隣人に「神性」を見よ

 「神性は、誰の内面にも備わっている」と言われるようになって久しいですが、この言葉は聞き慣れたとしても「他者の内面にも、神性が備わっている」という言葉を改めて聞いたことはそうそうないような気がします。
 しかし、こうしてスピリチュアル、精神世界が人々の日常に浸透した今だからこそ、他者の中に神性を見ようとする努力が、必要なのかもしれません。

 最近の世の中は、周囲に対する思い遣り、相手を気遣うこころに欠けているきらいがあると思えます。
 三ヶ月ほど前のことですが、夏休みの最中、地下鉄に乗ってきた親子連れに向かってOLの女性が「降りるよう」促したという記事を見かけました。
 もともとはTwitterで「実際にあったこと」として呟かれていたことから話題となり、ネット上で物議を醸したそうです。
 私も長いこと遠距離通勤を体験してきた身なので、これから仕事に行くという時に親子連れが乗ってきて賑やかにされると、げんなりしてしまうという気持ちはよく分かります。私の場合、一本の電車に約2時間近く乗っていなければならなかった為、その大半の時間に仮眠も出来ず、子供のにぎやかな声を聞きながら過ごさなければならないという状態にあると、憂鬱になることさえありました(苦笑)。
 ですので、そのOLの気持ちも「分からなくもない」のですが、しかし実際にそれを口に出して親子連れを下ろすという行為に出るのは、別問題だと、そう思います。
 何故、その時僅かにでも、相手のことを思い遣ることが出来なかったのでしょう? 電車から下ろすことで、もしかしたらその母子連れが予定していたスケジュールを強引に変更させることになるかもしれない──そのことがトラウマになって、お母さんが子供を電車に乗せることが出来なくなるかもしれない、そうは思わなかったのでしょうか? 何故、一言「すみません。もう少し、静かにして頂けませんか」という声かけだけですまなかったのでしょうか?

 こうした「小さな思い遣りに欠ける行動」というのは、最近、枚挙にいとまがないように思えます。
 こういう社会の中で、どんなに自分の内面に神性を見出したとしても、何も変わらないのではないか──或いは、かえってその人自身を傲慢にさせ、他者を見下すような行為に出るだけなのではないか、そんなふうに思う時もあります。

 でも、もしも「他者に、神性を見出すこと」が出来たら──?

 内面に神性を見出すことよりも、他者に見出すことの方が難しい──そう思います。
 人は、いつでも「自分」を防衛する為に生きているところがあります。それは生物的な本能として、仕方がないことだとも言えるでしょう。
 一時期よく言われた「アダルトチルドレン」や、リスカなどの自傷行為も、結局は自分の内面における「表現欲求への抑制」や「個性の否定」といったものが歪んだ形で露呈されてしまっただけだと、そう思います。決して「捨て身な行為」というわけではないでしょう。
 多発する若い人たちの自殺も、結局は社会との軋轢の中で「自己の境界を守る為の死」と言えるもので、決して他者や社会の為に死んでいるわけではありません。あくまでも「自己防衛としての自殺」です。

 そう考えると、私たちは今からでも「他者の神性を見出す」という努力をする必要があるのかもしれません。
 イエスは「隣人を愛せ」と言いましたが、それと同じように「隣人に神性を見る」──。
 ……言うは易しですが、「行うは難しの典型例」だと思います。
 しかし、もしそのことが出来たら──社会や周囲を見る目は、大きく変わっていくはずです。難しかったとしても「隣人に神性を見よう」と努力するだけでも、何かが変わっていくでしょう。
 それは必ずしも隣人とは限りません。家族は、「もっとも身近な隣人」ということも出来るでしょう。自分以外の対象であれば、すべては「隣人」に含まれると考えたっていいはずです。
 そして、皮肉なことに内面にすでに神性を見出した人でなければ、隣人にも神性を見出すことが出来ない──要するに、隣人の神性を見出すという行為は、翻って「自分の内面にもそれを見出す」ことになると、私は思います。

 神性──とここでは書いていますが、仏性でも同じことです。もともと仏教では、そうした言葉が教えの中にありました。

「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅうじょうしつうぶっしょう)」

 大乗仏教・天台宗の教えですが、「生きとし生けるすべての者に、仏性は宿っている」という考え方です。昔の日本人であれば、それを生活や日常の中に体現して生きていたことでしょう。

 私たちに今必要なことは、他者の中に神の灯を見ることや、日常のひとこまの中に小さな気づきを見つけること──それに尽きるのかもしれません。
 それは決して、グローバルな世界の動きや宇宙全体の動きを「見なくなる」というものとは違います。星々を動かす天体の「法則性」と、野に咲く小さな花の生命を存続させる「法則性」。これは同じ、ひとつの法則性だからです。
 先日も話したように「宇宙の構造がマトリョーシカ」であるならば、私たちが日々行う「小さな行為」も、自ずと「大きな世界に及ぶ」──宇宙に波及するものだと言うことが出来るはずです。
 身近な隣人に「神性」を見出すことで、その波及は結果的に「地球上の人々が手を繋ぎ会える第一歩」へと、広がっていくのかもしれません。 


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プロフィール

篠崎由羅(しのざきゆら)

Author:篠崎由羅(しのざきゆら)
1970年生。幼少期から哲学・宗教学に造詣を深める。思想および思想史、それに付随した国際事情に興味を抱いて独学を続け、大学ではインド哲学科専攻。東西問わず、両者の思想に渡り研究を深める。

現在は看護師として施設で勤務しながら、その傍らで執筆活動を続けている。2016年11月にYOU are EARTH改め「WE are EARTH」の活動を再始動予定。より良い未来の地球のため、全力を尽くす誓いをたてている。

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