昨今、時代の流れによる影響か、或いは一部の偏ったスピリチュアリストによる影響か分かりませんが、不必要に日本を特別視する人達が散見されます。
私自身、自分が日本民族として生まれ、その精神を継いでいる一員として日本に誇りを感じてはいますが、あまりに日本崇拝主義に偏った人達を見ると哀しくなります。
第二次世界大戦であれほどの痛手を負い、未だ遺骨さえも帰国出来ない兵士達がいるというのに、何故、日本だけが特別だと言えるのでしょう。それは戦争で犠牲になった人達や原爆により尊い命を犠牲にした人達に対して、かえって失礼なようにも思えるのです。「日本は特別だ。日本は神の国だ」と言えば言う程、戦争で亡くなった人達はこう思うでしょう。
「ならば、何故神は日本を守ってくれなかったのか」と。
日本民族としての誇りを持つということは、闇雲に日本を優越視することではありません。
どの国へ行っても、どんな未来が来ようとも、
自分の根底に流れる「和のこころ」を重んじることこそにあります。
それこそが日本人の本質であって、日本の神だけが優れているとする頑なな主張は、かえって日本の未来を混沌とさせるものだと、私はそう思います。
そもそも、私たちは日本民族ではありますが、それ以前に
地球人であるという前提を忘れてはいけないはずです。
それを脇において「自分の国家だけが素晴らしい」とする考え方は、かつてのナチスと同じです。
何故、地球をひとつの共同体として見ることが出来ないのでしょう?
何故、異なる思想と互いに共生出来ないというのでしょう?
これ以上分離を促進させて、一体どうするというのでしょう?
優越思想の行き着くところは暴力的なワンネス(独裁)であるということに、まだ気づけていないのでしょうか。 日本優越思想の人達は、是非、今の日本の現状を見て欲しいものです。
本当に優れた国民性や、本当に神の領域に守られた国であれば、
もっと利他的で、愛の深い行為を常に意識出来るはずです! 宗教や神話というのは、その民族における基盤ではあっても、それを振りかざして「やれどの国は低い」「やれどこどこは劣っている」などと優劣つけるものではありません。
キリスト教も、イスラム教も、それぞれにおける民族の基盤として素晴らしいものであり、尊重すべきものです。彼らの文化を知りもしないで、安易にそれを否定すべきではありません。
私はこういった日本優越思想の人達を見ると、本当に哀しく、また、情けなくも思います。
本来大切なのは互いの支え合いや、調和、協力する姿勢であるというのに、かえって時代を逆行させているようにも思えます。
そのように悪戯な日本優越思想を抱くぐらいなら、もっと大切な
日本人のこころを育てて欲しい──そう思います。
音に敏感で、感受性豊かだったかつての日本民族を思い返し、俳句や短歌をしたためて、季節感を取り戻す為の運動なりをした方が余程健全です。
本当に平和を願い、人類の向上を願う人であれば、必要以上に自分たちの国のみを優越視することはまずないでしょう。
もっと大きく、寛容な視点で、様々な国の文化、民族を理解し、受け入れることの方が先決にも関わらず、凝り固まった扇動の仕方をするスピリチュアリストや精神世界研究者が増えているのは、本当に哀しいことです。
異なる価値観、異なる文化、それぞれの差違を受け入れてこそ初めて、地球の未来は明るくなるはずです。
地球が悲鳴をあげている今、もっと広い視野と、もっと深い思いでもって、国家・民族関係なしに手を取り合う時代が来ていることに、ひとりでも多くの人に気づいてもらいたい──心からそう願っています。
●多くの方に、「真剣な目で地球人類の進化に意識を向けて欲しい」と、強く願っています。
また、毎日の記事を書く為の「大きな励み」になっていますので、クリックのご協力をお願い致します。(いつも押して下さっている皆様、本当にありがとうございます。)



◇メインサイト◇