【体内離脱プロセス・3】集合無意識の層を超えた、向こう側にあるもの

◆謝罪文◆
 昨日は徹夜した状態で外出し、帰宅が遅かった関係もあって、疲労により更新が出来ませんでした……。
 前回の記事で「明日更新します」と書いてしまったせいでご足労おかけしてしまった皆様には、心からお詫び申し上げます──。


 思想家の作業は、ただ「ものを考える」だけではなく、不可視のものを、ロジック化(言葉化=三次元化)する作業である──と、私はそう思っています。
 どのような形で表現することが、もっとも適切で、もっとも分かりやすいのか──哲学は「難解だ」とされるのは本来誤解であって、真理であればある程、万民にわかりやすく伝えられるべきことなのではないかと、私自身は考えています。(そういった意味でも、ルドルフ・シュタイナーは偉大な人だと思わずにいられません。今まで誰もやっていなかった不可視の世界を言葉で表現し、あれだけ分かりやすく構造化出来たのですから。)

 私自身も出来る限り分かりやすいように書くよう努めていますが、多少自分でまだ不透明な部分があったり(すべての真理を悟っていたら、今頃とっくに即身成仏です((笑)))曖昧なところもあるので、100%うまく皆様にお伝え出来るかどうかは確信が持てません。
 それでも、出来る限りのことを尽くしてみよう──そう思っています。

 人が何かを考える際、私はどう考えても「頭(脳)だけが動いている」とは思えないのです。
 それはこのブログでも何度も書いたように、「想念は、脳の電気信号だけで反映されているわけではない」からです。
 逆に言えば、先にそうした想念があって、それが結果的に脳内の刺激を起こす可能性は考えられます。卵が先か、鶏が先かではないですが、そうした意味では「先に想念ありき」なのだと、私には思えるのです。

 わかりやすい例えで言えば、何か感動する映画を観て、ぐわっと涙がこみ上げてきた時。
 人は「額」を抑えずに──からこみ上げるのを感じませんか?
 私は何せ激情家なので(苦笑)、「崖の上のポニョ」のオープニング「海のおかあさん」を聴いただけで、泣けてしまうような人間です。
 でも、その感動は「頭」から来るのではない──「胸のあたり」から、いっきにこみ上げてきます。

 そう考えると、人は想念を肉体の全身で持って受けとめ、また感じている可能性があるのではないか、そんなふうに感じるのです。
 チャクラの担う意味もそこに繋がっていて、脳だけにすべての想念が集約されているわけではないのではないか──そう思えるのです。
 そうすると、想念はどのような形で、どのように人に作用してくるのか──そこが非常に疑問となってきますよね。

 肉体の臓器の位置やチャクラの位置に拘ると、それはまた「三次元の空間概念」に囚われてしまうのでいったんリセットして頂くとして──上記したように、私たちの想念が頭に限らず、隈無くあちこちに存在するとした場合。
 それにも、一定性の法則性が含蓄されているはずです。

 それこそが、私が以前記事にした「意識の階層化と夢の関連性」で表現したような想念の地層状態なのではないかと思えるのです。
 そしてそれは、決して「わたくし」という個体だけのものではなく、共有しあっているはずです。(だからこそ、エハンさん((ジョン・クレイグさん))のよく言う「シンクロニシティ」ということが、昨今多々起こりえるのでしょう。それは「わたくし」という個体が同時期に何かを感じた「個別のタイミング」ではなく、一定の想念層以降は、集合無意識としてすべて繋がっているからではないかと、そう私は想定しています。)

 「夢」が「異次元の扉」であることは、そうなると言うまでもない、当然のこととなります。
 とある研究家のひとりは(ごめんなさい……。誰だったか、今は名前を失念しちゃいました……)「夢という無意識下のものと、霊界などはまったく別ものである」としていましたが、別ものという見方よりもその入り口と考えた方が妥当ではないか──私はそう感じるのです。

 私自身も、この確信はその「二日間における、奇妙な夢の連続性」を体験するまでは持てませんでした。この研究家のいうように、「夢と体外離脱というのは、決してイコールにならないだろう」そう思っていたのです。
 なら──「夢」とは一体、何だというのでしょうか? 何故、起こり得る現象なのでしょうか?

