未だに篠崎の眼精疲労は、良くなる様子がありません(涙)。
一番辛いのは……クリックする場所が良く見えなくて――間違えて
「記事を消してしまうこと」です。(実はこの記事……二回目です……orz)
こんな状態ですので、今日はもう一日目を休ませる時間とさせて頂き、明日以降、メールマガジンの発行をさせて頂きます。
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2008年2月22日 過去ブログ「思考世界」より転載スポイルされた人智学(アントロポゾフィー) シュタイナーを研究すればする程、ある種の「壁」に突き当たります。
それは、
一般的に理解されているシュタイナーの印象と、主軸とされる人智学(アントロポゾフィー)の間に生じた深い溝についてです。
日本においてシュタイナー教育は非常に盛んですし、子育て中の篠崎姉(哲学にはまるで無縁)でさえも「シュタイナー」の名は知っています。英才教育など幼児教育に力を入れているお母さん達であれば、おそらく少なからずはシュタイナーの名前を知っているはずです。
一方、オカルティスト(私はこう呼ぶよりも、純粋に「哲学者」と呼びたいのですが――)としてのシュタイナーも有名です。しかし、その印象は教育方面におけるシュタイナーとはまるで別様に解釈されている側面も高いです。(事実、シュタイナーがこうした神秘学について論文を書いていることを知らない知人も複数いました。)
農業や芸術といった方面でもシュタイナーの評価は高いですが、その基盤に存在する人智学(アントロポゾフィー)の影は「薄い」――私にはそう思えてなりません。
本来であればすべての活動の基軸となるべき思想であるにも関わらず、何故、これほどまでに重要視されていないのでしょうか。
その原因について、いくつか考えることが出来ます。
まずひとつめは、
人智学(アントロポゾフィー)樹立当時すでに、その深遠なる思想を理解出来る仲間達が少なかったという可能性です。
シュタイナーはもともとブラヴァツキー夫人が立ち上げた神智学協会に参加していましたが、意見の食い違いにより協会を脱会した後、人智学(アントロポゾフィー)協会を立ち上げています。
神智学協会における姿勢というものは、シュタイナーが目指した
「自我を持ったままでの超感覚的世界の認識」というよりは、やはりどこか浮世離れした「純粋なる超感覚的世界の追究」――仏教で言うところの「小乗的」、或いは「出家主義」的印象が拭えない節もあります。
一方、シュタイナーの目指したものは先に挙げたような形で「感覚(現実)的世界」での歩みを無視して行うことは出来ず、これは仏教で喩えると「大乗的」であり「在家的立場」と言えるでしょう。
しかし、往々にしてこうした「霊的行と日常生活との両立」が困難極まりないことは、言うまでもありません。シュタイナー自身も、仲間達が現実問題ばかりに追われてなかなか人智学(アントロポゾフィー)を追究出来ない姿勢に、迷いも抱いていたようです。(シュタイナーの著した「人智学指導原則」やアントロポゾフィー協会に向けて書かれた書簡を読むと、様々な試行錯誤の跡が窺えます。)
確かに、これだけ情報豊かな時代、および自由な発想が出来るようになった現代であっても、シュタイナーの霊的宇宙論などは「難解」と思われて仕方ない側面もありますし、霊的行を著したとされる「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」に書かれた方法も、そうそう容易く出来るような代物ではありません。
そう考えると、今から百年ほど前に生きる人々にとってはもっともっと「難解」だっただろうことは、想像するに難くありません。
理由のふたつめとしては、イデオロギー的なものです。
先日ここでもお知らせした「人種差別問題」などにおけるような、そういった背景がある中で、「人智学(アントロポゾフィー)を強調する」ことがかえって「宗教の教義と錯覚される危険性がある」と考えたのではないか――ということです。
実際のところ、シュタイナーが病床につきながら執筆したとされる「人智学指導原則」の中で、そのような誤謬をうむと思われる箇所はありません。しかし、偏見に満ちたフィルターで読み解けば、どんな文章でも誤解に至る危険は伴います。
また、ヨーロッパではどうかわかりませんが、日本においては「人智学(アントロポゾフィー)を前面に出すことで、怪しい新興宗教と勘違いされる危険性」というのは自ずとついて廻るでしょう。
日本人はとかく「宗教問題」や「カルト教団」といった問題にアレルギーを持っています。しかし本来、この
アレルギーこそが、新たなカルト教団問題を生み出していることに、ほとんどの人が気付いていません。
