
※イエス・キリストのアセンション※もうすぐで2017年も終わりですね。
今年、私は本当に色々なことがありました。やっぱり一番大きなことは
「卵巣がんに罹患したこと」ですが、それを機に人生の大転換をはかり、こうして執筆や精神世界と向き合える時間が持てるようになったことは、むしろ
「喜び」と言えます。ここまで
「がん」に感謝している人間も、珍しいかもしれません(笑)。
さて、件名ですが──これは、
私自身の決意の表れというところがあります。
実は私は、明日1月1日に
「ヤベツの祈り」でご紹介した
平野耕一牧師から
洗礼を受けます。すなわち、篠崎は
クリスチャンとして生まれ変わるのです。
理由は──色々あります。
ですが、一番大きな理由は
「どんなにスピリチュアルな知識や情報を持っていても、信仰心を持っていない者は無力である」ということを痛感したからと言えるでしょう。
別に、宗教に属していなくても「私は宇宙人を信仰しています」でも、「私は釈迦を信じています」でも、何でもいいと思います。
単に私が最も信頼しているのはイエス・キリストであったから、クリスチャンになる──ただそれだけの話ですので。
正直、今のスピリチュアル界を見ると疑念ばかりが過ります。
安易にヒーリングや、安易にヒーリングスポットをエネルギー的に見出しているけれど、それでいいのだろうか、と。
私は最近、ヒカルランドさんで書籍の紹介をさせて頂く機会を頂いておりますが、著者の方々はそれぞれ皆さん、
きちんと学んだり訓練をしてきた経緯を活かしてヒーリングなりチャネリングをしていますが、昨今ブログなどで安易にしている方々を見ると、「本当に学ばれているのだろうか? 単発講座だけ受けて出来たつもりになっているのではないか?」と疑問視したくなることが往々にしてあります。
ルドルフ・シュタイナーは
「神秘思想に関する講師をするのであれば、50歳を過ぎなければならない」とまで言いました。
すなわち、
人間としての完成を経てからでないと、超世界に関する事柄を語ってはいけない、ということです。
その意味が、私はよく分かる気がします。特に、目に見えない領域──エネルギー療法や遠隔ヒーリングを扱う方は、よくよく注意して頂きたく思う次第です。
ニューエイジから派生したスピリチュアルは、正直言って信仰の対象が非常に「曖昧」です。
勿論、先ほども言いましたように「誰を対象とするか」は自由なのですが、問題は、
「曖昧のまま、スピリチュアルな事柄にだけ手を出す」という行為です。
特に日本は、信仰ということに対して否定的で、都合のいい場面でしか信仰しないことも往々にしてあります。そういう民族性で来てしまっている以上、信仰を持つのもなかなか難しいところはあるかと思いますが──何かを信じるということは、
自己軸を持つということであり、とても大切なことです。
私は今後も、今までとまるで変わらず精神世界について執筆をつづけていきますが、今後はそこに
「イエスへの愛と信仰」が加わる、ということになるでしょう。
自分の信仰に「軸」を持った上で、今の精神世界を見つめると、また新たなものも沢山見えてくると思います。
2018年の1月1日に私は洗礼を受け、
「イエスの御名元」において復活します。ですので、今日は
「無信仰だった篠崎由羅」の最後の大晦日、ということになります。
新しく生まれ変わった篠崎も、どうぞ宜しくお願い致します。
追記:今見たら、この記事がなんと2009年の公開以来「500記事目」でした。最期の大晦日が「500記事目」。洗礼を受けた後から「501」となるというのは──これはもう、偶然にしては出来すぎですね(笑)。●多くの方に、「真剣な目で地球人類の進化に意識を向けて欲しい」と、強く願っています。
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