は今、この世という修行の場に来ているのだと、私はそう解釈しています。
 だから、どんなに辛くても「生きた方がいい」──。
 私は、死んだ後の世界が「どのようなものか」もこの目で見てきたから──そして、未練や負の想念を残して死んでいった人達の世界がどのようなものかも見てきたからこそ、実感してそう言えます(この体験は、また後日UPします)。

 修行は、どんなものであれ「辛くて当然」なのでしょう。
 むしろ、「辛い体験を笑って乗り越えられるようになる為に、自分たちはこの世に生を受けたんだ」──そう思った方が、私達にとって生きる勇気に繋がるように思えます。(体験談7に続く) 


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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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