何かしら思想めいたことを言えば、「ああ、あの人は宗教者だ」「きっと勧誘されるに違いない」だのと耳を塞いで思考しようとしないから
こそ、教義が本物か偽物かも判断出来ずに騙されてしまう人が出てきてしまうのです。
要は、「教義内容を検証せず、鵜呑みにするような人達を作ってしまう」という背景に、この「日本における宗教アレルギー」があるような気がしてならないのです。マスコミや教育の現場が「宗教的情報を遮断しよう」とすればする程、協議内容を検証する思考基準がなくなってしまうからです。
本来「きちんと思考しよう」とすれば、その教義に根拠があるのか、或いはそうでないのかは、一般人であってもすぐに判断出来るはずなのです。そうした思考する基盤自体が、過剰なアレルギー反応故に今の日本においては揺らいでしまっていると、言わざるを得ないでしょう。
勿論、人智学(アントロポゾフィー)は宗教ではありません。
私自身が読んで感じるのは、やはり「哲学書のひとつ」だということです。
何故なら、シュタイナー自身は一度も「信じれば救われる」なんてことを言っていないからです。
前回のブログで「まずは信じる」ことを薦めましたが、これは「そうすれば救われる」ということを言っているのではなく、
「傾聴する謙虚さを持てる」ということを言っているのです。日本人はそのあたりを混同しやすいのですが、「傾聴する」ことと「鵜呑みにする」ことは、
「まったく別もの!」なのです。
シュタイナーも、神秘学における講演録の中で何度も「傾聴の必要性」を説いていますが、「鵜呑みにしろ」とは一度も言っていません。むしろ、著書「神智学」の中ではその姿勢を咎めてさえいます。
この「鵜呑みにさせない」こと自体が、「哲学書であることの証明」に他なりません。何故なら、
読者の自主性や思考性なくして、読み解くことが出来ないからです。
しかし、宗教書は違います。
宗教書は、まず
何はともあれ、信じることを薦めます。そして、
祈ることを薦めます。そこに、思考の余地はありません。思考することは、「神を疑うこと」になるからです。
本来、人智学(アントロポゾフィー)――私がここで何度も言ってきた「霊学」のことでもあるのですが――は、
万学の基盤となるべき、根幹の思想だったはずです。
だからこそ、シュタイナーは教育学、医学、農学、芸術、政治学、経済学、さまざまな分野でこの人智学(アントロポゾフィー)を基軸にしながら枝葉を伸ばしていったのでしょう。
本来、こうしたすべての学問における理論――グランドセオリーともいうべき思想は、なくてはならないもののはずです。ところが人類は、科学の発達に伴い枝葉部分ばかりに注目し、その根幹に何があるのかを見失いつつあります。だから社会が複雑化していくにつれ、心の空洞化が起きてしまうのではないか――私にはそう思えてなりません。
もし、これからも人類が地に足のついた発展を望むのであれば、今いちど自分達の立つ位置を見返し、「自分達の思想基盤」というものを考える必要性があるのではないか――私はそう思っています。
私達がもたもたしていたところで、時代は待ってなどくれません。国際化の波はどんどん広がっていき、グローバリズムの是否を問う暇もなく、人種の混合と拡大は進んでいきます。
その上、地球環境だって待ってはくれません。(※先日、映画「EARTH」を観に行って来ました。それについての感想は、また後日改めて。)
私自身は、そうした思想基盤になりうるものとして「人智学(アントロポゾフィー)」を重要視しています。
しかし、みんながみんなそうでなくてはならない――というのではありません。思想も信条も、すべては自由です。しかし、唯一の条件――それは、「狭い範囲の人々のみ優遇される思想」ではあってはならず、「これからの国際社会を受け入れられる、耐えられる思想」という条件さえクリアしていれば、どんな思想でもOKだと私は思っています。(裏を返せば、ごく一部の民族のみの救済を語る教義は、その見直しがはかられるだろうことを願っています。)
「第六文化期における使命」でもさんざん書きましたが、自我の育成に必要なのは「基盤となる思想の構築」です。
このブログを読んで下さっている皆さんが、皆さん自身の価値観や心情に応じた「哲学」を構築して頂くことを、心から願っております。
※ひとりでも多くの方に、「スピリチュアルの本質」に目を向け、意識改革を進めて頂きたいと強く願っています。皆さんの意識改革を広める為に、ランキング・クリックのご協力をお願いいたします。
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2012年問題、アセンション、体外離脱先で得た体験を元に「未来の地球予想像」を語る「対談セミナー」を行います。
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