 実は、私が霊感を失っていた21歳から36歳頃までの間、私を始終悩ませていた現象がありました。
 あの頃はまったく、そうした不可視の存在を感じ取ることが出来なかったし、示唆的な夢を見始めるまでは、夢も本当に「ただのカオスの状態」の夢しか見たことがなかったからです。

 ところが、私はいつも眠りにつこうとして意識がなくなろうとする瞬間──常に、雑多な様々な人々の声や言葉、話しかけが聞こえてきて、目が覚めてしまうということが続いていたのです。
 もう霊感がなくなってから数年以上経っていたし、私の周囲にいる人達もインド哲学を探究していたとはいえ、そうした現象については割と否定的な考え方(あくまでも、アカデミズムに思想を探究しようとする人達)が多かった為、私自身も理性的な解析の仕方をしていました。

 当時私が考えていたのは、「夢とは、脳の海馬(かいば)で蓄積された記憶が整理される際に見える現象である」とするならば、私が聞こえるこの雑多な人々の声や言葉は、私が無意識下で、街中などで聞いた人達の言葉や話し声を脳が捉えており、それが反芻されているだけなのだろう──そう結論づけたのです。

 私に聞こえてくる多数の声は、決して私に話しかけているわけではないのです。それこそ、普通に街中を歩いていたら見知らぬ友達同士がしているような対話だったり、グループ同士の対話だったり、そんな感じだったからです。

 しかし、しばらくして「やっぱり、それだけでは説明がつかない」ということに気付きました。
 何故なら、「私がしばらく外出していない時も、その現象は続いたから」です。
 もし、本当に「その日に街中で聞いた人達の言葉が、ただ単に反芻されているだけ」だとしたら、外出しない期間は「その現象が起こらないはず」です。
 にも関わらず、やはりその現象は起きていました。
 しかも、もうひとつ疑問に気付いたのです。

 それは、対話ではない──明らかに「ひとりごと」と思える言葉が複数聞き取れたからです。

 街中で耳にした記憶が反芻されるだけだったら、ひとりごとの声が反芻されるわけがありません。街中にそんなでっかい声でひとりごと言ってる人が大勢いないことは、言うまでもないからです。

 ところが──後日になって、私と「まったく同じ体験をしている人がいた」という話を聞いたのです。
 それは本当に偶然でしたが、私がたまたまその話を友人にしている最中、友人に「あなたと同じことを言ってる人が、以前テレビで報道されていた」と言われたのです。

 私自身はそのテレビを見ていないので、友人の証言を元にすることしか出来ないのですが──何でもその人は老齢の警察官(刑事だったかもしれません)で、非常に検挙率の高い人だった──というのです。
 それは、いわゆる(かつてあったFBIの超能力捜査官みたいなノリで)霊感により、犯人逮捕に繋がった──というのだそうです。
 そして、その人は毎日、私と同じように「眠りにつく前、無数の人々の声や話し声を聞く」ことがあり、その中から時折「犯人らしい人の声」や「犯行現場で起きただろう声」などを見つけることがあり、そこから犯人を割り出していた──ということを、友人は教えてくれました。

 これは人伝の話ですので、私自身は確証しきれていませんし、また、10年以上前の話なので検索のしようもありません。
 ただ、あくまでも推察ですが、この刑事さんの言ったことや私自身が体感した「寝る前に聞こえる多数の声」というのは集合無意識化の想念の階層に蓄積された記憶を、音声化して捉えている現象ということが出来るような気がします。
 集合無意識の想念を、音声として捉えると話し声や独り言のように聞こえ、ヴィジョンとして捉えると、夢のように現れるのかもしれません。

 そこで──いよいよ私自身が体感させられた二日間の夢なのですが……。
 一日目に関しては、本当に夢を見ては目が覚め、また夢を見ては目が覚めを、何十回繰り返したかわかりません。しかもそれが5分起きや10分起き感覚なので、こちらは頭がおかしくなりそうでした。
 翌日はその中でも10個近く覚えていたのですが──今となっては、印象深い3つの夢しか覚えていません。

 ひとつは、またもや「音声」でした。
 しかし、これは明らかに「私に話しかけている声」だったのです。
 それも、ここ最近ずっと続いている現象ですが、「何かを教えてもらっている」ような感じでした。指導してもらっている──とも言うべきでしょうか。
 しかし、その中で「えっ? ちょっと待って。ここはこういう意味?」と自分で解釈しようとした瞬間、三次元的な意識が目覚めてしまい──同時に目が覚めたので、夢も終わってしまいました(その間、眠りについてから約10分ほどでした。)

 その次に印象に残っている夢は──
 狭い通路を、ひたすら・ひたすら・ひたすら、ネズミが走っていく──。
 ただ、それだけです。
 私は外部からそれを見ていて、ネズミが走っているのは金色の煉瓦で包まれた細い道なのですが、そこをただ黙々と、ネズミはまっすぐまっすぐまっすぐ、走っていくのです。

