「個」の考察

2009年3月19日記 過去ブログ「ひとりの祈りから」より転載
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 わたくしといふ現象は

 假定された有機交流電燈の

 ひとつの青い照明です

 (あらゆる透明な幽霊の複合体)


 風景やみんなといっしょに

 せはしくせはしく明滅しながら

 いかにもたしかにともりつづける

 因果交流電燈の

 ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)


 宮沢賢治・春と修羅(序)より引用



 「春と修羅」の冒頭は、端的に「私(個)」という存在を語っています。
 一見難解な詩ではありますが、確かになる程「私(個)」という存在を「ひとくちに言い表せない」のは事実です。「私」を表現する為の切り口は無数にあり、どこから切り込むかでその印象も変わってきます。
 「我思う、故に我あり」という有名なデカルトの言葉は「内面からの模索」であり、反してこの「春と修羅」は、「客観的に見た『私(個)』を模索しようとした、ひとつの試み」だからです。内面から外を見上げる行為は「主観」で出来ても、個を「客観的」に説明することは非常に難儀です。

 「私」という存在について思案するからこそ、人間には「動物達にない知恵が生まれた」とも言えるでしょう。外的環境の中で生きていき、そこに取捨選択も何もなければ、思考する必要性がないからです。
 そうである以上、私達人間にとって「私」という存在は「神に至る切り札」とも言うべきものなのです。

 歴史的にも、この「私」という個を廻る様々な試行錯誤がありました。
「私」という存在は「ひとつの種から派生した」という考え方と、「環境や周囲にあるものごとを取捨選択し、その中から『揺るぎがたい自分』」とした考え方と大きく二つの視点に分かれたのです。

 しかし一見真逆に見えるこの意見には、決して矛盾はありません。もしも前者だけで「私」を探索するのであれば、私達は「自我」を育てる為に社会や環境を必要としなくなるでしょうし、後者だけであったとしたら、同じ社会や環境に生きている者は「まったく同じ個性」を持たなければおかしくなってしまいます。

 私達は「自我」を育てるにおいて、内包する「自我の種」に応じた「環境」、或いは「経験に基づく感情」を取捨選択していき、それを繰り返すことによって「自我」を育てていくのです。その方向性はおおむね「理想とする自我」であり、一段階上に立つ「自分自身」といえるかもしれません。

 このことを忘れてしまうと、人は必要以上に「環境」或いは「対人関係」など、外面的影響に翻弄され、自我の本質を見失ってしまいます。本来、環境と関係性はあくまで「自分を育てる為の要素」に過ぎないところを、外面ばかりを尊重してしまい、内面から抱えてきた「自分の本質」を蔑ろにしてしまいます。結果、自分の中にある種は栄養失調のまま芽吹くことはなく、どこか枯渇感を抱きつつも何が原因なのかわからないまま、ただ周囲に翻弄され続けてしまいます。

 「私(個)という本質」──自我を知ることは、この世を生きる上で大切な指針となります。
 宗教によっては「自我を否定」することも多いですが、「自我を知らないまま、否定する」ことはとても危険なことです。

 私達は生活する上で「ものには名前がある」ことを知っています。
 自分の名前はもちろんですが、母親の名前、友達の名前──しかし、実際は「名前がその人をあらわしている」のではなく、その人の本質があるに過ぎないことを、私達は体験から知っていきます。にも関わらず、それらの体験すべてをすっ飛ばして「自我を否定」するのは、「この世の存在そのもの」を否定することに代わらないのです。

 確かにこの世は虚ろでしょうが、意味がなければ存在しません。どんなに虚ろに見えても、世の中には「意味」があるのです。その中で私達が「如何に理想的自我に近づけるか」という目標がなければ、私達はこの世に生まれてくる意味もないでしょう。

 エゴから自我への飛躍こそが、私達人類における「共通した目標」といえるかもしれません。 
 それはウパニシャッド哲学で言えば「梵我一如」と言えるでしょうし、ユニバースと呼ぶことも出来るかもしれません。
 それは必ずしも修行で得る必要はなく、必ずしも技術を必要とはしません。自分を見つめ、自分の痛みや喜びに正直になり、それを認めることだけで、大きな前進となるはずです。

 私達は「私」という個を「仮定」し、そこに交流の源泉をたどっているに過ぎないのです。
 絶対的な個という枠組みはエゴを生じ、この枠組みを解放した時から「高次な世界への扉は開かれている」のです。

 せわしない現代の時の中で、ひととき自分を見つめ、大いなる生命の息吹を感じる。
 それこそが、ぎりぎりに追い詰められた地球という惑星の中で、私達ひとりひとりが出来る小さな努力なのかもしれません。

【関連記事】
個は全体の成長要素 
現実問題、生きてみろ

※「LIVE the REAL」のユエさんと、偶然記事が一致しました。(過去記事引っ張り出して来たにも関わらず(^^;)。←って、手抜きでごめんなさい;;)
ユエさんの視点からも是非、考察なさってみてください(^^)

自我の表現、霊我(真我)の表現


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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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