 ──それだけの夢。
 目が覚めた後、何の感慨も感想も浮かびませんでした……。

 他にも多数の夢を見させられたのですが、最後に見た夢があまりに意味不明すぎで、そのショック(?)からか、他の夢はすべて忘れてしまいました……。

 そこは、緑の草原の岬で、向こう側には美しい碧い海が広がっていました(こういう場面は、私の夢に多々出てきます)。
 その草原に──ひとりの青年が立っているのですが……その青年は、何故か「アメリカンフットボール選手の格好」をしていたのです。
 アメフト選手姿の青年は、アメフト用のヘルメットの中にある青い瞳(明らかに白人男性でした)でじっとこちらを見つめ、何故か、深々とお辞儀をしたのです。
 目の前には私が立っていたのですが、私も意味不明なことにスーツ姿の男性で、腕を組み、その選手の姿を見てまるで「よし!」と言っているかのように「うむ」と深く頷き──

 ──そんなどこぞの青春映画の一幕みたいな場面で、目が覚めました。



 ………………。


 まったくもって理解不能です。
 私がアメフトに興味もなければ、試合を見たこともない──それこそ、「まるで知らない社会のこと」ぐらいの認識しかないのは、言うまでもありません。
 この夢で私は何だかどっぷり疲れてしまい、寝るのを諦めて、朝まで起きていることにした程です……。

 そして、その翌日。
 またもや多数の夢攻撃にあっていました。
 ところが──私は前日とは違い、その夢を「まるで、自分が抜け出して映画を観ているかのような感覚」で見ていたのです。
 前日の夢は、確かにネズミが走っている姿などを客観視していましたが、それでも私自身「夢の中の登場人物(それこそ、煉瓦の一部だったとか)」という感があったのです。
 アメフト選手の意味不明な夢も、自分もその中の登場人物でした(スーツを着た男性って……某映画のエージェントじゃないんだから;)。
 しかし、その日に関しては夢を客観視している自分がいたのです。
 そして、その時に気がついたのです。

「夢というのは、積み重なった想念の階層のどこにアクセスするかによって異なるだけで、その動きはアットランダムであるが故に、ストーリー性がカオスのような状態に感じられるのではないか」と。

 そう感じた時、これはちょっと表現のしようがないのですが──まるでゼリー状に何層にも重なったイメージが、私の脳裏に浮かびました。
 そこにあるのは私ひとりの想念ではなく、それこそ「無数の人の想念」であることが何となく感じられた──その時。

 突然、場面が変わりました。
 そこは、私が体外離脱した際に、何度か行ったことのある場所でした。
 イメージとしては、白と、黄金色(決してまぶしい程ではなく、午後の日差しが黄金色に輝いて見えるような感じです)に統一された世界でした。

 そこに、ひとりの男性が立っていました。
 私は、名前は知りませんが(基本的に体外離脱先で、私は相手の名前は聞きません。でも、誰かをすでに私は認識しているようです)、何度か会ったことのある男性でした。
 そして、彼にこう言われました。

「ついに、ここまで来たね。
 君は、『道なき道を、自分で切り開くという難しい選択』をして、試行錯誤しながら、ようやくひとつの答えを見つけようとしている。
 体験は、ひとつの知識を生み出し、その知識が、また誰かの刺激になり新たな情報へと結びつく──君は、その模索をずっと繰り返し、今、ここにようやく辿り着いたんだよ」
と。

「君が慕う人(名前は言いませんでしたが、私は直感的にカヴァーロさんのことだと思いました)のように、肉体を持って異なる次元にアクセス出来る人達もいる。君が知らないだけで、そうした人達は他にもいるんだ。
 また逆に、君が師と仰いだ人達のように、思考を使って辿り着こうとした人や、或いはシャーマニックな能力を使ったり修行の道程を辿った者達もいる。
 方法は、どれでも一緒だ。何を使っても、辿り着くところは同じなんだよ。君のように、自発的な努力によってそれを成そうとするケースも含めて、ね」 
 

 私は、今にして思えば「質問したいことが、たくさんありました」。
 しかし──この時は、何故かそれが「出来なかった」のです。
 通常、体外離脱した先で私は質問をしてくることが多いのですが、それは自意識と共に行っている場合に限るのかもしれないと、その時に思いました。
 私はこの時、自意識を切り離し、想念を「集合無意識」として感知していました。要するに、私はその「全体の一部」ではあっても、自意識というものからはかけ離れてしまっていたのでしょう。
 勿論、これは私の訓練不足でしかないのかもしれません。
 或いは、もっといろいろ学ぶ必要があるからなのかも、しれませんが──。

 その後も、しばらく彼から色々な話を聞きました。自意識はないので(面白いことに、私自身の「存在」は感じても、私は「その場にはいない」というのも感じました。まるで彼は、透明人間に話しかけているような感じです)、ただ受ける(記憶する)ことしか出来ませんでした。
 その後に言われたことは、私個人に関わることでしかなかったので、ここでは割愛しますね。 

 私はこの体験を通じ、体内離脱と、体外離脱は「同じところ」に行き着くということを感じました。
 夢は本当に「異次元の窓」であって、決してただの記憶の脳内整理だとか、そんなものだけではないのでしょう。
 逆に言えば、普段「個々」で分れて生活している自意識でしかない私たちが、唯一、他者の意識と共有出来る貴重な時間とも言えるかもしれないのです。

 そう言えば──。
 このことを書いていて、6年ほど前に見た夢を急に思い出しました。まだ不可視を感知する能力が復活する前──ちょうど、不思議な夢を見続けている頃のことです。
 このことに多少関わるような感があるので、それをご紹介して、今回の連載の締めとさせて頂きます。


 私は、真っ暗闇の中ひとりでいました。
 ほのかな明るさだけを頼りに歩くのが精一杯で、周りに障害物があるのか、何があるのかまったくわかりません。
 その明るさの中で、私は「誰か、人とぶつかった」のに気付きました。
 すると、その人がいきなり私に「襲いかかってきた」のです。

 私は恐ろしくて、無我夢中で抵抗しました。
 そして気がつくと、抵抗しているうちに相手のことを殺してしまったようなのです。
 ほのかな明るさの中で、足下に倒れる男性の遺体をみた瞬間、私の中で「なんてことをしてしまったのだろう!」そんな痛烈な叫びが飛び出しました。

 次の瞬間。
 場面は変わっていました。
 今度は、砂漠のようなところです。
 そこに、大勢の人達がひれ伏して、何かをしているのが見えました。
 その行為が何か、私には意味がさっぱり分かりませんでした。

 また場面が変わりました。
 今度は、人通りの多い街中です。頭の上から衣装を被った人達(現実には見たことがないので、表現のしようがないのですが)が大勢行き交う中で、大きな建物を前に豪勢な衣装を身に纏った人達と、商人らしき人達が何か話をしているのが見えました。
 その建物の中は、どうやら聖堂のようでした。
 宗派は──まったくわかりません。
 いずれにせよ、人々の祈る姿が見えたのです。

 次々と、場面が変わっていきます。
 しかし、そのどの場面も、すべて「祈り」が出てきました。
 彼らは、何に向かって祈っているのだろう──。
 そう考えている間に、ふと私の意識の中で、

「神は、どこにいるのだろう」
 ──そういう問いかけに変わりました。

 やがて私は、ただ移動していただけの状態ではなく「神は、どこにいるのか」という問いかけだけで動き始めました。
 そうしてまた、沢山の場面を移動した──その後。

 突然、今までとはまったく違う──はっきりと明るい空間に辿り着きました。
 そこには、大きな聖堂が建っていました。
 聖堂──というよりも、「門(ゲート)」と言った方が近いでしょう。

 そこの前には大勢の人がいて、門の中に入りたがっています。
 しかし、門の前には門番らしき衛兵が二人立っていて、中には入れてもらえそうにありません。
 私は、「神は、どこにいるのか」という問いだけを胸に、その門番の前に近づいた──その時。

「お前は入って良い」

 そう言われ、門の中に通されました。
 中は、ガランとした広間でした。紺碧に象徴された空間だったような気がします。
 そこには、私の前にも中に入れてもらったと思しき、四名ほどの人が立っていました。その人達の前にはさらに大きな門があって、どうやら、その向こう側に「何かがある」らしいのです。

 私は一番最後に入ったので、一番手前側に立ちました。
 すると、どこからともなく声がして──ひとり、またひとり、ゲートの向こうへと呼ばれていきます。

 私は少しずつ、恐怖を感じ始めました。
 いえ……。今にして思えば、畏怖に近かったのかもしれませんが。
 「ここは、まだ私に早すぎるのではないか」──そんな気がしたのかもしれません。
 また、同時に疑念も湧きました。

 神は、そんな容易く会える存在なのか?
 このゲートの先に神がいるということは、安易な人格神とでも言うのだろうか?
 いや、そんなことはないんじゃないか。
 私は、騙されているのではないだろうか。
 このゲートの向こうに、私が求める神など、いないのではないだろうか。

 そんなふうに思った──その時。

「今、お前のその問いに、答えることは出来ぬ!」

 背後から、力強い声がしました。
 白装束に身を纏った、力強い女性(女性でしたが──本当に男性的な威厳を感じさせました)がその場に立っていました。
 その女性は私の目を見つめ、少しだけ表情を和らげると、こう告げたのです。

「お前が『二回目』にここに来れた時、その答えは明かとなるだろう──」 

 その直後、目が覚めたのでした──。



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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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